7-5 獣人について
とにかく、ミーナにリゼのふりをしてもらうということは決まった。ボロが出ないように、設定のすり合わせとか作り込みをしないといけない。
先遣隊として明日にはリゼの兄がここに来る。今夜のうちに、いろいろ決めておかなきゃいけない。
もちろん、本来の依頼も果たしていかないとな。すなわちこの都市に忍び込む可能性が高い不穏分子に対する警戒だ。
もしかしたら既にヴァラスビア入りしていて、潜伏中かもしれない。手がかりを集めて見つけ出さなければ。
というわけで、カイのパーティーにミーナとトニを加えた特別編成での作戦開始である。宿にみんな集まってこれからの方針を練る。
「この機会に何らかの攻撃行為を行いそうな不穏分子の勢力について、レガルテさんが教えてくれた。……首都からの通達なんだろうな。全部で三つあるらしい。もちろんこれ以外にも警戒は必要だけど、今のところの主な標的だ」
どうやらリゼとターナが代役の説得なんかをしている間に、仕事を既に進めていたらしい。さすが俺達のリーダー。こういう時に頼れる。
そんな頼れるカイが、メモに目を通しながらする説明に耳を傾ける。
「ひとつ目が"獣人解放同盟"という団体だ。その名の通り獣人のいくつかの部族が組んで発足したもの。…………獣人部族が互いに助け合うために作った"獣人同盟"とは全く別物だから区別すること」
なるほど。俺の世界で言う国連みたいなのが、この世界の獣人という存在にもあるんだろう。平和的な団体のやつだ。そしてそれに似た名前のテロ集団があると。わかりやすい。
「ちなみに獣人同盟も、所属している部族の仲はいいとは言えないらしい。部族の参加や脱退が繰り返されて情勢は先行き不透明。正直なところ、こっちもある日突然、不穏分子になる可能性は否定できない」
駄目か。獣人っていうのは仲悪いものなのか? よくわかなくなっていた。
「あの、獣人ってそもそも何なんですか? この街でたまに見る、毛むくじゃらの人達っていうのはなんとなくわかるんですけれど……」
「獣の特徴を持った姿をしてるけど、知恵を持ち人の言葉を話す、そんな生き物。人と何かの獣が混ざってる」
フィアナがそもそもの質問をして、ユーリがそれの回答をした。
「そうなんですか。ちなみに獣人さんは、ユーリくんみたいなワーウルフとは違うものなんですか?」
「全然違う。獣人は人にも獣にもなれない生き物。人であり狼でもあるワーウルフと一緒にしちゃダメ」
「ご、ごめんなさい……」
いつもよりもどこか語気の強めなユーリの言葉に、フィアナは身を縮まらせながら謝った。
このワーウルフの考えていることはよくわからないけど、ワーウルフにはワーウルフなりの矜持があるんだろうな。それを誤解されれば怒ることもあるだろう。
フィアナも知らなかっただけだし、ユーリだってものすごく怒ってるってわけでもなさそうだから、重く受け止めることでもあるまい。ユーリの意思は尊重するとしてな。
「わかってくれたらいいんだ。……獣人には、いろんな種類がいる。狼と人が混ざった狼獣人も、もちろんいるし、馬獣人とか熊獣人とかもいる。兎獣人や鼠獣人みたいな、小動物の獣人も多い」
「オークとかペガサスの獣人はいるの?」
「それは……聞いたことがない。たぶん、いない……」
ワーウルフとは別物だけど、ユーリは獣人について詳しいんだろう。たどたどしい言葉遣いながらも説明をしてくれた。
普段から口数が少ないために放っておくと説明終了してしまうから、適時こっちから質問をする必要があるけど、それは慣れたものだ。
獣人の起源はよくわからないけれど、様々な動物と人間が混ざった外見をした種族が多くの種類存在する。
ただしひとつひとつの種族の個体数は、それほど多いというわけでもない。種の存続には十分な数だけど、かといって他の種族や人間なんかの別の種と戦争にでもなれば滅びかねないような数。そんな程度らしい。
そんな数の勢力だから、基本的に獣人達はひとつに固まって生活している。狼獣人は狼獣人の集落にいるし、馬獣人は馬獣人の集落で固まっている。この固まりを部族という。
さすがに全世界の、あるひとつの獣人の種族が全員ひとつの集落に固まっているわけでもないけど、少なくとも知覚できる範囲に同族がいれば固まるという傾向にあるらしい。
だからひとつの種族の集落同士はかなりの距離が離れている。
反面に別の種族同士、例えば狼獣人と馬獣人の集落は隣接してるということは多い。というかこの国の一部に広がる広大な森と山に獣人の集落は密集して存在している箇所があると。
自然豊かな所で生きたいという性質は同じだから、住みやすい場所の条件も似てくる。縄張り争いなんかは割と頻繁に起こっている。"獣人"なんてくくりでまとめられているけれど、所詮は別の種類の生き物だ。利害が衝突することだってあるだろう。
獣人同盟なる組織が作られたのは、定期的に会合の場を設けてトラブルの発生を回避して起こったら収めるという目的があってのことだろうな。しかしその努力も、うまくいってない様子。
集落に住む獣人には、たまに広い世界を見たいとかで集落を飛び出して冒険に出る者もいる。こういう都市で目にする獣人はそういう存在か、あるいは住処を見つけて定住した者。またはその子孫。
「でも普通の獣人は、集落で一生をすごす。集落は山の中とか森の深いところにあるけど、そこで狩りとか農業をして、ずっと暮らす。そこで生まれて、子供を作って、死ぬ。それだけ。…………時々、獣人同士で子供を作らずに、人間とか獣と交わって、子供を作る獣人もいる……らしい」
「え、できるんですかそんなこと。ていうかそれってなにが生まれるんですか?」
「えっと。僕も詳しくは知らないけど……人間と獣人の間の子供は、毛の薄い獣人になる……らしい。人間の特徴が強くなる。獣と獣人の子供は、より獣っぽくなる……」
「そうなんですか……勉強になります」
たぶんフィアナは次に、じゃあワーウルフと人の間にはどんな子供が産まれるかを訊きたかったんだろうな。でも訊いたら、またユーリが怒りそうだからやめておいたみたいだ。
とにかく、獣人とはそういう種族だ。人よりは強いが数が少ないため繁栄しているわけではない。種類は多いがそのために部族間の衝突も多い。それを回避するための組織はうまく機能しているとは言い難い。
で、本題。なんでそんな獣人が不穏分子になったかだ。