7-37 城の中の攻防
よく知っている城の中を俺達は走る。いや、正確には走ってるのはユーリなんだけど。
俺達の目標は城の制圧。そのためには、城のどこかにいる敵の首脳陣を倒す必要がある。
どこにいるかはわからないけど、たぶん城主の部屋だろう。権力者の椅子がある広い部屋だ。
それ以外だと、会議室的な部屋があるかもしれない。あるいは大広間とか、とにかく広い部屋。
そこで捕まえた要人に注意を払いつつ、不穏分子の指導者達が今の戦闘の指揮を取っているのだろう。つまり、作戦会議室とか指揮本部と呼ばれるもの。
実際の名称がどうかは別として、そういう部屋があるはず。
そして人が大勢集まってる部屋なら、探査魔法で探ることができる。そのはずなんだけど。
「前から来ます!」
「ああもう! ウインドカッター!」
城内の階段を駆け上がっていると、前方から十数人の敵の部隊がやってきた。そこに渾身の風の刃を放つ。
炎系の魔法だと城に火がついて、火事になりかねないとさっき気づいた。前にも似たような失敗をした気もするけど、気にするまい。城からの脱出経路を燃やしたなんて記憶は俺にはないぞ。
風の刃によって、多くの敵兵が死んだ。あたりに血が撒き散らされてグロい。
しかし死も重症も免れた敵がこっちに走ってくる。ユーリがそいつの胴体を思いっきり蹴って倒す。
そいつは獣人だった。しかも狼獣人。ユーリはそいつの胴を片方の前足でしっかり抑えながら、もう片方の前足で首を思いっきり引っ掻いた。
鋭い爪が獣人の喉を切り裂き、血が吹き上がる。ユーリの白い毛並みが赤く染まるが、彼は全く気にならないようだ。
すぐさま次の敵が来る。こうやって敵が次々湧いて出てくるから、絶えず警戒を続けなきゃいけない。探査魔法で遠くを見る暇がない。
次の敵はやはり階段の上にいて、一斉に矢を射掛けてきた。さすがに自分が守る建物のど真ん中で火矢を使う勇気はなかったのか、普通の矢である。
弓兵達を見るやユーリは周りの兵士と共に数歩下がり、逆に木々が前に出る。幹や枝で矢を受け止めた木は、やはりダメージは軽微なものらしい。それでも無傷ではないだろうと、敵は次々と矢を射掛けてくる。俺がプロテクション魔法を使えば、無意味だと悟ったのかさすがに止んだが。
「おのれ人間共! このような怪物を使役するとは、お前たちに誇りというものはないのか! 卑怯者!」
この部隊の指揮官らしき人物が声を張り上げる。狼獣人だった。ああ、さっきもあいつの顔を見た気がする。声も似ている。リザワードという奴らの盟主。
そんな抗議をされても、この状況で勝つためにはこいつを使うしかないわけで。あと卑怯だと言うなら、そっちの方がずっと無茶苦茶やってる気がする。
「卑怯者はそっちだろ。こっちに裏切り者を潜り込ませて城を乗っ取るとか。あのセリアとかいう騎士はどこにいる?」
「答える気はないな! かかれ!」
狼獣人はそう声を張り上げながら、部隊をこっちに突進させた。前列の敵兵は大きめの盾を掲げていて、試しに風の刃を放ってみたが防がれた。よほど固い材質なんだろう。
そのまま軍勢同士が激突。木の怪物と、盾を前にした敵の軍勢とで押し合いが繰り広げられる。
階段を下る勢いを利用した敵の方が、激突した際の力が強かった。怪物達の体が揺らぎかける。
もし転倒して階段落ちなんてことになったらまずい。それに巻き込まれる俺達も、ただでは済まないだろうから。
敵はなおもこっちを押し続ける。
「ガルル…………」
その状況を見たユーリが数歩、後ろに下がった。
逃げようとしてると一瞬思ったけど、それはありえない。こいつはこれで度胸がある。さらに数歩、戦況を睨みながら後ずさるユーリのこれは、助走をつけるためと気づいた。
次の瞬間、戻った分の歩数を一気に走って跳躍。味方や怪物達をも飛び越え、敵の部隊の背後に回れるほどの勢いだ。
敵の頭上を飛び越える瞬間、俺は眼下に向かって風の刃を放つ。敵もまたこっちに弓を射掛けようとしていたから、そっちを狙った。
押し合いのために密集した隊列を組んでた敵に、風の刃が直撃。多くの敵が死傷して、血が辺りに飛び散った。
そしてユーリは着地。今のウインドカッターで敵の数はかなり減って、押し合いもこちら側に勢いが傾き出した。
残念ながら敵の指揮官格の狼獣人は殺せなかったけど、味方部隊と俺達とで挟み撃ちの状況だ。このまま背後から襲い、一気に敵を全滅させれば…………。
「リザワード! 無事か!?」
「ああ、もう……」
ここでさらに新手だ。なんだか聞き覚えのある名前を呼びかけながら、少数の獣人の群れがこっちに向かってくる。
呼びかけをしたのは、ひときわ体格のいいトラの獣人。そいつはやたらと大きな弓を持っていた。一瞬立ち止まって、その弓を引いて太めの矢を射る。
ユーリは咄嗟に、俺達を乗せたままこれを回避。援軍が来たと見ていた敵兵達も身をかがめて避けた。その頭上を飛び越えて、弓は木の怪物の一体に命中。
矢が幹を貫いていた。それですぐさま機能停止というわけでもないけど、今までの攻撃と比べてもかなりのダメージを受けてるはず。
「助かったぞ、ヘグラギア、キャルナ!」
リザワードど呼ばれた狼獣人が、援軍である虎獣人達に言う。
そうか。獣人解放同盟の、残りふたりの指導者達が指揮する部隊か。
ヘグラギアが再び強力な矢を射ようとする。彼の弓は強力な分、射るのに力が必要で時間もかかるらしい。
その隙に、フィアナが先手を打ってそちらへ矢を放つ。狙いは正確だったけど、そのために防がれやすい。
傍らに立つ兔獣人のキャルナが、盾を持って立ちはだかりこれを防ぐ。盾は鉄製らしく、硬質の音を響かせながら矢を床に落とした。
そしてヘグラギアが再び矢を放った。またも木の怪物に命中。
その衝撃で怪物の体が大きく揺らぐ。階段から転げ落ちかけて、すんでのところで耐えた。
「あのトラさんをなんとかしないと……ユーリくん行きますよ!」
「ガルル!」
フィアナの指示で、ユーリはヘグラギア達の方に突進していった。その上でフィアナはヘグラギアに向かって矢を射る。
キャルナがこれを防ぎ続けるが、フィアナが連続して射るために、この兔獣人はヘグラギアの前から退くことができない。
そして激突。キャルナの盾を、ユーリが前足で思いっきり蹴って退かせる。そして目前に迫ったヘグラギアに向かって、フィアナはユーリから飛び降りてナイフで斬りつける。
接近戦に持ち込まれたヘグラギアの次の矢は、彼が咄嗟の回避行動を取ったために狙いが大きく外れて天井に刺さった。
それから。
「にぎゃー! へぶっ!?」
「ぐえっ!」
ユーリの上でフィアナの体を支えるのが仕事のリゼは、フィアナが急に飛び出したために巻き込まれてユーリの背中から放り出された。
そのまま敵の集団の頭上を飛び越して床に激突。俺も似たような運命をたどる。
すばやく身を起こして戦況を見る。ユーリとフィアナが獣人達を相手に戦っている。その向こうでは、味方の兵士や怪物達がリザワードの部隊と混戦を繰り広げていた。
「先に行ってください! セリアさんの居場所まで!」
フィアナがそう叫んだ。ふたりに任せていいものか不安ではあるけれど、それでも俺達の仕事はこの城の解放だ。
味方の兵士も怪物もいる。
不安はあるが、ここはフィアナ達に任せて先を急ぐことにした。




