7-34 反撃の手段
セリアの父親は、馬車が城の近くまで来て外で戦闘が起こっていると中の要人達が気付き始めた時点で、急に剣を抜いて車内を制圧したとのこと。
ゼトルは車内からの脱出を図り、不意を突いて魔法で馬車の壁を破壊。対面に座っていた城主の手を引いて外に出た。
そのまま周りの敵を可能な限り蹴散らして逃げるつもりだったけど、俺達やオロゾと出会えて存外容易に逃亡は成功した、と。
「敵は城を制圧している。ですがそれだけです。防御の態勢も整っていないでしょう。叩くとしたら今です」
レガルテは即座の反撃を主張した。その他の、城から脱出した者達の意見も同じらしい。
「しかし……兵力が圧倒的に足りないぞ。我々の戦力は……ここにいる者達だけか?」
城主が当然の疑問を口にする。ここに逃げ延びてきた者の多くは都市の官僚のような指導者陣や、使用人や職員といった文官。兵士は少ない。
敵の方が数的には優位だし、こういう戦争って守る側の方が有利なものだったと思う。
「それはなんとかなるかもしれません。今、人を冒険者ギルドへ行かせて彼らの協力を仰いでいます。南門の近くに配置されていた兵士もやがて合流するでしょう。それと、もうひとつ戦力を用意します。それは……」
レガルテはそこまで言って、言葉に詰まる。本当は言いたくないことのようだ。
「あとは我々から。城主様、あなたにお許しをいただきたいのですが…………以前この街に災禍をもたらした、あの歩く木を使いますわ」
「な……あの怪物を?」
後を引き継いだのはマルカだった。その言葉に城主もまた、言葉を詰まらせた。
この都市の名門が失墜した夜、ゾンビと共に暴れて人々を恐怖に陥れた動く樹木。あれを戦力として使うと言ってるのか?
「戸惑う気持ちはわかります。ですが我々の調査で、あの怪物を完全に制御する方法はわかっています。味方や住民は傷つけません。敵だけを攻撃するようにできます。そう、我々の手で操作できます」
シュリーが城主をまっすぐ見つめながら言う。
「まあここに城主さんが来なければ、割とあっさり使って事後承諾をもらおうって考えてたんですが。来ちゃったからには仕方ない。許可をください。もしこの怪物を使ったことで監査団の心象が悪くなるってことなら………おお、こんなところにゼトルさんが」
それからシュリーは続けた。少しおどけるような口調で。その内容は冗談では済まないものだけど。
城主はそれを聞いて、さらに沈黙を続けた。
ことの重大さを、この権力者は一番わかっているのだろう。
樹木の怪物はこの都市にとって、忌むべき存在だ。それをこの都市の利益のために使うのは、道徳的に抵抗があるのだろう。住民達に再び恐怖心を与えるという問題もある。
他にも、監査団から問題視される可能性もある。まあそれは、もはや監査どころの状況じゃないと思うけど。
逡巡にそこまでの時間はかからなかったようだ。
「わかった。やろう。あの樹木を使って、城を取り戻す…………ゼトルさん。これは私の決断です。責任は私が全て負います」
「いやいや。緊急事態だ。それが最善の策だというなら、私は咎めはしない」
「ありがとうございます、城主様とゼトルさん。じゃあ若者諸君、ちょっと手伝ってくれたまえ。それから…………」
話しがまとまった城主とゼトルに、シュリーが嬉しそうに声をかけた。
「ゼトルさん。実はこの樹木を操る魔法なんですけど、起動に魔法使いが六人必要なんですよ。維持と操作は五人でいいんですけど。最初は、冒険者の魔法使いに何人か来てもらおうとしたんですけど……ちょうどここには、魔法使いが六人います。なかなかの運の良さですね?」
「シュリー、ちょっと待て…………」
ゼトルがシュリーの言ったことに、承諾しかねるみたいな口調で返した。
なるほどゾンビの魔法陣だって、大規模なものは六人の魔法使いがいなければ発動できなかった。この樹木の怪物も同じなんだろう。
その起動に、リゼやミーナが協力するのは当然だ。この都市には世話になったし、助けたい。レガルテとターナも当然参加するはず。これで四人。
あとのふたりは?
「ほっほっほ。どうやら、儂の力が必要なようですの。この老体の力、喜んでお貸ししますぞ」
梟獣人のオロゾがそう言った。これで五人。
あとひとり。一連の会話を聞いていた者の視線が、一斉にゼトルの方を向いた。
彼は魔法使いだ。それも首都で名を知られている、名門中の名門の当主らしい。
「わ、私に怪物を動かす共犯になれと……」
「共犯とは人聞きの悪い。城を取り戻し都市に平穏をもたらす英雄的行為です」
「それは、そうかもしれないが……」
「それに、城には監査団の人間が多く囚われているのでしょう? ゼトルさん、あなたの部下なのでは? あなたの手で助けるのが道理では?」
「確かにそうだが……」
「そもそもこんな事態になったのは、監査団の中に裏切り者がいたからです。それを見抜けなかったゼトルさんにも、責任は大いにあると思います」
「………………」
「ていうかゼトルさん、我々が城の奪還のために戦っている間、あなたは椅子に座って待ってるだけのつもりでしたか?」
「そんなことはない! いいだろう。その魔法に協力してやる!」
「ゼトルさんならそう言ってくれると思ってました。ありがとうございます」
シュリーは実にいい笑顔を見せた。
都市にとって客人であるゼトルをこの戦いに参加させることは、もしかすると正しくないことなのかもしれない。
けれど今はそんなことを言ってる場合ではないか。
というか、それよりも……。
「シュリーさんって、あの人のこと嫌いなのかな?」
リゼも俺と同じことを考えていたようだ。
「嫌いかもな。あの人、こういう国の監査の仕事とか絶対面倒くさいだろうし。ついでに自分の研究ができるから、渋々ついてきたって様子だ」
だから本隊には参加せず、わざわざ先遣隊についてきた。そして七日間ほどこの街の資料を読み耽る時間が取れたはずなのに、本隊が予定より早く来てしまった。
そのことへの恨みはあるだろう。
「おーい、ミーナ。ちょっと手伝ってくれ」
「は、はい! わたしはミーナです! ミーナが手伝いに行きますよ!」
そんなシュリー達は、魔法陣の製作に取り掛かっていた。あとゼトル達監査団を騙す代役作戦は継続中である。
シュリーから声をかけられたリゼは、必要以上に自分がミーナだって強調しながらそっちに向かう。
いや、それは逆に怪しいぞ。