8-5 穏やかな旅
翌朝、日がすっかり登る時間まで十分に寝てから出発。昨夜は遅くまで起きてたのだから、多少のお寝坊さんは許してほしい。
商人の護衛なんていっても、何も起こらなければ暇なものだ。馬車を動かすのはルファにまかせて、俺達はそれに揺られるだけ。
一応、交替で屋根に登って周囲の警戒なんかはしてるぞ。けれど、それもあんまり意味はない。なにしろ俺が、広範囲に探査魔法をかけてるから。
怪しい人物や危険な動物がいればわかる。探査魔法を遮断する魔法道具の布なんかを被った盗賊団がいれば話は別だけど、そんなものは現実的ではない。
ヴァラスビアは既にはるか遠くだ。俺の探査範囲からは完全に外れてしまった。さらばゼトル。あとリゼの兄貴。いろんな世話になった人達も。
あの城塞都市からしばらく離れると、森林地帯が広がっていた。ヴァラスビアの領内には森が少なかったんだっけ。ということは、既に別の領地に入ったということだろう。
馬車は森を貫くように通る道を行く。両側には木々があり、敵が隠れるにはもってこいだ。だから探査魔法は欠かさない。
「コータ、敵はいないー? オークとか」
「いない。それっぽい生き物もいない」
「このあたりはオークの生息地じゃないからな」
リゼは退屈そうで、カイは警戒を続けながらもオークの心配はしてなさそう。
「狼はー?」
「いるぞ。この道を外れてずっと東に群れがいる。まあ、俺達の馬車に気付きはしないだろうな」
この道に出ることすらない。それを下手に触って無駄な戦闘が起こるよりは、このまま素通りする方がいい。
「そっかー。暇ー」
「まあまあ。危険があるよりは無い方がずっと良いものですよ。暇最高!」
「そうですね! 暇最高!」
そんなことを言い合いながら、あははと笑うリゼとルファ。まったくこいつらは。
ていうかリゼ、この人依頼主だぞ。もっとそれらしい態度を…………ルファが気にしてないからいいか。既に、長く付き合ってる友達みたいな感じになっている。
シュリーといいレガルテやターナといい、相手が気の許せる相手だと認識すればすぐにこれだ。ある意味では、依頼人に恵まれてきたと言えるかもしれないけど。
「うへへー。コータ。今も敵はいないよねー?」
「うるさい。体に触るな」
依頼の最中だけどやる事がない。遊んでる時間で報酬が出る。そんな状況が楽しいのか、リゼは俺の体を撫でたりつついたり。ああ、ウザい。
リゼは遊んでいるだけでいいかもしれないけど、俺はしっかり仕事中だ。探査魔法を続けるだけだから、楽な仕事ではあるけど。
どこまで行っても、敵対的な人の姿は見えない。敵意のない人間に範囲を広げると、探査魔法がその姿を捉えた。
俺達の通っている道のずっと先。やはり北に徒歩で向かっている数人の人間がいた。俺達とは面識のない人間のようで、その素性はわからない。
たぶん旅人だな。徒歩と馬車とでは馬車の方が速いから、探査範囲が追いついたんだろう。そのうち目視でも見えるようになるはず。
「…………うん?」
「コータ、どうしたの? なにかおもしろいものでも見つけた?」
「違う。敵襲だ!」
俺がそう言うと同時に、緊張が走った。
前を行く旅人達に動きがあった。探査魔法の範囲外から、その旅人達の行く手を塞ぐように複数の人間が現れた。
その新手の人間達は、はっきりとはわからないが武装しているように見える。少なくとも武器を構えた姿勢をとっていた。そしてすばやく、旅人達を取り囲む。それなりの数がいるようだ。
旅人達と新手の人間は、短時間会話をしたらしい。その内容はわからない。友好的な内容ではないと思う。
そして新手の人間は、自分達が取り囲んでいる旅人の集団に襲いかかった。旅人達も反撃をしたようだけど、多勢に無勢。
俺の探査魔法は生命のみを見ることができる。生命が生命でなくなれば、つまり死ねば俺の視界からは消える。
見えていたはずの人影が数人、俺の視界から消えてしまった。死んだのだろう。生き残った人間がひとりだけいた。それは、取り囲んでいた人間達に担がれるようにして、森の中へと消えていった。とはいえ探査魔法は木々の存在は無視できるから、その姿ははっきり見えるけど。
そんな風に、俺は見えているものを逐一みんなに伝えた。見ているだけだから手出しはできない。それがなんとも、もどかしい。
「盗賊か。しかもそれなりの規模の」
俺が語った状況から、カイはそう判断したようだ。
盗賊集団。街や村でまともに生計を立てることを放棄して、ならず者として人々を襲うことで生きるのを選んだ者達。
今みたいに、旅人や商人を襲って金品を強奪する。あと女はさらう。
当然ながら、この世界においても違法行為だ。街の兵士が討伐に動くこともある。あるいは、冒険者ギルドに討伐してくれと依頼があったり。
それでも、そのまま野放しになっていることは多いらしいな。ここみたいな、人里から離れた僻地にまで討伐に行くのは大変だ。
それに奴らは隠れるのがうまい。討伐しに行った軍隊なりパーティーが、空振りに終わることは珍しくない。
俺みたいな探査魔法を使える奴は、そんなに大勢いないのだろう。あるいは、使えても見れる範囲が狭いとか。
それよりも目の前の状況だ。盗賊団がいて、犠牲者がいる。何者かは知らないがかわいそうに。連れ去られたのは女だろうか。単純に殺されるよりも、さらにかわいそうだ。
奴らの拠点は森の中にある。そして、俺の探査魔法の範囲にしっかり入っている。
人道的見地からすれば、盗賊団を討伐しに行って女を助けるべきだろう。
しかし俺達は今、依頼を果たさなきゃいけない立場だ。ルファの身と荷物を守る。それが使命。見知らぬ女や今後犠牲になるであろう旅人達を救うよりも、優先しなきゃいけない仕事だ。
ほら、カイが悩んでる。人助けをしたいって顔だ。なんとかルファにお伺いを立てて、寄り道させてほしいと頼みたいって顔をしている。
「よし、その女性を救いましょう! それに盗賊団もやっつけましょうか! ……できますよね?」
「え? はい、できます!」
そしてカイがなにか言おうとする前に、なぜかルファの方からそんなことを言ってきた。だからカイは、咄嗟にできると返事をした。
ルファも人道的な判断をしたようだ。それかその盗賊団が、次にこの馬車を狙ってくることを考えてのことかもしれない。