8-3 商人の事情
その名前を忘れるはずがない。
エミナルカ・オリムエナ。この街での二回目のゾンビ騒動を起こした張本人。金儲けのためにゾンビの技術を他の街に売り込もうとした悪女。
そんなエミナルカが経営していた商会に、ルファは所属していたそうだ。
面食らった俺達はカイの方を見る。彼はルファの背景を把握していたらしくて、大丈夫と言うように頷いた。
「ルファさんの父親は、ずっと昔からオリムエナ商会で働いていた。エミナルカの先代の頃から。つまり、エミナルカがあんなことをしてしまう前から真面目に商売をしていた人だ」
エミナルカの犯罪は、あれは若くしてあとを継ぐことになった女が勝手に起こした犯罪だ。自分の未熟さに劣等感を覚え、なんとしてでも金儲けをするために暴走した結果のこと。
そんな暴走以外は、オリムエナ商会はまともな組織だった。当然、まっとうな商人だった先代に仕えていた、ルファの父親もちゃんとした商人。
幼い頃からその父親に同行して、商売のなんたるかを学んできたルファも、一端の商人である。若くて経験が浅いのは間違いないけど。
この旅も同じ。ルファとその父は、今回は他の多くの商人と一緒に、エミナルカについていってこの街まで来ていたそうだ。
「街から街へと旅をしながら商売をする。そんな父の姿は小さい頃からずっと見ていました! だからわたしにも、商売の方法はわかってますよ! えっへん!」
そう言って、ルファは胸を張る。あんまり膨らみはなかった。リゼと一緒だな。
「でも、どうして商会所属の商人さんが、わざわざ冒険者なんて雇うんですか?」
俺達全員が抱いた疑問を、リゼがなんの遠慮もなく尋ねる。オリムエナ商会の規模なら、自前の護衛集団を持っているはずだ。
ルファもまた、あっけらかんとした様子で答えた。
「なぜなら、オリムエナ商会はなくなったからです! なのでわたしは強制的に独立! 大変ですね! あと…………まあ、父も亡くなったため、頼れる縁も無くてですね……」
後半は、さすがに静かというか沈んだ口調で話す。さすがに、人の死について元気よく語られても困るよな。
俺達の知らない所で、首都に本部を構える大規模な商会は消えていたらしい。もちろん原因は、俺達の知ってる所にあるんだろうけど。
商会の代表が、とんでもない犯罪行為を行って多数の死者を出した上に自分も死んだ。
これは代表であるエミナルカがほぼ単独で行ったことで、商会の他の人間にとっては知りもしなかったこと。商会の人間のほとんどは、エミナルカの企みなど預かり知らぬところでいつもの商売をしていただけ。
しかし周りがそれを信じるかといえば、それは別問題である。国からこの街に監査が来た理由のひとつが、エミナルカの起こした事件の調査のためというものだ。
となれば当然首都やその他拠点がある都市でも、オリムエナ商会に対する調査が行われたであろう。痛くもない腹を探られるという表現もあるけど、当然ながら有力な証拠とか証言は出てこないだろう。
何も出てこないからこそ、成果があがるまでは取り調べを続けるということもあるかもしれない。そして捜査は際限なく長引く。
ひどい営業妨害だ。
そうでなくても、この商売は信用第一で成り立っている。
客のほとんどが金持ちで権力者で名門。動く金が大きいからこそ、信頼できる商人だという保証が重要になってくる。
商会の代表が犯罪を犯しましたでは、信用は一気に地に落ちる。たとえ商会のほとんどの人間は関わりなく真面目に仕事をしていたとしても、イメージダウンは計り知れない。金持ちっていうのはそういう所にはうるさいというか、敏感だろうから。
商会の捜査を指示しているのは国の権力者達で、そこから横の繋がりで国中の権力者達に悪評が広まる。
ニュース番組やインターネットなんてものが無いこの世界でも、この手の炎上ってあるんだな。いや無いからこそ、人の噂は際限無く尾ひれをつけて広まっていくものなのか。
とにかくそういうわけで、オリムエナ商会としては今後商売をするには絶望的な状況だ。顧客である金持ち連中に完全に見放されたのだから。
無理なものは無理。となればどうすればいいかは簡単だ。オリムエナ商会を解散し、所属していた商人はそれぞれで独立する。そしてオリムエナ商会とは無関係の商人として、今後商売を続けていくということだ。
それで自動的に信頼が取り戻されるかといえば、もちろん違う。元商会の人間という記録が消えるわけじゃないし、姑息な手段だと思う人間もいるだろう。
しかし所属している商人個人としては、顧客と確固たる信頼関係を築いている例も多い。そういうところは、個人商人として今後も契約を続けていけるだろう。顧客の新規開拓をするにしても、商会の名が無い方がやりやすい。
そういう形の、生き残りの策らしい。
「そういうわけで、商会所属の商人は全員が独立してしまいました。わたしも同じです。まずは前に商会として受けていて、まだ仕掛りだった商品の受け渡しとかが業務になるでしょうか」
つまり金持ちから依頼を受けて調達して、まだそれを届けてないって案件の履行だ。その個々の案件は、実際にそれを運んでいた商人がそのまま引き継いでいる。
「わたしの場合も同じ。マウグハまで、装飾品を届けてほしいという父への依頼を遂行します。あと向こうで武器の需要が高まってるそうなので、質のいい武器をまとまった数こっちで手配して向こうで売りさばこうかと。……というわけで、商売自体はできるんですけど。でも護衛がいないんですよねー」
だからギルドに依頼を出した。
商人が商会の仕事を引き継いだなら、護衛をしてる奴らもほとんどがその仕事を引き継いだ。わざわざ仕事を蹴って新しい職を探す意味もないし。
ただし護衛は、どの商人を守る仕事に就くかは自由に選べた。商会時代に扱っていた案件という枷がないから、そこは好きにできる。
その多くは、今後もこの商人についていけば食いっぱぐれがないと思われる、有能だったり有力だったりする商人についていく。
有力というのは、首都やザサルといった大都市の権力者とパイプを持ってる商人のこと。
そういう商人に雇ってもらう形になれば、将来は安泰である。
逆にこれから北国で寒いところに行きますみたいな、しかも小規模な荷物しか扱えないような商人。つまりルファについていこうと考える護衛はいなかった。だからルファは、自分で探さなきゃいけなかった。