8-4 夜空と旅立ち
自らの理不尽な状況にため息のひとつもつきたいだろう。元気そうな様子が少し引っ込んだ様子のルファは、それからこう言った。
「父が生きていれば、少しは状況も変わったかもしれませんけれど」
「あの。失礼ですがお父様は、どうして?」
亡くなったんですか。そこまでは言わず、リゼは遠慮がちに尋ねた。ルファが父のことを隠している様子はないから、触れてほしくない話題ってことではないのだろう。一方で、だからおおっぴらに訊くなんてことはしない。リゼにもそれくらいの気遣いはできるらしい。
ルファの方も、尋ねられることは想定していたのだろう。リゼの方をじっと見つめて、口を開く。
「リビングデッド、でいいんでしたっけ? エミナさんが復活させた歩く死体。あいつにやられてしまいまして…………」
なるほど。この女は、自分の雇用主が起こした事件で父を亡くしたんだ。
「大量のリビングデッドが復活して、人々を襲ったあの夜。父は宿から外に飛び出して、逃げ遅れた人を助けようとしました。そして襲いかかってきたリビングデッドから誰かを守るために、身を挺してかばって……」
それで死んだか。エミナルカに同行していた多くの商人は、エミナルカがゾンビに関わっているとは知らなかった。エミナルカから指示された物品として、ゾンビに関わる物を扱ったというのはあるかもしれないけど。魔法石とか。それでも、悪事に加担しているとは夢にも思ってなかった。その中でルファの父は、善意から動いて結果として死んだ。
「後から知りました。わたし達が運んでいた死体が、あのリビングデッドの材料だったと」
「え、死体を運んで?」
「あ、はい。そうです。わたし達、この街に死体を運び込んだんです。正確には、マウグハまで運ぶ荷物を載せても若干の余裕があったので、通り道だからついでに載せてくれとエミナさんに頼まれまして」
「なるほど。うん、わかるぞ」
エミナルカがゾンビ復活の試験のために、死体をこの街に大量に運び込んでいたのは知っていること。そのために商人の荷馬車を使ってたのは容易に想像がつく。
もちろんゾンビにしますなんて理由を、エミナルカが正直に話したとは思わない。なにか適当な理由をつけたんだろう。だから運んだ商人に罪はない。
ルファのこの馬車も、エミナルカから声をかけられて使われたものだろう。
自分の運んできた商品のおかげで命を落とすとは、ルファの父親も悲劇的な運命を辿ったわけだ。
「まあ、わたしの事情はそんな感じです! でも大丈夫! それなりのお金は残してくれたし、商人としての教えも授かった。とりあえずの仕事も残してくれた。馬は死にましたけど、新しいのを買いました!」
そういえばあの夜、荷馬車を引いてた馬はゾンビに食い殺されてたな。かわいそうに。それはともかくとして、ルファは言葉を続ける。自分を奮い立たせるように。
「不安は正直ありますが、なんとかなると思います! 父のような立派な商人になってみせますとも! 今は、頼れそうな護衛もついてますしね!」
「そうですよ! 頑張りましょうルファさん!」
リゼが、感極まった様子でルファの手を取る。こいつ、こういう話が好きだな。
「大丈夫ですよ! わたし達がついてますから、ルファさん商売は成功します! 絶対成功させてみせます!」
「リゼさん! ありがとうございます! リゼさんみたいな優秀な魔女さんに守って貰えて、光栄です!」
「ですよね! わたし優秀ですよね!」
なんなんだこれは。このふたり、共鳴するところでもあるのだろうか。あと優秀なのはリゼじゃなくて…………まあいいか。
とにかく、ルファの事情はわかった。いろいろ込み入ってはいるが、悪い人ではないらしい。一緒に旅をするには問題ないだろう。
というわけで出発。移動の際は、馬車の荷台に載せてもらうことにした。
メインで運ぶ荷物は宝飾品が数個だから、そこまで場所を取らない。追加で武器も買ったそうだけど、それでも俺達全員が座るスペースはあった。身を寄せ合う必要はあるけどな。俺は相変わらずリゼの肩か頭に乗ってるわけだから、窮屈さとは無縁だ。
それにしても、死体を運んでいた荷台か。いや、別に嫌なわけじゃないぞ。死体も人の死も慣れてきた。
門を守る兵士にも、俺達とは見知った仲の者がいる。一緒に街の危機に立ち向かったりした。彼らともしばしのお別れだ。またいつか会いましょうと挨拶をして、門をくぐった。
この街に入った時は、行列でずいぶん待たされたっけ。今は夜中だから、道もすいている。
月明かりに照らされて馬車は進む。このまましばらくから離れてから、どこかで野営する予定だという。さすがに夜通し馬車を動かし続けるのは、ルファにとっても無理がある。本来なら夜は寝るものだ。
とはいえルファとしては、できるだけ早くマウグハの街に着きたいらしい。
先方の屋敷に宝飾品を届ける日程は、予定より大幅に遅れている。本来仕事を引き受けていた父親が亡くなって、馬も死んで所属していた商会が消えたわけだから、その混乱ゆえに遅れが出ることは仕方ないだろう。
宝飾品の届け先であるマウグハのお金持ちには、手紙で事情を伝えている。温厚な人らしく、多少の遅れは構わないと返事があったそうな。
それは良いとしても遅れは遅れだ。そこは早めに届けたい。商売は信用第一なのだから。
「聞けばあなた達も、北に急ぐ理由があると聞きます! 安心してください。このウィルファ・ライランド、皆さんをすばやく安全にマウグハまでお連れしますよ!」
「いえ、安全は俺達が保証する側なので」
カイが苦笑しながら、そう声をかけた。やる気があるのはいいけれどな。
「それはそうでした! 皆さんには期待してます! ではわたしは、今夜のうちに可能な限り、街から離れてマウグハまで近いところに行きましょう! 歩けるうちに歩け! 向こうについてから休めです! 商人には速さも大事! その気になれば、寝ながらでも馬車を走らせますので!」
「いえ、それは起きてやってください」
「ぐー」
「おいこら。起きろ!」
御者の席の上で、器用に手綱を持ったまま眠りに落ちていた。
リゼの頭からルファの方へと飛び移る。居眠り運転で事故なんて起こされたら、ちょっとシャレにならない。頭をバシバシ叩いて起こした。あと、今夜はここで野営することにした。たぶんリハルトの探査範囲からは、もう外れてるはず。
大丈夫なのだろうか、この商人は。




