7-26 女騎士のやること
俺達が武器屋で無駄な時間を過ごしている間、他のみんなはそれなりに大変な目に遭ってたようだ。よし、詳しく聞こう。
「俺が城でターナ達と話していて、それからリゼの兄貴から話がしたいと言われた。一連の事件の事情聴取で、ギルドの冒険者の証言も聞きたいんだとさ。俺が代表して聞いて、他のみんなの仕事の邪魔はしないって条件で承諾しておいた」
監査の事情聴取はカイにだけ。これにより、ミーナとリハルトが会話をして代役だとボロが出る可能性が低くなる。
さすが俺達のリーダー。こういうところで頼りになる。
リハルトからの取り調べは、つつがなく進んだそうだ。優秀な魔法使いであると向こうが思っている、リゼのことも尋ねられたらしい。あくまで調査の一環だろうけど、まずいことは答えてないという。
そして、問題はそこではない。
取り調べの最中に、城の中でざわめきが起こった。城の前に、獣人解放同盟の幹部を名乗る獣人がやってきたと。リハルトもセリアという騎士も、急遽そちらに向かっていった。カイも当然、気になったから見に行った。
確かに城の前に獣人がいた。そして、声を張り上げなが獣人解放同盟のことを言って誰か権力者のお目通りを願っていたという。
その獣人は壮年の狼獣人だった。そしてなんと、体中をボコボコに殴られた上に裸にひん剥いた男を四人、縄で縛って引きずりながら城の前まで連れてきていた。
「その四人って、もしかして昼間に獣人の宿に押しかけてきた兵士?」
ミーナが怪訝な顔をしながら尋ねる。カイはすぐに肯定した。ミーナ達もまた、なかなか珍しい事態に巻き込まれてたようだな。
首都から派遣されてきた兵士を捕虜に取った上、獣人解放同盟に言及する壮年の狼獣人。
城の人間はこいつがリザワードかと大騒ぎになった。もちろんお尋ね者がわざわざこうやって姿を見せることなど、ありえないとは少し考えればわかること。
その狼獣人は、俺の事を不穏分子呼ばわりしてる奴がいるから調べろと主張していた。実際彼はリザワードとは別人であり、それどころか獣人解放同盟とは無関係だとすぐに判明する。
彼はこの街で精肉屋を営んでいる、つまりは市民だ。獣人宿の近くに店を構え、腕の良い肉屋だと近所では評判だ。
宿にも肉を卸していて、そのために宿を訪ねた際に兵士達の訪問に鉢合わせしたという。
若い女性に横柄な態度を取る兵士達に我慢がならず話しかけた結果、兵士の方から攻撃を受けたために反撃したと。
彼自身が店の経営者になってからはまだ数年しか経ってないが、隠居した彼の父親は長年そこで肉屋をやっていた。そのことは近所では知られた事実であり、複数の証言がそれを証明している。
市民が兵士をボコボコにして、裸にひん剥いて連れ回すという行為に問題が無いとは言えないけど、兵士が罪のない市民に対して過度に高圧的な態度を取るのも問題。
結局この男は短時間の間取り調べを受けて、その日のうちに解放された。
もちろん問題はここからだ。得体のしれない不穏分子とやらの調査のために、複数の兵士が獣人の生活の場に踏み込んできた。このことを獣人が許すはずがない。
その宿は、この街の獣人の集まりの中心。だから怒りもなおさら。少数民族である獣人への差別行為だとの声も上がっている。
結果として現在、あの一角は人間立ち入り禁止になっている。別に誰かがそう決めたわけではない。人間が立ち入れば獣人達がじろじろと不審な目で見られて、おかしな挙動をすれば昼間の兵士の仲間だとか見なされてボコボコにされるとかそういう意味だ。
ミーナ達が無事に、あの場所から戻ってこられたのは本当に良かった。
「つまり、もう獣人解放同盟の調査はできないってこと?」
リゼが珍しく真面目な口調で尋ねる。カイは少し迷ってから頷いた。
どう考えても、獣人解放同盟が潜伏するとしたら例の宿で間違いない。今の人間お断りの現状も、同盟の幹部達がこの街の獣人を煽ったからこうなったと考えられる。
ミーナだって、虎獣人や兎獣人の部族長らしき人物を見たと言っているし。壮年の狼獣人の男の宿泊客も、複数いるって話だし。
とはいえそこで手詰まり。人間が怪しまれるなら、俺達が調べることはできない。これ以上のことはわからない。
「なあカイ。そもそもなんで、兵士による調査なんて強引な手を取ったんだ? しかもここの兵隊じゃなくて、首都の奴らって」
「それが……セリアが独断でやったことらしい」
「あの女騎士が?」
カイが説明を続ける。
朝、カイが城を尋ねてターナと情報交換をした。それをセリアが偶然見かけて、聞き耳を立てていたらしい。
カイの言った情報には、獣人宿のことも含まれていた。それを聞いたセリアが、不穏分子は即座に拘束だと自分の配下の兵士に命令した。
相手は不穏分子とそれを匿っている悪党共だから遠慮はいらない。こちらは首都の兵隊でエリートで偉い。だから地方都市の獣人に舐められないような態度でかかれ。そんな風な指示もしていたようだ。
「わざと、あんなひどい態度取ってたんですね……ひどいです」
「うん。でも、怒らせすぎた」
現場を実際に観ていたフィアナとユーリがしみじみと言った。
その結果が、獣人との関係悪化。
元々人の多い都市でない。けれど人間と獣人の間に特に問題は起こっておらず、ちゃんと健全な関係を築けてきた。
それが首都からやってきた人間の勝手なふるまいで、関係にヒビが入る。当然ながら城主をはじめとして、この都市の権力者は怒ってるだろう。
首都との力関係とか監査の件なんかの政治的面倒くささがあって、あまり強い抗議はできない。けれど、セリアという騎士の評価はだいぶ下がっているようだ。
そうでなくても、武器の大量買い付けなんかで仕事を増やしているし。
他にも不穏分子が城を乗っ取る可能性に着目してるらしく、城のことを隅々まで歩き回り調べ上げてるらしい。城の人間だって日々の仕事があるだろうのに、邪魔になる。
監査団の本隊の警備についても同様で、この都市の兵力も警備に駆り出したいと言ってるようだ。協力は当然としても、指揮を全てセリアに委任してほしいという提案まではさすがに城も呑めない。
こんなのが警備の責任者で大丈夫なのか。そんな声が、あちこちから聞こえているらしい。




