7-21 次の方針
襲撃犯についてはわかった。取るに足りない男で、そこから得られる情報はさほど多くはないということも。落ち込んだ状態で城に拘留されているなら、そのままじっとしてて欲しいものだ。
問題は不穏分子であるザサル=レメアルドが、間違いなくこの都市を狙っているのが明らかになったこと。武力でここを占拠して、新たな国の領土とする。
テロというよりは、ほとんど戦争だな。
「それにしても、変じゃないか?」
ふと違和感を覚えて、俺はみんなに声をかけた。
「なんで奴らは、わざわざ警戒させるようなことをしたんだ? どうせなら本隊が来るのを待って、不意討ちで攻撃をするべきじゃないか?」
要人への攻撃にしても都市を占拠するための戦いにしても、今行動を起こすのは拙速だと思う。先遣隊を攻撃するのが、そもそも間違いだ。
結果として本隊を警戒させてしまったし、首都から急ぎ増援が来ることになってしまった。わざわざ敵を強くさせる必要は、不穏分子的には無いだろうに。
本隊が来る前にとりあえず先遣隊を殺して、要人暗殺の事実は小規模ながら作る。それから続けざまに、都市に攻撃を加えて占拠する。これならまだ、考え方としてはわからなくもない。要人の殺害は間違いなく、首都に対するダメージになるからだ。
しかし先遣隊への攻撃の後、城攻めは事実として起こっていない。
城を陥落させて都市を占拠するだけの兵隊が攻めてくれば、さすがに俺達はそれを認識できる けれどそんなものは見当たらない。
「そのことは、あのセリアって騎士さんも気にしていた。少し考えたけど、わからないと言ってた。ただ、もし可能性があるなら……首都の戦力を出来るだけ引きつけて、叩くつもりなのかもと。そうすることで、占拠をした後も有利に事が進められる」
なるほど。首都から走ってくるという増援をまとめて叩き潰せる自信があれば、そうした方がいいか。それだけ首都の戦力は削がれる。
奴らにとって都市の占拠はひとつの目標だけど、その後すぐに軍隊を送られて奪還されたら意味がない。
占拠後も支配を維持するために国の要人を殺して混乱させるとか、生け捕りにして交渉の材料にするとかを企むわけだ。要人達に加えて一般の兵士であっても少しは、同様の目的を果たすことができる。
けどそうだとしたら、奴らは相当な自信を持っていることになる。この都市の戦力と首都からの増援を一緒に相手にして、勝てる気でいる。
奴らの作戦はわからないけど、不気味だ。
それから俺達もみんなに、今日の出来事を話すことにした。
首都からの増援とか魔法使いを不穏分子が現地雇用する可能性とかは、カイは既に城で聞いていた。けれど増援のために武器を大量に用意しているというのは、彼も初耳なようだ。
フィアナとユーリが見てきたことも、もう一度聞く。
レオナリアという騎士がこの街にいる意味については、カイにもよくわからないそうだ。そりゃそうだよな。
しかし、獣人が集まる宿やその周辺地帯というのは興味深いみたいだ。獣人解放同盟が拠点にするなら、そういう場所がぴったりだし。
「その場所は調べる価値があるな。虎獣人の部族長と思われる男のがいたなら、特に。ただ、レオナリアはどうしようかな……」
問題はそこだ。俺達とレオナリアは顔見知りで、元は敵対関係。あの元領主がいなくなりレオナリアとの主従関係が解消された今は、正確には敵対する意味はないのだけど。
それでも、あの生真面目な女騎士さんは俺達を恨み続けてると思う。なにかの拍子に鉢合わせしたら、トラブルは避けられない。
今回の捜査は、密かに目立たずやりたいのに。
「つまり、わたしが行くってことになるのね……」
ミーナが、少しだけため息をつきながら言った。この中でレオナリアと面識がないのはミーナとトニだけ。
獣人が集まる宿を調べて、狼獣人とか兎獣人とかがいないかを見る。可能ならその名前も調べる。あと、できればレオナリアと虎獣人の関係も。
「いいだろう。可能な限りのことをしよう。ミーナ、共に頑張ろう」
「トニは本当に……前向きで頑張り屋ね……わかった。やるわ。うまくいかなくても、その時はあんまり怒らないでね?」
「大丈夫だよミーナちゃん! きっとなんとかなると思うよ!」
「あなたのその自信は、どっから来るのかしら…………」
まったくだ。リゼは自分で調べるわけでもないから、気楽なもの。ミーナのげんなりした表情には同情を禁じ得ない。
とにかく、明日の調査の大体の方針は決まった。メインはミーナの獣人宿調査とそのサポート。他に俺達の推測したことを城に伝えること。
俺とリゼはまた、単独行動で情報収集かな。調べるべきことはたくさんある。
そんな感じで今日の話し合いは終わり。また明日頑張ろう。
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翌日、ミーナはフィアナとユーリと一緒に冒険者ギルドへと向かった。
他のみんなは別行動だ。カイはお城に行って、ターナ達と情報の共有。伝言をしたり向こうの状況を聞いたり。リゼとコータは武器屋を調べると言っていた。武器が買い占められた街で、ものすごく武器を欲しがる人間がいれば、そいつが不穏分子の可能性が高いらしい。そういうのを探しに行くらしい。
そして自分とトニは、昨日の取り決め通りの獣人調査。ちびっ子ふたりがそのサポートだ。
獣人調査に行く前になぜ冒険者ギルドの建物に寄るのかと言えば、獣人の冒険者を雇うためと説明された。人間だけで獣人の多い宿に入るよりは、人間と獣人の組み合わせの方が自然に見えるとのこと。
それにこういう仕事をしたことがないミーナを、ひとりで行かせるのは不安だ。だから近くにサポート役が欲しいとも言っていた。
なるほど、それは道理だとトニが頷いていた。トニが言うなら、そういうものなんだろう。
冒険者ギルド。ミーナにとっては、これまでの人生で縁のなかった場所だ。そこに踏み込むことに、既に緊張している自覚があった。まだ本題の調査に入ってすらないのに、情けない。
「大丈夫。冒険者は、ほとんどが良い人」
「ユーリくんの言うとおりですよ。怖がることなんてないです」
緊張してるのがバレたのか、前を歩いていたちびっ子ふたりが振り返ってそう言った。
年下の子供達が、ものすごく頼れる存在に見えた。
こういう感覚は、名門という立場に籠もっていたら出会えなかっただろうな。ふたりに勇気づけられ、ミーナは少しだけ笑顔を見せる余裕を取り戻せた。