7-10 了承を得る
ユーリが全力で走れば、城にはすぐに着いた。さすがは狼の脚力。けれどそれに感心している暇も、楽ですごいってはしゃぐリゼの相手をしてる暇もない。
門を守る兵士はすでに顔見知りになっている。彼に状況を伝えれば、血相を変えて城の中に走っていく。俺達もそれに続いた。先遣隊の人間もこっちに情報を伝えに走っているのだろうが、ユーリの方が速かったらしい。
城はたちまち大騒ぎになった。すぐさま兵士達の一団が現場へと派遣される。俺達もそれについていきたいところだったが、別の問題にも対処しなきゃいけない。
「そっか。コータの格好まで向こうに伝わってたか……」
ターナがそうつぶやきながら考え込む。別に、この人が代役作戦に真剣になる理由があるわけでもないが、それでも親身になって考えてくれるのは嬉しい。
「となると、ここは僕の代わりにコータがミーナの肩に乗ることになるのかい?」
最初に提案したのはトニ。まさに俺とトニの問題だから、彼が真剣になるのも当然か。そして、俺もその方法しか思いつかなかった。
でも危険ではあるな。使い魔と主人はあまり遠くにはいられないらしい。一定の距離離れると、使い魔は主人の方に引き寄せられて飛んでいく。
トニはミーナのローブの中にでも隠れていればいいだろう。だが俺がリゼの方に飛んでいかないためには、リゼもある程度近くにいなきゃいけないってことだ。
となれば、リゼの存在が兄貴やゼトルという名門の人間に知られる危険が高まる。
しかし当のリゼは、全く危機を感じていない様子で。
「トニにコータのふりをしてもらうのは変えなくていいと思うな。わたしに考えがあります」
そう、自信たっぷりに言い切った。何を考えてるのかはわからないが、とりあえずは聞いてみよう。
「ふっふっふ。少しの間時間を稼いでください。ミーナちゃんがおに……リハルトさんに対面するのができるだけ遅くなるように。それから、いらない布をください。そんなに多くなくてもいいので。それからお裁縫の道具も貸してください。わたしのは宿に置いてきちゃったから……」
おい。お前何するつもりなんだ。
なにか対策をするにしても、好きな裁縫の仕事ありきで考えたんじゃないだろうな。
とにかく時間が無いのは確かだ。リゼの考えに、とりあえず乗ることにした。リゼとミーナと俺達使い魔は城に残り、カイとユーリは城の兵士達と共に先遣隊の方へ行く。レガルテとターナは城で出迎えの準備だ。
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再度の敵襲は来なかった。しばらくすると、逃げていった魔法使いを追いかけに行った兵士が戻ってくる。取り逃がしたと行っていた。
それは残念だけど、一旦は危機は去ったという空気があたりに流れる。リハルトとセリアはなおも警戒を怠らないが、馬車の中に戻っていった。マルカもペガサスを操り馬車の後方の位置に戻る。
護衛の兵士の多くが、周りの建物に敵が潜んでいないかの確認で散開している。残りは馬車の守りを固めていて、シュリー達には目がいってない。よし今だ。
「あの、シュリーさん。実はですね……」
意を決してフィアナはシュリーに事情を話し始めた。リゼにはリハルトに対面したくない事情があること。ゼトルがリゼに会いたいと言っているけど、それも避けたいこと。だから、リゼ以外の似た特徴を持つ魔女に代役をお願いしたこと。
だから、シュリーとマルカには話を合わせてほしいということ。
「なるほどな。あの子確かに、名門の話になると様子が変になるもんな。もしかしたらあの子も名門の出なのを隠してるのかと思ったが……過去にひと悶着あったとすれば納得だ」
「そ、そうですね……」
リゼが自分のことを、わざわざ名門ではないと言ってしまうあの慌てよう。あれをシュリーも変に感じていたらしい。しかし人情のわかるこの歴史学者は、冒険者にありがちな隠したい事情だろうと察して黙ってくれてたようだ。
「事情があるなら仕方ないね。よし、その企みに乗ってあげよう。その代わり…………学校の図書室とやらを見る許しを貰えないかい? あの恋人……夫婦もこのことは知ってるんだろ? 口利きをしてほしい」
「はい、もちろんです!」
レガルテやターナに、学校に残っているという古い資料を見る許可がほしい。それがシュリーの提示した条件だ。
シュリーならこんなことを言うのは納得だし、無条件で手伝ってくれると言うよりは、こっちの方が信頼できる。
「マルカもそういうことでいいよな?」
「いいですわよ。あなたがたの事情については知りませんが、資料を読めるなら願ってもないことですわ」
「ありがとうございます。リゼさんも喜びます」
とりあえず懸念事項がひとつ消えた。これで全部解決というわけではないけれど。
「そういえば、あの魔法家のリハルトさんってどんな方なんですか? ゼトルさんという方についても知っておきたいです」
それから、ついでのようにそう尋ねてみた。せっかく知り合いに会えたのだから、得られる情報は全部知ってしまおう。シュリーとマルカは少し顔を見合わせた。
「リハルトという男は、別にそんなに悪い人物には見えないな。まあ見た感じだし、あの男のことをよく知ってるわけでもないから何とも言えない。でもまあ、魔法使いにありがちな差別意識は薄いかな。あたし達のことを見下したりはあんまりしていない」
「まあ、少し話ただけですけどね。あんな風に自分達だけ馬車で、わたくし達には自前の馬を用意しろって言うあたりは偉そうですわ」
「それは、あたし達が無理して早く行きたいからって言ったものあるけどな」
シュリーはそう言って苦笑した。役人達の調査団の予定と違うことを言ったなら、それはこうなるものだろうな。
とにかくシュリーの見た感じでは、リゼの兄はそんなに悪い人ではないらしい。だったらリゼが逃げたことを許してくれるかといえば、それは別問題だろうけど。
もうひとり、ゼトルという男についてもシュリーは答えようと口を開いた。でもちょうどその時、たくさんの馬の足音が聞こえた。
前方を見れば、城の兵士や騎士が馬に乗って大勢駆けつけてきたようだ。その中にはユーリに乗ったカイもいた。フィアナはそっちに向かって合図を出す。シュリーとマルカは代役作戦に同意してくれたと。