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7-23 虎と兎

 入り口正面のカウンターには、若いウサギの獣人の女が座っていた。まさかキャルナという、兎獣人のリーダーかとミーナは身構えた。


「落ち着くんだ、ミーナ。あれはキャルナという女ではない。宿屋の従業員だ」


 耳元でトニが落ち着かせるように言い聞かせる。


「若い女ではあるが若すぎる。まだ二十歳を超えてないだろうし、それで獣人の部族長は務まらないだろう。それに、獣人の部族長が宿屋で働くはずがないだろう?」

「そ、そうね……」


 トニの言うとおり。少し考えればわかることだ。この宿屋は兎獣人のおばさんが経営しているというし、従業員に兎獣人がいることはおかしくない。もしかしたら、そのおばさんの娘とかかもしれないし。


 オロゾはその兎獣人に話しかける。彼自身はこの宿屋を使ったことはないらしく、その従業員ともこれが初対面らしい。しかし獣人同士仲良くしようとでも言うような、友好的な態度だ。


「もし、兎獣人のお嬢さん。少しお尋ねしたいことがありましてな。こちらのお嬢さんが、さる狼獣人の男を探しておりまして……こちらに今、狼獣人の御方は泊まっておりますかな?」

「あ、はい。何名か宿泊なさってますよ。……お探しの方のお名前はご存知でしょうか?」

「それが……名前を知らないのです。歳は四十代で、この街に滞在しているということだけで……顔はわかります、はい」


 ミーナは努めて申し訳なさそうな口調と表情を作って言った。こういう受け答えにするのは、事前に決めておいたことだ。

 うまく行くかはわからない。こういうお芝居に自信があるわけではない。けれどカウンターの向こうの兎獣人さんは、疑ってはいないようだ。


「ええっと、そのような狼獣人は数名宿泊していらっしゃいますが……」

「ほっほ。そう簡単にお目通しというわけにはいかんの。わかっておりますわい」


 宿泊客の個人情報とか守秘義務とかそういう問題で、兎獣人が口を濁した。そしてそこにオロゾが理解を示すという形。

 そう簡単に宿泊客のことをベラベラ話すタイプではなさそうなその従業員は、オロゾの言葉に頷いた。


 とにかく、狼獣人のリーダーであるリザワードという男と特徴の一致する獣人は泊まっていると確認できた。本人の存在が断定できたわけじゃないけど。


「ではお嬢さん、食堂でしばらく待っていても良いですかな? 昼食か……夕食時には、狼獣人さんも食堂に来るでしょう。その時にお顔を拝見させていただきます。なに、タダでとは言いませぬ。お酒でも注文させてもらいますぞ」


 若いウサギの獣人は、それならこちらにとミーナ達を食堂へと案内する。しばらくはここで席について、お茶を何杯か飲みながら待つ。それだけ。


 もちろんミーナは、リザワードなる狼獣人のリーダーの顔など知らない。けれど、それらしい人物が食堂に現れて仲間と会話する。そんな状況に出くわしたら、その会話に聞き耳を立てるつもりだ。

 もしかすると、獣人解放同盟についての情報が得られるかもしれない。自分がリーダーだと漏らしてしまうかもしれない。そういう機会を狙う。


 リザワードだけではない。虎獣人のへグラギアや、兎獣人のキャルナと思しき獣人が現れれば、同様に聞き耳を立てよう。リゼ達と因縁があるという、レオナリアなる騎士についても同様だ。

 この女の顔もミーナは知らないが、この建物に人間が来るならそれは目立つだろう。だからわかるはずだと思う。


 得られる情報は少ないかもしれない。けれど、そういう少ない手がかりの積み重ねで真相を暴いていく。調査とはそういうものらしい。



 そしてミーナ達は食堂へ入る。そして中をざっと見渡し、固まってしまった。


 食堂のある一角。小さめのテーブルに、獣人がふたり向かい合って座っていた。

 若い虎獣人と、若い兎獣人だった。



「落ち着いて、ミーナ。探している獣人なのかはまだ未確定だ。その可能性は高いけどね。でも君は、ただの通りすがりの魔法使いだ。警戒なんかされない」


 トニが耳元で、相変わらずの冷静な口調で言っている。ミーナが人知れず慌てていることを、このトカゲの使い魔だけはしっかり理解していた。

 そうだ。大丈夫。自分のことを彼らは知らない。怪しまれることなんてないはず。


「なんなら、こっちから話しかけてもいいかもしれないね。壮年の狼獣人で、革命や改革を志している者に心当たりはないかって」

「そ、それは……」

「ははっ! ちょっと気が早いか」


 このトカゲはトカゲで、油断のならないことを言ってくる。そういう事は本当になんの手がかりも得られないって時になるまでは、やりたくない。



 とはいえ、このふたりの会話は重要な情報源になりうる。ミーナとオロゾは、このふたりのテーブルからさほど離れていない席を選んで座った。


 注文したワインとパンを口に運びながら、獣人ふたりの会話に耳を傾ける。

 ふたりの会話は当たり障りのないものだった。どうやらふたりとも旅人らしい。少なくとも、そういう設定のようだ。

 旅人達がある街で出会って仲良くなる。そういうのはよくある話にミーナには思えた。そして、それぞれの旅の出来事なんかを肴に昼前から飲んでいる。

 定職を持っている市民にはできない時間の過ごし方だが、旅人なら変なことではない。


 とはいえ気になることも。ふたりの獣人はさきほどから、こちらのことをチラチラと見ているような気がした。

 獣人がよく泊まる宿に人間がいることが珍しいのだろうか。

 それとも自分達がいると、秘密の話ができないからだろうか。例えば獣人解放同盟の話とか。


 あのふたりの獣人は、部外者がいるからあえて当たり障りのない話題を口にしているように思えた。

 きっと本当は、これからやってくる監査団にどんな攻撃を仕掛けるべきかとか、そんなことを話し合いたいのだろう。


 実際にどうなのかは別として、ミーナの中では確信になりつつあった。あのふたりが敵だと。


 しかしそうだとすれば、今からどう動くべきか。会話に聞き耳を立てて情報を得ることはできなさそう。ならばさっきトニが言ってたように、こっちから話しかけて見るとか?

 オロゾの方を見る。彼はまったく様子を変えず、ほっほと笑うのみ。



 ふたりの獣人は食事を終えたようで、席から立ち上がった。どうする? 追いかけるべきだろうか。それとも…………。



 その時だった。食堂の外、宿の正面玄関がなにやら騒がしくなった。

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