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転移使い魔の俺と無能魔女見習いの異世界探検記  作者: そら・そらら
第7章 監査団騒乱

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7-40 怪力の男

 今斬ってしまった味方の死体を蹴ってカイの方へ押し倒しながら、レオナリアはさらに踏み込む。


 両者の間に物があるこの状況は好機かもしれない。カイはそう判断した。

 上半身と下半身が斜めに袈裟斬りで生き別れになった兎獣人の体に向けて、カイも踏み出した。そして崩れ落ちそうな上半身の方を掴んで、断面をレオナリアに向けて押し付ける。

 レオナリアの鎧が血で濡れる。さらに勢いに乗って死体を持ち上げて、死体から流れ出る血をレオナリアに塗りつける。彼女の顔に向けてだ。


 勇敢で鍛えられた騎士といえども、さすがに顔に死体の断面を押し付けられることなどなかっただろう。あの街でも、実戦なんてほとんど経験してなかっただろうから。


 レオナリアは、さすがにぎょっとした様子で後ずさる。それを見たカイは重い死体を投げ捨てながら、レオナリアの胴を思いっきり蹴った。

 体重を乗せながらの前蹴りとレオナリア自身が後ずさる勢いで、彼女はバランスを崩して尻もちをつく。


「ひ、人の死体をあんな風に使うなど!」

「喋ると口の中に血が入って、気持ち悪いぞ」


 不穏分子に協力などしている癖に、いくばくかの道徳心はご立派にも持っているらしい。今更そんなものがあっても、何が変わるというわけでもないだろうに。


 カイはレオナリアに向かって思いっきり剣を振り下ろす。

 レオナリアはなおも握っている剣でそれを受けるが、今度はカイの方が押している。立って体重を乗せながらの攻撃なのだから当然だ。

 数回振り下ろせば、その内彼女の力が尽きて剣を取り落とすだろう。その時が、この哀れな騎士の最期。


 そのはずだった。


「レオナリア! ここは引くぞ!」


 騎士の名を呼ぶ男の声。それと同時に、カイは側面からこちらに向かってくる男の姿を観た。

 年齢は四十代半ばほどだろうか。着ているのは鎧ではなく、平服だった。鍛えられた体が服の上からでもわかる。


 レオナリアに呼びかけたのは彼なのだろう。レオナリアははっとした表情を見せて、立ち上がろうとした。

 もちろんそれを許すカイではないが、男が斧を持ってこっちに襲いかかってきてるとなれば事情は別。斧による一撃を剣で受け止めるのは至難の業。下手をすれば剣が折れる。だからここは、潔く身を引いた。


 そして周りを見る。戦闘の大勢は決していたようだ。

 こちら側の勝利。歩く木の増援もいつの間にか来ていたようで、結局敵はそれに力負けをしてしまったようだ。


 残った敵は撤退を試みていた。レオナリアや彼女に声をかけた壮年の男を含めて。


 男はレオナリアを助け起こして、他の兵数人と共にこの場から脱しようとしていた。

 もちろん城側の兵士達が、それを許すつもりはない。兵士のひとりが敵兵に剣で斬りつけた。壮年の男はその一撃を斧で巧みに受け止めて、弾き返す。そして勢いのまま、斧をその兵士に叩きつけた。

 兵士がかぶっていた兜ごと、彼の頭が割れる。血と脳漿が混ざった液体を散らしながら倒れる死体を、蹴って退かせて男は前に出る。


 退路を防ぐ木が枝を伸ばしてくるが、それも斧で一気に両断。とんでもない腕力だ。

 彼はそのまま木の一体の幹に思っきり斧を振る。幹に深々と刺さった刃をえぐるようにして無理矢理引き抜きながら、今度は自分の足で幹を蹴った。

 その威力に木がぐらついた。そこを他の敵兵やレオナリアが押すことで、今度こそ怪物を押し倒ことに成功する。


 怪物を相手に力比べを挑んで、しかも勝つとは。相当な手練らしい。

 だからカイは、まともに戦う気なんてなかった。


 床には戦死した誰かの武器が散らばっていた。そういえばこの城に踏み込んだ時、敵は一斉に矢を放っていた。

 床に落ちている弓と矢を一本だけ拾って、カイはレオナリア達の進路方向へ回り込む。木の怪物や兵の一部がレオナリアや怪力男の退路を防ごうと必死になっているから、その余裕は十分にあった。


 怪物のおかげで、敵の視界は防がれている。カイは男の前方に立って、弓に矢をつがえる。力いっぱい、よく狙って。


「フィアナみたいには、うまくはできないだろうけど……」


 それでも、この武器を扱うのは初めてじゃない。一撃当てるぐらいならできるはず。

 男が再び木の怪物を押し倒したことで、彼の姿がカイのすぐ前に現れる。あらかじめ引いていた弓の狙いを微妙に調整して、射る。胴体のどこかに当たればいいか。


 斧を持った男はぎょっとした様子を見せながらも、咄嗟に腕でかばうような姿勢を取る。その腕に見事に矢が刺さった。それも利き手の方に。

 本当は胴に当たってほしかったけど、こっちでも構うまい。


 腕に刺さった矢を見ながら、男はうめき声を出しつつも闘志を失ってはいなかった。カイを睨みつけ、猛然と襲いかかる。

 腕の矢を抜く暇はないと思ったのだろう。そのままだった。刺さったままだった。カイだってそのつもりで、男がそんな動作を見せようものなら隙ありと容赦なく斬りかかっていたところだ。


 カイは弓を捨てながら男の動きを見極め、斧による強烈な一撃を回避した。そしてすぐに敵に掴みかかる。男の腕のちょうど矢が刺さったあたりを掴んで、思いっきり握りしめながらひねる。

 普通に考えれば、怪力男と掴み合いで力比べなんて狂気の沙汰。けれど相手が手負いなら、話は別。


 男は苦悶の声を上げ、斧を持っていられなくなったのか取り落とす。そしてカイは、片手で持った剣で男の腹を突き刺した。


 レオナリアの小さな悲鳴が聞こえた。木の怪物を押し倒して退路を確保しながら、その様子を見ていたようだ。

 すぐさま男を助けようとこちらに向かってくる。しかし。


「お前達は先に行け! ホムバモルに戻って再起を図れ!」


 男が声を上げてこれを制止。そして彼は、カイの頭部に強烈な頭突きをお見舞いした。


 一瞬、意識が飛びかける。口の中を切ったのか、血の味がした。なんとか持ち直して。敵が再度の頭突きを食らわせる前に、腹に刺した剣を掴み直してひねって抉る。


 男はしかし、その激痛にも耐えてもう一度頭突きをしてきた。その衝撃に、剣と敵の腕を掴んでいた手が離れた。

 地面に倒れ込んだカイの体に、男が覆いかぶさる。そしてとてつもない握力で首を締め始めた。

 まずい。今度こそ意識が。しかしカイが反撃をする前に、急速に意識が遠のいていき……。


 そして不意に、首を締めていた手が離れた。味方の兵士のひとりが、男の背後から斬りつけて今度こそ彼を殺したらしい。

 死してなお首を掴み続けていた手を兵士が引き剥がし、カイを助け起こした。


 助かった。危ないところで味方に助けられた。



 カイは大きく咳き込みながら周りを見渡した。敵はみんな死ぬか捕縛されていた。とりあえず勝利か。


 ただしレオナリアと数人の兵士は、あのまま城の外に逃げてしまったようだった。

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