6-34 怒りに乗せて
投げられた俺は、まっすぐミーナとエミナの方へ飛んでいく。リゼの行動の突飛さに文句を言いたい気持ちはあるが、投げられた以上はなんとかしなきゃいけない。
「ほ、炎よ集え!」
ファイヤーボールを打つと、ミーナにまで巻き添えがいく可能性が高い。だからふたりの所に到達すると同時に、手の先に浮かぶ炎をエミナに向けて押し付ける程度の攻撃しか咄嗟に思い浮かばなかった。
それでもエミナは炎で火傷を負うのは避けたいのか、身を引いてこれを回避。俺はふたりの間を通り抜けかけたところで風魔法を使い、自分の体を吹き飛ばすイメージで空中で急停止。そのままミーナの頭の上に乗る。
エミナは諦め悪く、もう一度ナイフでミーナに切りかかる。それは俺がプロテクション魔法で防御。
「うおおおお! エミナさん覚悟ー!」
そしてリゼはこの状況で、エミナに向かって拳を振り上げて突進をかけている。だからなんで敵に敬称をつけるのかとか、考え無しに敵に突っ込むとかバカだろとか、言いたいことは多々ある。でも今のリゼができる、唯一の攻撃方法なんだろう。
エミナはそんなリゼに向かって冷静にナイフを振る。
「にょわーっ!? あ、危ない!」
リゼはそれをギリギリで身を引いて回避。それからまた飛びかかり、ナイフを持つエミナの腕を両手で掴んで振れないようにする。
そこに、剣を持っていた男と弓を持っていた女が加勢しようと、武器を構えるのが目に入った。
女の方は一歩下がって、比較的至近距離からリゼを射ようとした。その直後、フィアナが放った矢がその女の側頭部に刺さって死んだ。
男の方は俺が飛びかかって顔に張り付いて止める。
他の魔法使い達も戦闘を再開した。とはいえ所詮は雇われの、しかもそこまで優秀なわけでもない者達だ。士気も技量も大したものではない。
名門の出身であるレガルテは複数人相手にそれを圧倒しているし、実戦で鍛えてきた歴戦の剣士であるカイが苦戦する相手でもない。レガルテの火球が魔法使いをひとり焼き殺したその近くで、カイの剣が他の魔法使いの腹を貫いた。
劣勢を悟って逃げようとする魔法使いもいたが、そこに巨大な狼が立ちはだかる。ユーリの咆哮だけで戦意を喪失したらしく、数人の魔法使いが腰を抜かして許しを乞う言葉を叫んだ。それをフィアナが縄で拘束していく。
俺はといえば、飛びかかった男が俺を掴んで顔から引き剥がそうとしているから反撃をした。
「ファイヤーボール!」
叫んだ直後にやめたほうがいいと思ったが、もう遅い。
男の開いた口に俺の手を突っ込み放った火球は、当然いつものあの威力だ。それが人間の口の中なんて逃げ場のない所に発生したらどうなるか。
火球は男の顔を破裂させて血や骨や脳のかけらを周囲に撒き散らし、あと俺の体もふっとばした。
ああ。グロいな。距離が離れすぎて自動的にリゼの方に飛ぶように戻っていきながら、もうこれはやるまいと固く誓った。
エミナはなんとかリゼを振り払い、突き飛ばした。そして、まずはこの魔女から排除すべきと判断したのだろう。倒れたリゼにナイフを振り下ろそうとして。
「させないよ!」
その前にターナが躍り出て、自らのナイフでエミナのナイフを受ける。そしてこれを力任せに押し返して、今度はターナの方からナイフを振る。エミナも飛び退いて避けようとしたが、そこでお互いの力量の差が出た。
商人の家を継いで間もないただの娘と、普段からナイフの扱いに慣れた魔法使い。
ターナの踏み込みの方が深く、エミナの左頬にざっくりと大きな切り傷ができる。そしてさらにターナは踏み込み、ナイフを持っていない手でエミナの腹を思いっきり殴る。その痛みでバランスが崩れたところで、今度は顔面を殴る。エミナの鼻が折れたのがわかった。
「痛いか! 痛いだろ!? これが死ぬって、殺されるってことだ! お前が、誰かにやってきたことだ!」
ターナは怒りを乗せた叫びをあげながら、エミナの顔を殴り続ける。何度も何度も。
エミナの美しかった顔は痣だらけになり、血が流れていた。それでもターナは殴るのをやめない。
その怒りは妹を騙して連れ去ろうとしたことに対してか。それともこの街を再び混乱に陥れたことに対してか。
エミナは必死に逃げようと、殴られながらも後ずさりをする。そしてなにか言おうと口を開く。しかし殴られすぎてうまく喋れない。そこにターナが再び迫り、ナイフで腹を刺す。
商人の女が血を吐き、ターナの顔や体にかかる。しかしターナは気にしない。
「雷よ起これ…………」
それは詠唱だった。同時に、エミナに刺さったナイフから青白いスパークが発生する。それは急激に激しくなり、エミナを体内から焦がしていった。
殴られすぎて喋れない状態だったとは思えないほどの悲鳴が、エミナの口から出る。しかしそれもすぐに途絶えた。
数回体を激しく痙攣させてから、野心家の女の商人は死んだ。
エミナに付き従っていた者達は全員が死んだか捕縛された。生き残ったのは儀式をやっていた魔法使いのうち三人と、それからミーナだ。
三人の魔法使いは拘束して抵抗できないようにした。とはいえ既に戦意は喪失しているようだ。
思ったとおりこの街の無能な魔法使い達だったようで、雇い主が死んでから戦う意味も無い。取り調べは必要だが放置していてもいい。
それからミーナは、こちらも意気消沈という感じで地面に座り込んでいる。顔を伏せて殻に閉じこもっているという感じだ。
エミナは死んだ。本当は余罪とかを調べなきゃいけないから、生きてた方が良かったかもしれないが。
でもまあ、死んだら死んだで使い道はあるだろう。あとは商会の他の人間はいるだろうが、それら商人がどこまでこの件に関与しているかを調べないといけないらしい。
まあ、それは俺達の仕事には入っていないだろう。城の人間がやるべきこと。
「レガ、わたしに失望したかい? 怒りに任せてこいつを殺してしまった」
「まさか。そんなことはないさ。ターナの気持ちはよくわかる。ただ……」
夫婦は揃ってミーナの方を見る。この魔女見習いにとっては、今回の件はショックすぎたのだろう。
たぶんミーナは、本当は優しい子。誰かの死を望むなんてありえないような性格。チェバルの暗殺に満ちた歴史を忌んでいたのは本当だろうし、殺しは無しという条件をエミナが提示したのも、その性格を読まれてのこと。
そして実の姉が目の前で凄惨な殺しをした。その光景を容易に受け入れれるものではないだろう。
どうしたものかとレガルテとターナが迷っていたところに、リゼが声をかける。
「ミーナちゃんと、少しお話させてもらってもいいですか?」