7-6 他の不穏分子
説明は再びカイが受け持つ。
獣人達がテロ行為に走る理由は、俺の世界のテロリストと根本的には変わらない。つまり、政治的な目的を果たすってこと。
「獣人達は基本的に自分達の集落から出ずに、生まれた土地で生涯を終える。街に移住してきた獣人も、基本的には同じ。だから首都やどこかの街の支配階級に所属するというのは滅多にない」
例えば、この街の支配者や重要な役職に獣人が就いているという例はひとつもない。まあこの都市についてはこれまでの事情が特殊だったこともあるけれど、他の都市でもそれは同じなようだ。
世襲制で権力が引き継がれることの多いこの世界では、人間の作った権力構造に獣人が関わるのは困難。もちろんそれ以外の種族、例えばエルフなんかにとっても、それは同じらしいけど。
そしてそれを良しとしない獣人達が存在する。それが集まって結成されたのが獣人解放同盟というわけだ。獣人の地位向上とか権力を持たせるとかそんな目標を掲げて暴力に訴える集団。まさに不穏分子。
「狼獣人、虎獣人それから兎獣人あたりの族長が同盟を組んだ。その三部族は、部族全体が同盟の戦力と言えるだろうな。その他の獣人の部族で同調した個人が参加もしてるらしい。…………つい先日、ここの近くの街で狼獣人の族長が目撃されたという情報があった」
首都の人間が偶然見かけたとかそういうことだろうか。それは確かに、この街に入り込んでる可能性を考えた方がいいだろうな。
「他の不穏分子について教えてくれ。まだふたついるんだろ?」
俺の問いかけにカイは再びメモに目を落とした。
「ふたつ目はホムバモルだ」
「……なんだそれは」
「北の方にある大きな街ね。この国最北の城塞都市」
全く知らない横文字言葉が出てきて、それが何かを教えてくれたのはミーナだった。さすが元名門のお嬢様だけあって、この世界の主要な都市については知識があるらしい。
なるほど城塞都市か。ここみたいな、城壁に囲まれた巨大な街が不穏分子なんだな。
「ちょっと待て。街が不穏分子ってどういうことだ」
「ホムバモルの街とそれを含んだ領地は、他の領地との交流が少ないの。行くのが難しいから」
その城塞都市を中心とした領地は、周囲のほとんどを険しい山脈に囲まれている。山じゃないところは、冬場には凍結してしまう海に面している。
山を越えて行くのは自殺行為。寒さに慣れていて防寒対策の知恵も多いホムバモル領民は、なんとか山越えもできるらしいが。
しかしそれ以外の人間は、一つしかない平地ルート行くしかない。それもまた、大きく遠回りして細い道を延々たどるという過酷な行程になる。
今みたいな冬の時期は特に、都市に行くのは難しい。
他の都市との交易が制限されるホムバモルの民は、厳しい寒さのなかでも自給自足の生活をしていくしかない。他のどの都市と比べても独立性の高い城塞都市だ。
「独立性が高すぎてもう独立してしまおうって機運が、ここ数年高まってる。積極的な独立推進派に対して、住民のほとんどが支持をしている状態だ」
そして独立に際して、邪魔になりそうな相手を排除するための部隊が存在するわけか。それが不穏分子。レメアルド王国の要人をテロ行為で暗殺して、混乱している間に畳み掛けるようにホムバモル王国の設立を宣言する。そんなことだろうか。
となれば今回の監査は絶好の機会と言えるかもしれない。あるいはここでテロ行為が成功すれば、次は首都で同じことを繰り返す計画を立てるかもしれないな。
なるほど。都市の住民の多くがそれを支持するなら、都市自体が不穏分子と言えるかもしれない。
「それから最後に、ザサル=レメアルド家」
「レメアルド家?」
俺は怪訝な顔で聞き返した。レメアルドと言えばこの国の名前であり建国の英雄の名前でもあり、代々の王族の姓でもある。
家ということは王族ってことなのか。なんでそれが不穏分子になるんだろう。あとザサルって言葉には聞き覚えがあるぞ。この国で首都に続いて二番に大きい都市だ。
つまりなんだろう。俺の世界の歴史でいう、尾張徳川家みたいなものだろうか。
「これは歴史の勉強もしないといけないねー。レメアルド家の長い歴史の中で、一度大きな後継者争いがあったんだよね」
その疑問に答えてくれたのはリゼだ。
「次の王様は誰だってことで兄弟喧嘩が起こって、弟の方が家出して国の東の方の街で勝手に新しい国を作った。そしてその東レメアルドって国の王様を名乗ったの」
そして一族の何人かや彼を慕う軍や官僚の人間も参加し、本来のレメアルド王国と戦争に発展した。世に言う東西レメアルド戦争である。その際の東レメアルドの首都がザサルという都市の始まりだ。
「結局、東レメアルドは負けて弟さんは戦死した。でも彼には子供がいたんだけど、それは行方不明で結局見つかってないんだよね」
それが起こったのがだいたい四百年前。そして戦争終結からしばらく経ったあたりから、自分こそが東レメアルド国王の子供あるいはその子孫だと名乗る人間が多く出てきた。
そういう人間は今でも時々現れるという。そして自分はレメアルドの血を引く王位継承権を持っていると主張して王家入りを狙ったり、あるいは王族の威光をもってして自分のやってる商売に箔をつけたりする。
それを大真面目に信じる人間は、割合としてはそんなに多くはない。けれど少なからず存在するというのが頭の痛いところだ。
確かに俺の世界にもそんな奴やそれの信奉者がいたから、こういうものだって理解はできるけど。熊沢天皇とか。
今回問題になっているザサル=レメアルド家も、自分はレメアルドの血を引く者と主張する男とその家族、あと信奉者の集まりである。
そして奴らは、金儲けなんかは考えていない。本気で自分の王国を作る気でいる。
四百年前の恨みを晴らし、今度こそ東レメアルド王国の建国を夢見てザサルの街に潜伏中だ。国家への戦争と称して過去に何度かテロ行為を起こしていて、国家から捜索を受けている不穏分子中の不穏分子だ。
もしかすると政変と怪物による事件で疲弊したこの都市に攻撃を仕掛けて支配権を手に入れ、ここヴァラスビアを新たな東レメアルド王国の新首都にするのではという憶測が、首都レメアルディアの役人の間で流れているらしい。
ついでにレメアルドの要人も何人か殺せるこの機会は必ず狙うはずだと。
はた迷惑な話だけど、ありえるような気がするからたちが悪い。いずれにせよ、警戒しなきゃいけない相手なのは間違いない。




