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2-7 狼のねぐら

 リゼはすぐさまその狼に向き直って攻撃しようとする。けれど狼の方が早くこちらに跳びかかってきた。

 攻撃するにも間に合わないと判断したらしいリゼは、フィアナの手をとって走る。一瞬前まで俺達がいた位置に狼が牙を突き立てていた。


 他の狩人達も、三頭目の狼の登場を把握している様子。だが先に出てきてきた二頭の対処で、こちらにまでは手が回っていないようだ。

 正面から睨み合っている一頭と、手負いでまともに動けないがなおも闘争心を失っていない一頭。それが相手だと、たしかに手一杯にもなるだろう。


 だから、こいつは俺達でなんとかしないといけなくて。


「フィアナちゃん! 走れる!? コータもしっかりつかまってて!」


 リゼは返事を待たずにフィアナの腕を取り駆け出す。一旦距離をとって態勢を立て直すというのはいいかもしれない。けれど敵は四本足の獣だ。


「リゼさん!」


 数メートル走ったところでまたフィアナが叫ぶ。狼がこっちに走ってきて、再度襲いかかる。人間の足で狼に勝つのは無理だ。

 リゼはすぐに振り返り戦おうと杖を構える。その寸前まで狼が迫ってきている。


 ――集え炎よ! 焼き尽くせファイヤーボール!

 俺が心中で唱えた詠唱。口に出す余裕はなかった。咄嗟に出た炎魔法は、なんとか俺の手からではなく杖の先端で発生させられた。そして俺たちの前にまず杖を噛みちぎろうとしてる狼の、大きく開けた口の中で炸裂した。


 月明かりと数本の松明以外に明かりがない夜に、閃光が走った。それは狼の頭部を跡形もなく粉砕させた。その衝撃にリゼは耐えきれず、フィアナと共に後ろによろけて、転倒した。


 いや違う。リゼはこけたんじゃない。これは…………。


「きゃああああ!」


 段差になっている箇所だったんだろう。暗くてそれに気づかなかった。幸いその段差は一メートルにも満たない低いもので、落ちても大した怪我にはならないと思う。リゼの悲鳴と共に落ちた俺は、彼女の肩から投げ出されて少し離れた所に投げ出された。


「ぐえっ……おい、ふたりとも無事か!?」


 たぶん大丈夫だとは思いながらも、声をかけながらリゼとフィアナを探す。見つけた。ふたりとも折り重なるようにして倒れている。目立った怪我はないようで、起き上がろうとしていた。すぐにそっちに駆け寄ろうとして。


「ガルルルル……」

「おいおい。マジかよ…………」


 聞きたくない声。新手の狼の出現。しかも複数だ。そのうち一頭は、これまでの狼よりも一回り大きい。高さが二メートル弱といったところか。あまりにも大きい。その隣に見慣れてきた大きさの狼が一頭と、少し後ろにそれらに比べるとかなり小さく幼い印象を持つのが二頭。


 群れのリーダーとその家族。あるいはまだ小さい子供を守る役目を負った者。そんな印象だ。


 ということは、ここが群れのねぐらか。探していたものではあるけれど、こんな形は望んではいない。

 そんなことは狼たちには関係のないこと。今の俺たちはねぐらを荒らしに来た敵か、食料にしか見えないだろう。

 狼たちの視線は俺ではなく、その向こうにいるリゼとフィアナに向いていた。ぬいぐるみの俺は視界に入っていないのか、あるいは獲物とみなされていないだけなのか。とにかく、俺に目が向いてないなら勝機はありそうだ。

 狼のうち大人の二頭が走ってきて真っ直ぐにリゼたちに走っていく。途中で跳び上がり、勢いよく真っ直ぐに獲物へと向かった。ちょうど、俺の頭上を跳び超える形だ。

 狼の腹が頭上に見えた。そのうちの大きい方に狙いを定めて、頭の中で詠唱。風の刃がボス狼を胴体から真っ二つに切り裂いた。


 一番の強敵を倒した。勝利を確信する俺の体に、狼の死体から吹き出てきた血がと臓物が大量に降りかかる。

 ぬいぐるみの体が狼の体液を吸って、俺は急に体が重くなるのを感じた。


「な、なんだよこれ…………」


 体が思うように動かない。そうか、この体って布でできてたんだ。直後にべシャリと落ちてきた狼の体を、恨めしく見つめる。

 狼はまだ三頭いる。そしてそのうち一頭はリゼたちを狙っている……。


「ううっ……………ほ、炎よ……」


 リゼの方を見れば、大人の狼が彼女に噛み付こうとしているところだ。リゼがまだ生きているのは、杖を横向きにして噛み付いてくる狼の口に押し付け、押し合いをしているから。杖の柄を噛んでいる状態の狼はこれを噛み切ることができずに、けれど恐ろしい声で吠えながらリゼを威嚇しながら押している。

 リゼの背後はさっき落ちた段差の壁。逃げ場がない。


「リゼさん! 早く! 魔法で!」


 そしてフィアナはといえば、これも危機に直面していて。子供の狼2頭に迫られていた。今にも跳びかかりそうな狼に対して、フィアナはナイフを持って牽制。弓は落ちたときに折れたのか真っ二つになって、地面に転がっている。彼女の背後は狼と押し合いをしているリゼだから、やはり逃げ場がない。


「ふ、ファイヤーボール!」


 しばらく炎を貯めて放ったリゼのファイヤーボールは、しかし何の威力もなかった。それを横目で見ていたフィアナは愕然とした表情を見せる。


「そんな……リゼさん、魔法は…………」

「っ! ファイヤーボール!」


 何度やっても同じ。少しばかりの炎が出てきて、それだけ。狼を倒せないのも問題だけど、リゼをすごい魔法使いだと思っているフィアナの表情がだんだん曇っていているのも、リゼにとっては重大な問題だろう。


 とにかく危機をなんとかしないと。体が重くなった俺はここから動くのは大変だけど、魔法は撃てるはず。まずはリゼを襲っている大人の狼か。ウインドカッターを撃てば一発で殺せるだろうが、下手をすればその向こうにいるリゼごと真っ二つ。じゃあファイヤーボールで焼くほうがいいか。


 ぐずぐずしている暇はない。その間にもリゼはまたファイヤーボールを撃とうとして失敗。


「リゼさん…………炎の魔法、得意じゃないんですか? ……でも昨日の夜あんなに大きな火球が」

「そ、それはっ!」


 それはきっと、昨夜俺が空に向かって放った物だ。フィアナはそれを見てたんだ。そしてそれを、リゼの物だとの思った。

 フィアナは本気でリゼをすごい魔法使いだと思っている。そしてその幻想が今、崩れた。


 さらにその時、狼の顎の力に耐えきれなかったのか、リゼの杖にヒビが入ったようだ。


 ぱきりと、空虚な音が響いた。

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