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7-25 獣人宿の騒乱

 壮年の狼獣人の男といえば、獣人解放同盟の中心三部族の中でも筆頭。狼獣人部族のリーダーのリザワードが思い出される。

 兵士達だってリザワードの情報は知っていた。だから緊張が走ったのがわかった。

 それでも自分達には国家権力がついていると自負しているらしい兵士達は、強気なのをやめなかった。


「なんだお前は。獣人解放同盟のリーダーは、お前のような狼獣人らしいじゃないか。お仲間が危険だから、助けに来たってか?」

「なんだよそれは。知らねえな。だが、お前らみたいな下品で頭の悪い奴らに嫌われてるってことは、そのなんとか同盟ってのはさぞかし役に立つ組織なんだろうな。俺も入ってみたいもんだ」

「なんだと?」

「聞こえなかったのか低能。お前らみたいな奴に目の敵にされる組織なら、入る意味があるって言ったんだ。どうすれば入れる? お前らをぶん殴ればいいのか?」

「調子に乗るな獣人! 我々を舐めていると痛い目に遭うとわからせてやる! 連行しろ!」


 兵士の中のリーダー格らしい男が、他の兵士達にそう支持を出した。槍を持った兵士がこれを構えようとしたが、狼獣人の方が動くのが早かった。


 ぶん殴る。さっきそう言った通りに、一歩踏み出してリーダー格の兵士の顔に拳を一発お見舞いする。もんどり打って倒れたリーダーの体を踏みつけながら、獣人はさらに一歩前に出た。

 両脇から槍をもって接近してくる兵士。その槍を二本とも、それぞれ片手で柄の部分を掴む。



「ウオオオオオオ!!」


 唸るような雄叫び。それと共に槍がバキリと音を立てて折れた。とんでもない怪力だ。

 兵士達はおののき、後ずさった。しかし逃げることはできなかった。


「人間風情が調子に乗るな!」


 そう叫びながら、兵士に殴りかかってきた獣人がひとり。野次馬の中から飛び出してきた者だ。たぶん犬とかの獣人。

 それをきっかけに、野次馬達が一斉に宿の中になだれ込んでいく。

 兵士達は剣を抜いてこれを制止しようとしたが、無意味だった。あっという間に剣を取り上げられ、体中を殴られ、引き倒される。そして大勢の獣人によって体を何度も踏まれ、蹴られていた。


「うわ……痛そう……」

「獣人の多い場所で、獣人に対してあんな態度を取ればね。こうなることはわかりきってるさ」


 耳元で、相変わらず冷静なトニが言う。たしかに、あの態度の兵士達には同情なんてできないけれど……。


「ミーナさん。今のうちに逃げましょう」


 不意に、背後から知っている声で言葉をかけられた。どこからかこっそり入ってきたフィアナが、いつの間にか背後に立っていた。

 ユーリとは別行動らしい。そして彼女は、彼のローブを身に纏っていた。


 すぐ近くには虎と兎の獣人がいて、見つかるのは避けた方がいいだろうに。大胆にもすぐ近くまでやってきていた。このふたりの獣人が外に注意を向け続けているからいいものを。いつこっちを向くかわかったものじゃないから、ヒヤヒヤする。


「大丈夫です。もうここにいる意味はありません。行きましょう」



 その時、宿屋玄関の騒乱を一気に鎮めて、静寂を取り戻す出来事が起こった。


 ――オオオオオオオン!


 とてつもなく大きな、狼の遠吠え。それがなんなのか、フィアナやミーナにはよくわかった。


「さあ、今のうちです。オロゾさんも早く」


 フィアナに急かされるまま、ミーナ達は食堂の厨房へと向かう。そこに勝手口があり、そこから外に出た。

 もちろん勝手口には中から鍵がかかってたはずだろうけど、どうやってフィアナが外から入ったかはわからない。簡易な作りの木製の扉なんて簡単に壊れるだろうし、ナイフでこじ開けたとかだろうな。



――――――――――――――――――――



 野次馬の集団から抜け出たユーリは密かに狼化した。誰もが宿屋の中の方を見ているかそれとも中に突入していくかで、こちらの方を見る者はいない。

 そして渾身の遠吠え。中がどうなっていようが、この瞬間だけは全員の視線がこちらに向く。この隙にミーナ達が外に逃げてくれればいい。


 ついでとばかりに、手近にいた子供の獣人に噛み付く真似をした。その子供は驚いて、それから恐怖で泣き始める。その子供の母親らしき女性が悲鳴をあげた。

 周囲はたちまち混乱に陥る。巨大な狼が暴れることへの恐怖。元々兵士達への憎悪なんかで冷静な状態ではなかったから、騒乱を起こすのは簡単だった。


 それを確認したユーリは、踵を返してその場から走って去った。その際、もう一度宿の方を振り返る。


 建物の二階から、見覚えのある顔がこちらを見つめていた。レオナリアという女騎士。向こうも、純白で巨大な狼には見覚えがあるだろう。

 自分達がここにいること、知られたな。まずいだろうか。


 まあいいや。とりあえず今は、ミーナ達のことが優先。



――――――――――――――――――――



 俺とリゼは、武器屋や鍛冶屋を調べていた。武器が買い占められた街で、新しく武器を大量注文する人間がいないかを調べるためだ。


 降って湧いたような大量注文に大儲けをした街の武器屋の主人は、ホクホク顔で俺達の会話に応じてくれた。けれど残念ながら、収穫は特に無しだ。

 武器が大量に欲しくてたまらないみたいな奴は、昨日買い占めをした城の人間以外にはいないらしい。


 手持ちの武器が壊れたから、新しいのが欲しいって冒険者なら見かけたが。念の為そいつのギルドの証明書を見てみた。二年ほど前にこの街で登録したもの。

 ザサルとかホムバモルで登録したのでもなく、最近ここに来たわけでもない。不穏分子とは関係なさそうだな。



「悪い人じゃないみたいだしねー。わたしのことかわいいって言ってたし」

「ナンパされただけだからな。気をつけろよ」

「えーでも、わたしがかわいいから、ナンパされたんだよね?」

「それは……いや、だからってその気になるな」


 その冒険者に話しかけた所、彼からも一緒にお昼でもと誘われてしまった。

 いつぞやの三人組のナンパ男違って、丁重断れば身を引いてくれたけど。自分に自信がありそうな、俺の苦手なタイプの男だった。


 そしてリゼは、相変わらず自分がかわいいと言われた事が嬉しかったらしい。喜ぶのはいいが警戒心を持て。


「あ、ねえコータ。今コータも、わたしがかわいいって認めたよね?」

「うるさい。宿に帰るぞ」


 俺の頬をつんつん突くリゼのことを、心底ウザいとは思ってる。可愛いかどうかは、知らないからな。

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