7-2 要人の警護
結論から言えば、その噂は正しかった。
その日の夜、俺達はレガルテとターナから夕食に誘われた。ああ、わかるぞ。これはきっと依頼が来る。それも割と面倒なタイプのやつ。
お城の食堂でやたらと豪華な食事を前にして、俺達は嫌な予感をひしひしと感じていた。各地から取り寄せた珍しい果物や、やたらと香辛料の効かせたステーキ。よく煮込んだ肉がゴロゴロと入っているシチュー。海が遠いこの都市では滅多に食べられないはずの海産物。
俺達の機嫌をとって、依頼し辛い仕事の話をしようという魂胆が透けて見える。前もそうだった。
それでも出されたものは仕方がないからとリゼ達は口をつける。こんな状況でも美味しいものは美味しいらしい。食は進んでいるようだ。
俺が食事のできない体なのがもどかしい。依頼となれば俺は、間違いなくリゼよりはずっと多く働くことになるっていうのに。
「それでみんな。食べながらでいいから聞いてほしいことがあるんだ」
「今度はなんの依頼でしょうか」
レガルテが切り出すと同時に、カイが返答する。話が早くて助かると、レガルテは笑顔を見せた。
「要人警護の仕事をしてもらいたい。……正確にはその補助だ。首都から大勢、役人が来ることになってな。この都市の調査をしたいと」
レガルテの声には、少々面倒そうといった感情が混ざっていた。トラブルが続いたこの都市について、問題があるのではないかと探りに来る奴らが来るってことなんだろう。それは面倒に決まってる。
噂話では監査という表現が使われていた。それは正しいのだと思われる。
そして要人警護ということは、俺達はそれを守るって仕事をするわけだ。
けれど、そういう仕事っていうのはギルドの冒険者に依頼することってあんまりない気がする。
冒険者っていうのは基本的に、誰でもなれる仕事だ。力自慢の荒くれ者共や、それ以外の仕事に就くのが難しい訳ありの者が就くことも珍しくない。
俺達のことを信頼してくれているのは嬉しいが、その俺達だってレガルテ達に隠している事情がある。リゼが実家や他の魔法家から追われていることとか。
要人警護なんて重要な仕事は、普通は城で正規に雇われている人間がやるべきじゃないかな。兵士とか騎士とか。人手不足なのはわかってるけれど、要人って言うぐらいならそれにふさわしい人間がやるべきではないだろうか。
そんな疑問はカイも抱いたのだろう。ちょっと首をかしげる仕草を見せた。しかしそこは大人なカイ、過度に口を挟むことなくそのまま先を促した。レガルテも当然の疑問が来ることは予想していたため、そこは説明を欠かさないでくれた。
「もちろん、正規の警護は城の人員で行う。要人側にも抱えている護衛がいるだろう。だから君達が表立つ必要はない。しかしどこに危険が潜んでいるかわからないからな。街の警護と、隠れた不穏分子の洗い出しをしてほしい。今日から、要人達が帰るまでの期間だな」
「不穏分子とは? 何者なんでしょうか」
「詳しいことはわからん。そんな物はいないかもしれない。いないに越したことはないし、その可能性も高い。でもいるかもしれない…………来るのは首都の、この国の権力構造の根幹に近い人間だ。王の側近や王宮務めの魔法使い。治安院や魔術院の幹部。重要な地位にいる人物ばかりだから、この国の権力を揺るがそうと考える不埒者が狙う可能性は高い」
つまりテロか。この世界の権力って基本的に家柄重視だから、そこに入れない人間には不満を持つものもいるだろう。
そういう人間が国家転覆とかを目標にして暴力行為に走る可能性は俺の世界でも割と聞くことではある。
例えば国の重要な役職に就いている者を殺すのもテロリズムだろう。国の権力構造を弱体化させるとかそんな狙いがあるんだと思う。
テロリズムなんて言葉がこの世界にあるわけではないだろうけど、人々がそういう思考に陥りやすい環境の度合いで言えば俺の世界より高い気がする。
なにしろ民主主義とか国民主権なんて考えからは遠い政治の形をしているし、人間の命が全体的に安い。ならば命をかけて自分の主義主張を通そうとする人間も割合的には増えるだろう。そのために他者の犠牲を厭わないと考えるのも、容易になると思う。
もちろんそれは悪いことだけど。でも悪いことを悪いこととわかってやってる奴は、今まで何度も見てきたもんな。
「君達にお願いしたいのは、そういう不穏分子を見つけ出し、隠れている場所を暴き排除する。万が一要人達に敵襲があり戦闘が起これば、その時は当然こちらに加勢してもらうだろうが…………基本的には裏方の仕事をしてもらいたい」
「制服着てる兵士なんかよりも、人探しは冒険者の人間がやった方がやりやすいだろうからね。それに兵士をこういう仕事に割く余裕もない。だからひとつ頼むよ」
レガルテとターナがそれぞれお願いしてきた。まあそういう依頼なら、普通に受けて大丈夫だと思う。
実際のところ城も人手が足りないのは事実みたいだし、俺達のこの役目は必要なんだろう。役に立てるなら嬉しい。
だだ問題があるとすれば、経験上まず間違いなく問題が起こるということだろうな。政変の後にゾンビ事件があったから、街の混乱はかなりの軽度で済んだとはいえ平穏な状態とは言い難い。
城の補修も済んでないし、破壊された建物はそこかしこに存在する。何より住民達は不安を感じている。そしてそこにつけ込もうとした犯罪者はすでに何人も見てきた。テロリストだって潜伏しやすいと考えているに違いない。そこに国の要人が来るとなれば、恰好の標的だろう。
もしかしたらテロリストってのは、複数やってくるかもしれないな。そしてどう考えてもそういう奴らは血の気の多い人間だから、戦闘になる可能性は高い。
慎重に仕事は進めなければいけない。俺はそう覚悟を決めた。
「わかりました。引き受けます。…………ところで、その要人っていうのは何者なんですか? 国の役人の集団っていうのはわかりましたけど。どんな人達なんですか?」
カイの質問。まあ裏方仕事ならその人達と関わることはあまりないかもしれないが、一応は知っておいた方がいいだろう。
もしかしたらかなりの自由人で、仕事の範疇から逸れたとしても興味のあることなら、それに向けて突っ走るような人間かもしれない。それこそ俺が一番よく知ってる政府の役人の歴史学者みたいに。そういう人間が来たら苦労するかもしれない。
レガルテは頷いて、ひとりの名前を挙げた。
「一番上に名前が来ているのは、魔術院の幹部だな。この街の政変について知りたいとのことだ。……名門が没落した経緯に興味があるんだろう。首都の魔法家の名門の当主らしい。ゼトル・ニベレットという男だ」
「びきゃ!?」
その名前を聞いた途端、リゼが変な悲鳴を上げた。