7-19 馬車の乗っ取り
リゼは乗り物を乗っ取る種類のテロ行為について、興味を持ったようだ。特に俺の世界でそんなことをしているってことが。
馬車でそこまでの破壊行為ができると思わないというのは、リゼも俺も考えてることは一緒らしい。
俺の世界では車を引くのは馬ではなく、油を燃やして得た力で動かす機械だし、車だって木ではなく鉄で作られたものだ。そんな鉄の塊が通りを埋め尽くしている。
さらにはアルミニウムなんていう未知の金属があって、それと鉄の合金で作られた金属の鳥が羽ばたかずに空を飛ぶ。魔法が使えなくてもペガサスなんて持ってなくても、人は空を飛ぶことができる。
俺の世界の姿を簡単にリゼに説明したところ、彼女はその光景を想像しようとして断念した。この世界と比べて違いがありすぎて、ちょっと考えつかないらしい。
そして鉄の車が通りを埋め尽くす人々に突っ込んでいき、大量に轢き殺す。金属製の鳥が百階建ての建物に突っ込んで、大惨事を起こす。
俺の世界の不穏分子のやってきたことも少し説明してみた。リゼはやはり想像がつかなかったようで。
「うへあー」
変な声を出しながら、街路樹によりかかりながら座り込んだ。
いや、なんでだよ。想像がつかなさ過ぎて力が抜けたとか? そんなことありえるのか?
疲れたから座りたいだけとかじゃないだろうな。
「そっかー。コータはそんなに恐ろしい相手と戦って来たんだねー」
「いや、俺は戦ってはないぞ」
確かに俺の世界での出来事ではあるが、俺の関わってきたことじゃない。海の向こう側。テレビやスマホ画面の向こう側での出来事だ。幸運なことに、俺はテロの現場に居合わせたことなんてない。
けれど今の俺は、まさにテロとの戦いをやろうとしているわけで。
「ねえコータ。この世界で馬車を乗っ取って暴れさせたら、それで……コータのいうテロになるのかな?」
「なるんじゃないかな。それでひとりでも死者が出たら…………いや、どうなんだろう」
この世界の命の価値って基本的に低いからな。
市民ひとりが死んでも、あまり意味はない。やるなら権力者を殺すことを目標にしなければ。そうして初めて、権力者達は己に迫った危険を知り、不穏分子の要求に耳を傾けるって風になるはず。
「じゃあさ、馬車を乗っ取って攻撃するとしたら、国の偉い人が乗ってる馬車ってことになるの?」
「そうなのか? いや、どうなんだろ」
わからなくなってきた。
とにかく問題は、相手がどうやって攻撃をしてくるかだ。そこを考えていけばいい。
要人を殺すだけらなら、この前みたいに他の馬車や暴れ馬を要人の馬車に突っ込ませればいい。
別に要人が馬車に乗ってる時を狙うこともなくて、外を出歩いている所を馬に蹴らせればいい。
もちろん護衛の兵士は大勢いるだろうから、うまく行くかどうかは状況次第だけど。とにかく乗っ取りにこだわることもない。
とはいえ要人が乗ってる馬車を乗っ取った方が、殺せる可能性は高い気がする。
馬車を暴走させてどこか建物に激突させるとか。あるいは護衛の兵士達を蹴散らして、自分の仲間がいる地点に走らせるとか。そこには武器を持った不穏分子の仲間が大勢いて、取り囲んで要人を殺す。それか捕まえて人質にして国を脅すとか。
ああ、武器は買い占められて調達しにくいんだっけ。それでもなんとか手に入れる方法はあるだろう。それに、いざとなれば農耕道具とかハンマーとかの工具を武器に代用すればいい。
そっか、そういう物を大量に購入する人間がいたらそれも怪しいな。
「そうだなリゼ。お前の言うとおり、偉い奴が乗ってる馬車を乗っ取るのはいい手かもしれない。敵もそれを狙うかも」
「ほんと? わたし今、優秀な魔女っぽいこと言ってた!?」
「いや、優秀な魔女とは関係ない」
「うう……でも、わたしの言ってること間違いじゃないよね? 偉い人殺すために馬車を乗っ取るのは確かなんでしょう?」
「確かとは言ってない。その可能性が高いってだけだ」
「そっかー。ねえコータ。不穏分子の作戦が成功して、ファラちゃんのお父さんが死ぬってことはあるかな?」
「おいこら。笑顔で訊くことじゃないぞそれは」
そりゃリゼとしては、自分を追ってる家の人間が死ねば嬉しいだろうけど。
当主が死ねば、さすがに魔導書の盗難事件などそれどころじゃなくなるだろう。リゼが追われなくなるなら、俺にも確かに益があることだ。しかし問題はそこじゃない。
そもそも、不穏分子の攻撃を阻止するのが俺達の仕事だからな。仕事はちゃんとやらなきゃいけないからな。
リゼもそれはわかってるのか、えへへと笑いつつも、ごめんごめんと謝った。まったくこいつは。
「とにかく、馬車が乗っ取られちゃうのは大変だよね。どうやって止めるの?」
「それも、相手のやり方から考えるべきか……」
俺のいた世界でハイジャックとかバスジャックとかはどうやっていたか。乗客に紛れて武器を持ち込み、それでパイロットなり運転手を脅す。
とはいえ、今回乗っ取るのは要人が乗った馬車だ。一般の乗客が同乗してるとは思えない。
同乗してる者に護衛の兵士はいるかもしれない。それを買収して、あるタイミングが来たら御者を脅させるとか。
兵士なら武器を持っているのは自然だし、買収さえできれば実行は楽なように思える。後は首都の兵士の忠誠心の問題だな。
あとは、御者そのものを買収しておくとか。そしてやはり、兵士を蹴散らして別の場所に中の要人たちを連れ去らせる。
兵士よりも忠誠心が低いイメージはあるから、こっちの方が容易かも。真面目に信念を持って仕事をしている御者の皆さんには申し訳ない。
他には不穏分子が兵士の変装をして護衛の隊列に紛れ、不意をついて馬車を乗っ取るとか。あるいはストレートに、武器をもってして馬車を襲うとか。いろいろ考えられる。
「と言っても、こういうのって実際の本隊がどんな風に来るか知らないと、なんとも言えないよな」
監査団の本隊はどんな馬車に乗ってくるのか。護衛の兵士はどんな隊列なのか。馬車の中に何人の人間がいるのか。それを知らなければ、俺達はあれこれ想像ができるだけで実際になにかやれるというわけではない。
仕方がない。これも後で、ターナにこんな可能性があると伝えるとするか。あの女騎士なら、それを警戒した形で警備の段取りをしてくるだろうし。それがあの人の役割なのだから。