7-44 監査団の長
リハルトはリゼが何をしてきたかを知ることで、家に戻すべきかどうかを判断したいらしい。
それは、本当にリゼが家名を傷付けないような魔法使いに変わったのか、知りたいってことだろうか。あるいは家という目から離れた妹が、外の世界で悪事を働いていないかが心配だったのかも。
後者だったら、もう手遅れだけど。
そういうわけでリゼは、これまでのことを簡潔に説明した。俺を召喚した魔導書に関しては、ある人を助けたお礼に貰ったとかそういう風にぼかしていた。
小さな村での狼退治や、オークに占拠された街の解放。伝説の魔法使いが遺したアイテムを巡る冒険に、リビングデッドを操る者との戦い。
思えばいろいろやってきたな。たぶんこれからも、いろいろやるんだと思う。
「そうか。それはずいぶんと……危ない目に遭ってきたな」
「それは……そうかもね。でもほら。わたしにはコータも、他のみんなもいるから。だから……だから危なくても、乗り越えられます! あとわたしの魔法もすごいし!」
自信満々に言い切った。俺達のことを頼りにしてくれてるのは嬉しいが、こいつの魔法は……まあいいか。
じっとリハルトの目を見るリゼ。リハルトは、逡巡する様子を見せた。ややあって、ふっと息を吐いてこう言った。
「わかった。いいだろう。この場は見逃してやる。俺はここで、妹には会わなかった。…………家にも何も言わない」
それはつまり、家がリゼのことを探すのはやめないということでもある。でも、リハルトがリゼを無理矢理連れて帰るって展開にならなかっただけでも、良しとしなきゃいけないだろうな。
それから、彼はこう付け加えた。
「それからリーゼロッテ。ひとつだけ約束してくれ。絶対に死なないと。旅をするなら危険な目には遭うだろう。それは仕方がない。でも、できるだけ避けてほしい。まずいと思ったら逃げるんだ。……リーゼロッテにもしものことがあれば、俺は悲しい。家族みんな、そう思うだろうから」
「うん! 約束する! えへへ! やった。お兄ちゃん大好き!」
リゼも笑顔になる。ようやく、再会した普通の兄と妹が見せる表情になったようだ。
このリハルトという男、悪い人間ではないのだろう。魔法が使えないリゼに対しても、そんなに厳しい態度を取っていたわけではないと、リゼはそう言ってたし。
リゼが今まで何やっていたかを訊いたのも、心配だったからなのかもしれない。
「あ、そうだ。お兄ちゃん。わたしからもひとついい? 実は学校で、ニベレットって家の女の子と喧嘩になってさ。向こうはわたしの家のこと知らないはずだけど、あんまりニベレットの人とは関わりたくないというか……」
「ニベレット家?」
「そう。監査団の偉い人もこの家の人なんだよね? だから、あの人にはわたしのこと話さないで欲しいなって。わたしはリーゼロッテとは関係ない、ミーナって女の子です。そういうことにしてください」
「…………わかった。まあ、いいよ」
「えへへ」
ここぞとばかりに、一番の懸念事項の対策を打つリゼ。いつもは抜けてる奴なのに、こういう所では抜け目ない。まったく。
しばらくして、サキナックの屋敷にいた者達も城にやってきた。あのゼトルというリーダーも当然来ている。
もはや監査なんてしている場合ではないだろうけど、今回の事件の後処理や調査は監査団も手伝わされることになると思われる。
監査団の人員の中に裏切り者がいて、奴らのせいでこの街はまた大きな打撃を受けた。監査団の責任が追求されるのは避けようがない。それに対して彼らは、街からの好感度をなんとか上げようと思うだろう。
そこら辺の政治的な話は、俺達には関係ないことだ。
冒険者の仕事はここで終わり。なにか依頼があればまた受ける。それだけ。
ところが、最後にもうひとつ厄介事が降りかかる。現状、リゼが一番避けたかったことが起こってしまった。
「そこの君。少しいいか?」
「はうぁ!?」
ゼトル・ニベレット。リゼが自分の正体を隠さなきゃいけない相手に、声をかけられた。
みんなと合流して宿に戻ろう。そう考えつつ城の廊下を歩いていた時の事だった。
監査団のリーダーなんて、この状況で一番忙しい人間じゃなかろうか。いや城主さんとかの方が忙しいかもだけど。
とにかく事件の解決直後で城に入って、やらなきゃいけないことが山程ある時間のはず。そんな忙しい人がわざわざわ声をかけてきた。なんらかの事情があるのかもしれないけれど、リゼは驚いたし俺は身構える。
「さっきの戦いでかなり活躍したって聞いてね。私からもお礼を言いに来た。ありがとう」
「ど、どうも。当然のことをしたまで、です……」
相当な立場にある人だろうに、いやそういう人だからなんだろう。一介の冒険者に対しても躊躇なく頭を下げる。
もしかしたらこの人も、悪い人じゃないのかも。
魔法使いの名門という前提があるから、なんとなく人を見下すタイプの人間かなとも思ってたけど。しかし今のところ、俺達みたいな下々の者とも普通に接している。
そんなゼトルは、さらにこう言った。
「リハルトと一緒に戦って、助けてもくれたそうだな。屋敷からその様子を見ていた。……あいつはこれからの、この国の宝だ。あれだけ優秀な魔法使いはいない」
「そ、そうなんですか。優秀な人なんですね。わたしもおに……リハルトさんには助けられました。ていうかわたしが出る幕がないくらい強かったですリハルトさん」
「そうか。やはり……強いな。それでも、私の側にいさせてやらなきゃいけなかった。あいつも今、大変な時期だからな」
ここまで来てようやく、俺は違和感を覚える。この魔法使いは、リハルトの話をしたがっている。
確かにあの男は優秀で、この先の魔法界を背負って立つ男なのかもしれない。けれどそれを、他の名門の当主がそこまで大事にするものだろうか?
名門っていうのは、他家には対抗意識を持つ傾向にあるのではなかったか。その他家の魔法使いのことを、地方都市の冒険者に詳しく話すなんて、普通じゃない気がする。
それにゼトルは、リハルトの話をしながらリゼの反応を伺っているように見える。
俺の違和感は、ゼトルが続けた言葉で確信に変わった。
「あいつの妹が行方不明になっていてな。この街にいるのではという推測があった。だから監査団の中に、彼を入れたんだ」
さすがのリゼも、肩をぴくりと震わせた。




