7-3 会いたくない相手
リゼの悲鳴にみんなの視線がそっちに向く。リゼは慌てて、なんでもないと誤魔化した。もちろん、なんでもないはずはない。
ニベレットという名前には、なんだか聞き覚えがあるぞ。
ちょっとだけ記憶を辿った結果、リゼが俺を呼び出すのに使った魔導書の本来の持ち主がこの姓だったと思いだした。盗まれたのはその家の娘だが、その当主が今回の要人のリーダー。
「ど、どどどどうしようコータ。その人がわたしのこと探してるんだよね?」
「ああ、そうだな。まあでも、バレなければ大丈夫じゃないか?」
リゼが小声で俺に話しかけてきた。だから俺は楽観的な答えをする。
リゼがこの都市にいることと、ゼトルなる男がここに来ることにはあまり関連性はないだろう。リゼの正体が多くの人にバレているというわけでもないし。
ゼトルはここに、あくまで魔術院の幹部としてやってくる。魔術院がどういう院なのかは詳しくは知らないけど、たぶん国の魔法に関する色々を管理するところなんだろう。名門がふたつ丸ごと消えた街となれば、興味が湧いて調査に来るのは当然だと思う。
そして幸いなことに、ゼトルはリゼの顔を知らない。知っている情報といえば魔法が使えないのに魔女を名乗ってる女の子で、使い魔を連れているかもしれないってことぐらいだろう。
リゼみたいな若い女の子が使い魔を連れていることは珍しいといえば珍しいが、かと言って別人と言い張ることは難しくはない。
さらに言えば俺達の仕事は今回は裏方仕事だから、ゼトルの目に入らないように振る舞い続けるのは可能だ。
そんな感じのことを簡潔に説明すると、リゼも平静を取り戻したようだ。大丈夫なんとかなる。そんな気がしてきたらしい。
気を取りなおしてレガルテの説明を聞く。
「役人達が来るのは今日から七日ほど後だ。ただし、先遣隊が明日には到着するらしい。先にこの街に来て状況を知っておいたり安全性の確認をしたり、あとは警備の段取りについて話し合うつもりだ。そいつらについては、君達も顔合わせしておいた方がいいだろう」
「そ、そうですね。ちなみに先遣隊さんというのにはニベレットさんは?」
「いない。えっと、王族付きの騎士と宮廷魔導士のふたりだ。それと何人かの警護の兵士だな。……ターナ、なんて名前だっけ?」
「騎士の方は若い女だね。セリア・ジェラルダンとかそんな名前だった。魔導士の方も若いがこっちは男だ。首都でもかなり格式の高い家らしい。たしか…………リハルト・クンツェンドルフ」
「ぴぎゃあああああ!!!!」
リゼがさっき以上に大きな声で変な悲鳴をあげた。なんとなくその理由はわかるけど。
クンツェンドルフ。リゼと同じ名字の若い男。カイ達もそれを察したようだ。もちろん、事情を知らないレガルテやターナは驚く。
「リゼ、急にどうしたんだい?」
「い、いたたた…………ううっ。持病の仮病が悪化しました……今回の件ではお役に立てないかも……」
なんだよ持病の仮病って。自分から仮病って言うなよ。言い訳にしても下手すぎるぞ。ほらふたりとも怪訝な顔してる。
「あー。あんまり詳しくは話せないんですけど、実はリゼは前に、クンツェンドルフの家と揉め事を起こしてまして。あんまり顔を合わせられないんです」
「そ、そういうことです。コータの言うとおりです。はい」
仕方がないから、俺が代わりの言い訳を作る。まあ嘘ではない。揉め事はあるしリゼはそれで追われてる。リゼもそのクンツェンドルフの家の人間だってことは内緒だけど。
旅する冒険者に込み入った事情があるのは、そう珍しいことではない。レガルテとターナは顔を見合わせた。それから申し訳なさそうな表情をこちらに向ける。
「そうか。そういうことなら仕方ない。すまなかった」
「い、いえ。大丈夫です! 顔を合わせたくないだけですので! ターナさんとレガさんの依頼ならお引き受けしますよ! ただ、クンツェンドルフの家の人間と会うのはまずいだけです! それだけです! 信じて!」
その申し訳なさそうな顔は嫌だったのか、リゼは慌てて取り繕うような事を言う。なにが信じてなのかは意味不明だが、受けられる依頼なら受けるのが筋というのは俺達も同じ意見だ。
クンツェンドルフの家に恨みがあるわけでもないし、対面しない形で進行できるならそれでいいだろう。たぶんやり方はあるはずだ。
ところが、もうひとつ問題があるらしくて。
「実はね、ニベレットさんがリゼのことを気にしてるらしいんだ」
「ぴぎ!?」
だからなんなんだその悲鳴は。ターナはもう慣れたのか説明を続けた。
「アーゼスの印章の謎を解き明かした歴史学者と行動を共にしていたギルドの中に、喋る使い魔を引き連れた優秀な魔女がいた。……そんな報告を受けて興味を持ったらしいね。会って話がしたいと言ってるみたいだよ」
「そ、そうですか。えへへ、名門の当主から優秀って言われちゃいましたか」
「おいこら。喜んでる場合か」
注意しなきゃいけない相手だぞ。あとお前は優秀じゃない。よくそこまで素直に喜べるな。ていうか、こんな相手でも褒められると嬉しいのか?
でまあ、この問題だ。ゼトルなる男がリゼに興味を持っているという。
この世界においても喋る使い魔は珍しいし、この歳で強力な魔法を使えるというのも珍しいことなのだろう。だから気になるという気持ちはよくわかる。
学校に行ってないギルドの人間ってことは冒険者だろうし、つまりは庶民の出だと思われているんだろうな。
もしかしたら名門の地位をちらつかせて、ニベレットの勢力に組み込むことを考えてるのかも。それは考え過ぎか。もしそんな提案があっても、受けるわけにはいかないけれど。
考え過ぎといえば、庶民の出の女の子がなぜ使い魔を持っているかに興味を持たれたというのもありえる気がする。つまり、リゼこそが魔導書を盗んだリーゼロッテだと疑って…………いや。さすがにそれは、ありえないか。
とにかく、これは厄介なことになった。ゼトルがリゼと対面したら、リゼの兄のリハルトとも同時に対面することになる。それはまずい。
やっぱりリゼには、仮病を使って隠れてもらうしかないか。いや、病気になったとしても面会は可能だとゼトルは言うだろう。
それに名門の人間であるゼトルがリゼに興味を持つなら、同じく名門であるリハルトだって報告を聞いてるわけだから、会いたいと言ってもおかしくない。同じように自分の家に組み込みたいとかで。
クンツェンドルフの家から逃げ出してきたリゼをクンツェンドルフの家に組み込もうとする奴がいるとか、もはや意味不明だけどありえる話だ。
「し、仕方ないですね。代役を立てましょう」
しばらく考えた後、リゼが絞り出すような声でそう言った。




