7-8 説得の試み
リゼが反射的に叫びそうなのを俺は察知して、すぐさま口を塞いだ。
「ぴぎむぐっ!?」
「落ち着け。叫んだってどうにもならない」
「ぷはっ。あわわわわ。ど、どうしよう。なんでシュリーさんとマルカさんがここに」
「事件の当事者だからな……」
今回の政変についての調査に来たなら、シュリーやマルカにも現地に来てもらって協力するというのは自然なことだろう。
なんで先遣隊に混ざってやってきたのかは謎だが。馬車ではなくマルカの私物であるペガサスに乗ってきてるということは、なんか私的な用事があってのことかもしれない。
早めにこの街に行きたいから先遣隊についてきた、みたいな。
「とにかく、あのふたりはリゼの顔を知ってるからな。なんとかしなきゃいけない」
「なんとかってどうするの? ま、まさか殴って調査の間気絶してもらうとか? ダメだよコータ。ふたりは友達で恩人だよ? なんでそんなこと言えるの?」
「なんでそんなこと言えるのは、俺のセリフだな。そんなことしないから。説得で、代役を立てる作戦に協力してもらえるようにお願いするんだ」
「じゃあ、その説得はわたしがやります」
フィアナが少し緊張した面持ちで志願する。ちょっと不安はあるけれど、この場では他の選択肢はない。リゼに説得に行かせたら、馬車の中の兄が何かの拍子にこちらを見た瞬間に終わりだ。
「わかった。頼む。けど無理はするなよ? うまく行きそうだったら、城についたときに合図してくれ。俺達は一旦城に戻って状況を伝えてくる。あとは、馬車の足止めが可能ならそれもやる」
「頑張ってねフィアナちゃん。信じてるから」
「任せてください。うまく行く……と思います。行きましょう、ユーリくん」
ユーリが馬車やシュリー達の方へ向かっていくのを少しだけ見守ってから、リゼは城に向かって走る。割と距離はあるが仕方がない。急いでもらおう。
「ねえ! ユーリくんはわたしの方に残した方が良かったんじゃないかな! フィアナちゃんと一緒に行かせたのはなんで!?」
走ることに一瞬にして音を上げたリゼの肩を、バシバシ叩いてとにかく走らせる。
「ユーリはフィアナのサポート役だ。あいつが言葉に詰まったらユーリに代わってもらう。ふたりならなんとか説得できるだろ!」
「それはそうかもしれないけど! でもわたしだってユーリくんに乗せてほしい! 走るのやだー!」
「頑張れ! あと足止めの方法考えなきゃな」
状況的にあの先遣隊が城につくまでの時間が長ければ、それだけフィアナが説得するチャンスが生まれる。それにシュリーやマルカがいるという情報も、城に早く伝えて対策をさせなきゃいけないし。
でも足止めって言っても何をするべきだろう。
先遣隊が通る道は決まっているから、それを塞ぐのがいいかな。通りに面した商店の商品とか通りすがりの荷馬車の荷物が、通りにぶちまけられるみたいな。でも俺達がそれをやるのは、被害者が出るというのもあって気が引ける。
となれば、先遣隊を攻撃するとかはありかもしれないな。複数のテロリストに狙われている状況は、向こうもわかってることだ。ここで一発炎魔法とかを当たらないように撃てば、警戒させてしばらく止まらせられるだろう。
……いやいや。俺自身がテロリストになってどうする。まあ他に手がなければやってもいいかもしれないが。
それよりはとにかく、城に早く戻るべきか。そしてレガルテ達に相談をして、改めて人手を用意して路上になんか邪魔になるものを撒くとかやればいい。
幸いにして馬車の進行はゆっくりだ。リゼが城まで休みなく走れば、十分に先行できるはず。
というわけで、既に息切れしているらしいリゼを走らせようと声をかけたその時。
爆発音がした。
ちょうど、先遣隊の馬車がいる方向からだった。
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「シュリーさん。お元気そうでなによりです」
ユーリに乗ったフィアナはとりあえず本来の目的を隠して、あくまで知人に会いに来たという風に声をかける。シュリーもフィアナの姿を見て笑顔を見せた。
突如として現れた巨大な狼と、それに乗った少女。当然ながら周りの兵士は警戒するけど、シュリーが安心しろと声をかけたために混乱は起こらなかった。
「やあフィアナちゃん。迎えに来てくれたのかい? ユーリくんも元気そうだ」
「はい。監査の人がどんな方なのか見ておこうとしたら、シュリーさんがいて驚きました。隣に並んでいいですか?」
「ハタハタが怖がるので、あまり大きな狼は…………まあいいですわ。大丈夫、この子は敵ではありませんよ」
フィアナの問いに答えたのは、ペガサスを操るマルカの方。
ペガサスは繊細な生き物なんだっけ。ユーリが不必要に他の生き物を傷つけることはないのは、もちろんマルカもわかってるだろう。けれどユーリは人を恐れさせるのが得意な子でもあるもんな。
結局は許してくれたから良しとしよう。ユーリはペガサスのすぐ隣を歩く。
「シュリーさんは、やっぱりこの調査に協力を申し出たんですか?」
「まあ、そういうことだな。うん。これでもあたしは首都の役人の一員でね。事件の真相について教えてくれとお上から言われたら、喜んで従うものなのさ」
「嘘おっしゃい。学校に保管されてあったという古い資料のことが気になっただけでしょう?」
「まあ、それもある。そっちの方が大きいなうん」
マルカから指摘されたことに、この学者はあっけらかんと同意した。
前回のリビングデッド騒動では、リゼとコータは学校にある図書室から古い資料を見つけたらしい。禁書棚の中身みたいに捨てられるのを免れたものだ。その情報は首都まですでに伝わっていて、そしてシュリーが興味を持たないはずがない。
先遣隊に同行してここにやってきたのも、早いところその資料を目にしたかったとかそんなのだろう。手は多いほうがいいとかで、当事者仲間のマルカも引き連れてきたと。
相変わらずの職権乱用にフィアナは苦笑いする。でも、今はこうやってシュリーから情報を聞き出すことが優先だ。話を進めていく。
「そういえば、今回の調査で魔法使いの名門の方がリゼさんに会いたいって言ってると聞いたんですけど」
「ああ。ニベレットだったかな。そんな名門の当主があたしに話を聞きに来てね。若い女の子の魔法使いだけど喋る使い魔を連れているし、やたらとすごい魔法を使うって言ったら興味を持ったらしい。いろいろ教えてくれとうるさかった」
「いろいろ教えたんですか? 例えばどんなこと?」
「大したことじゃないさ。大体の年齢とか、名門の出じゃないこととか。あとは使い魔は猫のぬいぐるみだとか」
「あ…………」
使い魔の姿のことまで、シュリーは喋ってしまっていたらしい。これは、ちょっとまずいかもしれない。