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7-16 獣人の宿屋

 その宿屋は、街の中心地から少し外れたところにあった。見た目としては、両側に立ち並ぶ他の建物と比べて特に変わったところはない。


 けれどその建物の周りでは、確かに獣人の姿が目立つような気がした。通りを歩く人影に獣人が多いし、獣人が働いている店も目につく。獣人街とはいかなくても、ごく狭い範囲で似たようなものが出来ているのかもしれない。

 そしてその中心にあるのが、例の宿屋だ。


 人間が入ったら目立つし怪しまれるとユーリが言ってるから、少し離れたところで宿屋の入り口を観察。確かに獣人が主に泊まる宿に人間の子供がふたりで入って来たら、絶対になにか事情があると思われる。

 ユーリはワーウルフだから、そこでなんとか出来ないかと一瞬だけ思った。けれどこれを言ったら、またこの子は怒りそうだからやめておいた。


 獣人がやってる露店でパンを買って、路端に腰掛けて食べながら様子を見る。周りから見たらデートしてる子供に見えるのかなと、フィアナは少しだけときめいていた。それかきょうだいとか。その場合、どっちが年上に見えるんだろう…………。


「この宿は、兎獣人のおばさんが、やってるらしい」

「は、はい! う、兎獣人ですか……」


 不意にユーリから声をかけられて、慌てて返事をした。兎獣人。つまり獣人解放同盟の主要部族のひとつ。



 さっき建物から少しの間だけ外に出ていた、茶色い毛並みで長い耳が上に向かって突き出ているのが特徴のご婦人がそれかな。明らかにウサギの耳をしてたし。

 獣人達に愛されるような宿を経営してる、良いおばさんに見えた。不穏分子がどうとかの、怖いお話には無縁そうな印象を受ける。


「うん。おばさんだから、キャルナっていう若い兎獣人とは、多分別人」


 キャルナ。兎獣人という部族のリーダーだったっけ。うん、ちゃんと覚えてる。たしか狼獣人のリーダーがリザワードで、虎獣人はヘグラギアだ。


 気を取り直して、宿の周りをよく観察する。

 通りを自分達よりも小さな子供が走り回っていた。狼獣人の子供の、多分兄弟とかだろう。もちろん彼らは、リザワードというリーダーではない。でも狼獣人である以上は、なんらかの繋がりがある可能性は否定できない。


 この宿の主人である兎獣人のおばさんだってそうだ。自分の部族のために、獣人解放同盟のメンバーに場所を提供しているってことはないだろうか。

 そして同盟がもし悪事をした場合、あの子供達もその過程で協力したりするのかな。それか宿のおばさんが、何らかの罪に問われたりすることもあるのだろうか。


 それって、なんだか悲しいことのような気がする。平和な日常が壊れるような出来事というか、日常の影に暗いものが隠れていることの悲しさというか。


 不穏分子なんて騒がれてるけど、何も起こらなければいいのに。もっと人間と仲良く出来たりはしないんだろうか。

 例えば、向こうから歩いてくる獣人さんとかみたいに。


 黄色と黒の縞模様がきれいな若い男の獣人は、複数の人間と一緒に固まって歩いている。どこか楽しげな雰囲気だった。



「虎獣人。若い男。あれが、ヘグラギアかも」

「え? 虎の獣人…………あれが虎なんですか?」

「もしかしてフィアナ、虎って見たことない?」

「すいません。村にはそんな動物いなかったので……」


 村やそれを囲む森には、オオカミもウサギも牛も馬も、さらにはフクロウもいた。

 けれど虎なんて動物はいなかった。村には本もないから、どんな動物かなんてのをフィアナが知る機会なんてなかったんだ。そっか、あれが虎獣人か。うん覚えた。


 もちろん、あれが虎獣人のリーダーかどうかはわからない。とりあえず拠点にしている場所をつきとめよう。そこに壮年の狼獣人や若い兎獣人もいれば、可能性は高くなる。

 そう考えながら、その虎獣人を見つめる。そしてあることに気づいた。

 虎獣人と並んで歩いて話している人間は、壮年の人間の男だ。そしてその後ろに、やはり人間の男女が続いている。

 その中のひとりに、見覚えのある顔を見つけた。


「ユーリくん。あれって」

「うん。レオナリアだ」


 若い女。たぶん二十歳ほど。その顔をフィアナは忘れてはいない。

 レオナリア・ニルセン。あるいはレオナと呼ばれている。フィアナの故郷で、すこぶる評判の悪い領主に仕えていた女の騎士。


 騎士の職務と良心の間で揺れつつも、自分の君主を守るための戦いを貫いた女。つまり敵だ。あんな奴を守るために戦うなんて、フィアナにとっては狂ってるとしか思えない。


 でも、なぜ彼女がここにいるのだろう。領主が首都に連れて行かれた後に、そっちとは逆方向に旅に出た。新しい仕官先を探しに行くと聞いている。


 フィアナの故郷から見て首都は西、そしてここヴァラスビアは東にある。だから、方向としては間違ってはない。この街のお城に仕えようとして滞在してるのだろうか。

 確かに、この都市は大変なことになった。人手がほしいだろうって周りから思われてるだろうし、だから騎士の雇われ先になると思う。

 だったらなんで、獣人が集まるような所にいるのかはわからない。


 わからないけど、敵なのかもしれない。だとしたら今度こそ、あの領主に仕えていたという罪に報いを与えるべきでは…………。


「フィアナ。とりあえず、ここから離れよう」

「は、はい! そうですよね」


 ユーリが残りのパンを口に放り込んでから言った。そのためフィアナは、黒い感情から引き戻される。その通りだ。逃げよう。


 レオナリアがここにいる理由はわからないけど、自分達の姿を見られるのはまずい。顔見知りな上に敵だから、相手にいらない警戒をされる。なんらかの騒ぎになるかもしれない。それは避けたい。


 ふたり揃って、なんでもない風に歩き始める。レオナリアや、虎獣人とは逆方向だ。

 幸いにして向こうはこちらに気づいていない。気づいたとしても、人間の子供がふたり歩いているようにしか見えないはず。そのまま並んで交差点を曲がり、建物の陰に隠れる。曲がりながら、ちらりとレオナの方を見た。

 彼女はこちらにはまったく気づいていないようだった。ヘグラギアかもしれない虎獣人と人間の男との会話に聞き入っていて、こちらの存在自体に目を向けていない。


 そのまま一行は、例の宿屋の中に消えていった。そこに宿泊して拠点にしているのか、それとも食堂を利用しただけかはわからない。しばらく眺めていても虎獣人やレオナリアは出てこなかったから、ふたりは監視を切り上げて帰ることにした。

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