6-35 姉に対して
リゼが何を考えているのかはわからない。けれど昨日だって、将来に絶望して自殺者まで考えた女の子を慰めることに成功したのは知っている。
だから、ターナは今回もリゼに任せることにした。
そういうわけで俺を肩に乗せたリゼは、ミーナと一緒に屋敷の廊下を歩く。悩みの種であるターナが近くにいたら、ミーナも落ち着かないと思って場所を移動することにした。
「それにしてもさ。ターナさんもけっこう無茶するよね。なんというか、全体的に無茶だよね。やってることが無茶だってわたしも思うよ」
"ターナは無茶"をやたら長い表現でミーナに伝えるリゼ。頭悪いのが丸わかりな、内容皆無な言葉。だけど、驚くことにミーナには共感できたようだ。
今まで口数の多い子というわけではなかったミーナは今もまだ喋ってはないけれど、ちょっとだけ表情が変ったように見えた。口の端が上がり、笑顔に。
それをリゼはしっかりと見ていた。
「ひとりにして欲しい時ってあるよね。構ってほしくない時とか。でもターナさんって、けっこう強引に迫るタイプだよねー。って、それはミーナちゃんの方がよくわかってるか。……やっぱりミーナちゃんは、小さい頃からターナさんのことよく知ってるわけだしね。ねえ、ミーナちゃんは今でもターナさんのことが嫌い?」
好きかと尋ねるよりは嫌いかと尋ねた方が、人の感情を揺さぶりやすい。案の定ミーナはリゼの方を見て、そして口を開きかける。なかなか言葉にはならなかったけど。
「いいよ。ゆっくり話そっか。とりあえず座ってさ」
俺達はいつの間にか、書庫の前に来ていた。
行儀が悪いかもしれないけど、床に座って本棚に背中を持たれかけさせて一息つく。それからゆっくりと話し始めたミーナの言葉に耳を傾ける。
実のところミーナは、魔法の才能に特別優れているというわけではなかった。世間的には普通に魔法使いを名乗れる程度の能力は備わっていたものの、名門の血筋という枠の中ではそう優れたものではない。
外の世界に目を向けてみても、自分よりもずっと才能がある魔法使いは大勢いる。
名門という環境に守られた中でも、それはミーナにとっては幼い頃からのコンプレックスになっていた。
もちろんこの街においては生まれた家が家だから、本当に魔法が使えない無能中の無能でなければ将来は保証される。あとはとんでもない失態をしなければな。
元より才能に欠けていたミーナは幼いながらもそのことを悟り、真面目な優等生として生きることに決めた。そして、実際そのとおりに生きてこられた。
「ターナは…………姉さんはわたしとは違った。魔法使いとしての才能に溢れていて、小さな頃からなんでもできて。わたしにはそれが眩しかった……それに姉さんは誰とでも仲良くなれた。わたしにはそれができない」
ミーナは性格的にも、控えめなところがあるんだろうな。それはなんとなくわかった。
それでもミーナにとって、その明るく社交的な姉は救いだった。
殻にこもりがちな性格の彼女が外の世界に目を向けるための窓口。あまりその気持ちを表に出すことはなかったけれど、ミーナは間違いなく感謝していたという。
だからこそ、ターナが自分の家に反抗したという事実をすぐには受け入れられなかった。
「いえ、最初からなんとなくはわかっていた。姉さんらしいなって。あの人が本気でやりたいって思ったことなら、迷わずやるだろうなって。そのせいで家族との関係が気まずくなったとしても、あの人はそれをためらわない。だから……」
だから怖かった。自分にとって一番大切な家族が遠くに行ってしまうことを。
ターナのことだから、政変があった後でも自分にはこれまで通り接してくれるだろうという予想はあった。そしてそれは正しかった。ミーナだって、姉にこれまで通りの接し方をしたい。
けれど、それを世間が許してくれるとは限らない。それにターナはもう城主の一族の人間だ。名門の出という出自を失ったミーナにとっては、気安く会える相手でもない。
少女が悪の誘いに乗った理由は将来の不安からだけではない。孤独を避けたかったからだ。ターナに変わる新しい誰かが欲しかった。自分を受け入れてくれる誰かが。
そこに金儲けを企む奴が目をつけたのか。この街での人生を捨てて、一緒に旅に出る仲間になろうという誘い文句はミーナにとってどれだけ魅力的だっただろうか。
「結局わたしはひとりぼっち。魔法の才能は並以下で他に取り柄もない。家柄も失った。こんなわたしと仲良くしてくれる人なんていない」
「そっかそっか。それは大変だね。わかるよその気持ち。わたしも小さい頃から友達いなかったし。家族ともまあ、あんまり良くなかったし」
このバカに共感されたり境遇が似てると言われても、そんなに嬉しくはないだろう。けれどリゼがリゼなりに、孤独な少女を励まそうとしているのはわかる。
「そうなの? あなた、そこまで内気な性格には見えないけど。それに……あなたって別に高い家柄の出ってわけじゃないでしょう?」
「え? うん。そうだよー。わたしはただのリゼです。名字とかはないです。ほんとにないってば。信じて」
「信じてるから。で、庶民の出なのに割とすごい魔力を持ってるし、周りからの評判は良かったんじゃないの?」
「まあそうもいかなくて…………わたしにとっては、コータが最初の友達です。偶然手に入れた召喚の魔導書を使うまでは、友達がいませんでした!」
「ぐえっ」
リゼは俺の体を引っ掴んで、ミーナの前にずいっと出した。友達を乱暴に扱うな。
魔法学校に行く前のリゼの育ちについてはよく知らない。
きょうだいはみんな優秀でリゼだけが落ちこぼれ。両親からは期待されてなくて、実力を思い知らせるために最初から退学させる前提で魔法学校に送り込んだってことぐらい。
でもまあ、それはかなりひどい話に思える。家族と仲が良くなかったというのは本当だろう。家は無能を産んだことを隠したがるから、リゼをあまり外には出さなかったのかもしれない。だから友達もいなかった。
盗んだ魔導書で呼び出した俺が最初の友達っていうのは、本当なんだだろう。
こいつはこいつで、孤独と戦っていた。だから、ミーナを救ってあげたいという気持ちは間違いなくあるはず。
「だからミーナちゃん、あなたも使い魔を手に入れるべきです。使い魔を友達にすれば、あなたはもうひとりじゃない。というわけで、これをあげます」
「おいこら。それは駄目だ」
リゼは立ち上がって、本棚から召喚の魔導書を一冊手にとってミーナに手渡した。いやいや。それはもうこの都市の財産だから盗むのはまずいと、この前話したはず。
 




