7-12 兄のこと
先遣隊の役人達は城主やその周りの者達と一緒に城の中に入っていく。それを見届けたリゼは緊張の糸が切れたのか、その場でへなへなと座り込んだ。
「こ、怖かった……」
「お前は何もしてないだろ。ほら立て」
「無理…………」
腰が抜けたのか、しばらくはこの場から動けなさそうだ。まったくもう。まあ、とりあえずの懸念事項は解決したから良しとするか。
あとはギルドとしては裏方に徹した仕事をして、リハルト達先遣隊とかあとからくる本隊の監査団に、あまり目に触れないよう立ち回ればいい。
監査団のリーダーのゼトルなる男との対面については、これからもう少し時間をかけて考えていこう。
「それにしてもお兄ちゃんが本当に来てるなんてねー。いくら優秀でお城で働いてるっていっても、まさか城塞都市の監査役なんてやるとは思わなかったよー」
「なあ。お前の兄貴ってどんな奴なんだ?」
とりあえず代役作戦は進められそうというのがわかった今、改めてあの男のことを知っておくのは大事だと考えた。俺の問いにリゼは少し考える様子を見せてから答える。
「優秀な魔法使いだよ。イエガンに飛び級で入学して、そのままずっと一番の成績だった。歴代のイエガンの卒業生の中でも優秀さは五本の指に入る……って程ではなかったみたいだけど、上から数えて三十番目までには入ってたぐらいの成績」
上から三十番目。イエガンの数百年の歴史の中でその順位というのは、圧倒的に優秀と見なしていいだろう。彼以外の上位層といえば、歴史上で多大なる功績を残した偉人とか、後にイエガンの学長になる傑物とかそのレベルらしい。
つまり、あの男はめちゃくちゃ優秀な人間とのこと。まだ若いのに、城で国王に近い立ち位置で働いているということからもそれが伺える。
「ちなみに何歳なんだ?」
「二十四歳。シュリーさんと同い年だねー」
「なるほど」
そして、シュリーやマルカよりも今回の監査団の中では立場が上。マルカよりは年下なのにな。働いている役職の差による上下関係だろう。あるいは、学者コンビは今回の件に関しては当事者で参考人みたいな感じの参加だから、監査団の中での立場が低くなってるのかもしれないけれど。
なるほど優秀だというのはわかった。でもそれ以上に知りたいのは。
「それだけ優秀な人間だと、やっぱり周りを見下すものなのか? あいつからすると、他の誰もが大した実力もない奴に見えるんだろ? お前みたいな無能に」
「わ、わたしはわたしで優秀だから!」
「わかったから。それでどうなんだ?」
「うーん……」
あの男、見た目はそんなに悪い人間には見えない。もちろんリゼとしては家族に見つかることそれ自体がまずいから、隠れるのは当然だろうけれど。それを踏まえてもリゼにとってそれほど恐ろしいとか、嫌いな相手だったりするのかが気になった。
そして少しだけ答えに詰まった後のリゼの答えは。
「そんなことはないよ。わたしを見下したりはしなかった。優しいお兄ちゃんだよ。真面目で勉強家で…………人に親切だった。魔法使い以外にもね」
見た目通りの人物。大体はそんな印象で合っているらしい。王が側に置きたがるくらいなのだから、優秀なだけではなく人格的な長所も持っているということなんだろう。
「魔法を使えない人を見下したりもしてなかったかなー。わたしにも……魔法が使えな…………下手な、まだ未熟なわたしにも――」
「諦めて無能って言え」
「そんなことないもん……とにかくわたしにも、魔法のやり方を親切に教えてくれたりもしたよ。うん。教え方は下手だったかもしれないね。だってわたし、魔法使えるようにならなかったもん」
「それはお前に才能がないからだ。誰が教えても変わらない」
「うう……さっきからひどい…………と、とにかく、お兄ちゃんはわたしの事をバカにしなかったもん……バカにしてきたのはリリアンヌとか……だもん……」
「誰だよそれ。…………妹か」
リゼの言葉の中に出てきた知らない名前だが、なんとなく想像はついた。文脈からしてリゼのきょうだいのことで、名前の雰囲気から女だろう。リゼには姉と妹がひとりずついるけど、姉なら「お姉ちゃん」って呼びそうだから。
俺の問いにリゼはこくんと頷く。
姉のリゼよりもよほど優秀で、学校でリゼより先輩になった妹。彼女の名前を口に出してしまったリゼはしかし、それ以上なにか語ろうとはしなかった。
リゼなりに、深刻なコンプレックスなんだろう。他の家族が無能であるリゼのことをある程度受け入れたとしても、そういう存在がいるというのは大きいのかもしれない。リゼが学校や家から逃げ出して、旅に出ると決めるほどの理由。
そこに触れるのはよくないと思った。
とりあえず、あの男のことがなんとなくでも理解できたから良しとするか。では話題を変えて。
「あの騎士の女の方はわかるか? セリア・ジェラルダンだっけ」
「セリア・ジェラルダン……ジェラルダン……ジェラルダン家…………だめだ。知らない。王家に仕える騎士って多いからねー。四大騎士家系とかの有名な家の人なら姓でわかるけど、ジェラルダン家は聞き覚えないかな」
「そっか。じゃあ家柄的にはそんなに高い騎士じゃないのか」
「もしかしたら、新しく士官した人かもしれないねー」
それ以上のことはわからなかった。知らないのなら仕方ない。こうやって要人達が来る前に街の治安維持や警備の役割を担うなら、それなりに優秀という評価を受けているんだろうけど。
おそらくあの先遣隊のふたりのうち、リハルトが本隊が来る前に関係者から話を聞いておおよその事件の概要を把握する係。セリアの方は不穏分子がひしめくこの街である程度の安全を確保して、警備の段取りを整えるという役目なんだろう。
リハルトが関係者としてカイ達ギルドの人間にも話を聞きに行く可能性はなくはないけれど、どちらかと言えば今回の俺達の仕事はセリアと一緒にやるタイプだと思われる。
そういう意味では、ミーナのことがバレる可能性は少しは低くなるかな。
「よし、じゃあそろそろ行こうか。中であの人達がどんな話をしてるか知っておきたい」
「うん。お兄ちゃんと鉢合わせしないようにだけ気をつけないとね」
妹のことで少しだけ落ち込んでいたリゼもいつの間にか元気を取り戻したし、立てるようになっていた。とりあえずカイ達から状況を聞きに行こうと立ち上がり、城の中に入っていく。
 




