6-32 死者の使い道
おそらくこういうことだろう。
政変があった都市で新規顧客の獲得に乗り出したエミナは、ここでどんな事件があったかを聞いた。そして死者が蘇る魔法に興味を持った。売れると。
となれば、その魔法の使い方を解明する必要がある。そして協力者として、チェバルの若い娘に目をつけた。
協力者として大人を選んでも、商人として経験の浅い若輩の女であるエミナは相手にされなかっただろうから。しかしミーナはそうではない。
年上の女性に親しげに語りかけられたら、彼女が籠絡されるのは想像に難くない。元よりミーナには、家の没落という精神的なショックを受けていたところだ。将来に対する不安で、同年代の女の子は自殺も考えるような状況。
そこに年上の、大きな組織を率いている女性が近づいてきた。それも親しげに。エミナは人に好かれやすい容姿と雰囲気を持っているし。
「わたくし達はすぐに友達になれました。でしょう、ミーナ?」
「ええ。一緒に旅に出るって約束をしたわ。エミナさんと一緒に商売をしながら世界を巡るの。ここでつまらない人生を送るよりはずっと楽しそう」
そう語るミーナは笑顔だった。そうか、そう言って誘ったんだな。
学校の資料室から魔法の情報を得られるだろうと知っていたミーナは、すぐに研究を始めた。古い資料だが、ミーナにはそれを読むだけの教養や知識が備わっていた。多少は未熟なものかもしれないけど。それでも彼女はつい先日までは富裕層で、小さな頃から高い教育を受けていた人間なのだから。
ゾンビを復活させる魔法については、すぐに調べ上げられた。その途中で屋敷への隠し通路も見つけたのだろう。
必要な魔導書も、資料室にいくつも残されていたと思われる。持ち出そうとした鞄の中にもあったしな。
そして方法がわかれば今度は実践だ。
最初は一体ずつ蘇らせるだけ。特に指示を出さず歩かせるだけでいい。それから回数を重ねていき、今度は人を殺そうと暴れさせるという指示を出すことを試す。
フィアナ達の前で、小さな子供が蘇り母親を殺したあの時だ。
その後もう一回、死者を一体蘇らせようとした。しかしそれは阻止された。手がかりとなる魔法使いの逃走をエミナの荷馬車が助けたのは、あれは仕組まれたこと。
その時に白紙の本と魔法石を落としてカイ達に見つかってしまったのは、意図してない出来事なんだろう。けれどそれくらいで計画が露呈するわけではない、軽微なこと。
おそらくそれらは、この街で使うものではない。ここから国中の顧客に魔法の仕組みを売るために、ゾンビ復活の魔導書を作る必要があるし魔法石も必要。だから調達した。これからの商売のためのものだ。
そして今夜。いよいよ大規模な儀式を行い、大量の死者を呼び起こすのを試してみたというわけだ。
必要な大量の死体は街の外から運んできた。どこから調達したかは知らないが、田舎の共同墓地から掘り出したとかだろう。商人だから他の荷物に紛れ込ませて街に入れるのは簡単だ。
必要な魔法使い六人は街の外から連れてきたのだろうか。いや、違うかもしれない。この街には両名門の輪に入れず権力から遠ざけられていた、はぐれ魔法使いが何人かいるらしい。それらはどちらかといえば無能な部類だが、それでも儀式を行うには十分だろう。
それを雇って、今ここで儀式をしてたというわけだ。
「うまくいったようでなによりです。これで方法論は確立されましたし……なにより人々はこの光景を忘れないでしょう。そしてこの都市から国中、そして世界中にリビングデッドのことが伝わる。これが真実だと世界が知ることになる」
どうやら、エミナがこんな大規模なゾンビ災害を起こしたのは方法の検証だけではなかったようだ。そこからさらに続ける。
「広まっていく話が、わたくしの商売の助けとなりますわ。……特に、わたくし以外の商人共がこのことを広める役割を果たすことを考えれば、こんなに愉快なことはありません」
つまり広報活動か。
死者が蘇り街を埋めつくす。この都市には旅の商人が多く訪れているが、彼らもそれを目にしている。そして彼らはこの後他の街や都市へ商いに向かい、そしてこの街であったことをどこかで語る機会もあるだろう。
あるいはこの都市の住民だって外に出る機会があれば、この話は広まる。
死者が蘇るなんて突飛もない話だ。しかしそれが多くの証言になって噂として広まれば、真実だと思う人間も増えていく。そうなれば、エミナがこの魔法を売り込む機会も増えるというもの。
同時にこの都市の評判はガタ落ちになるだろうけど。
「そこまでして金儲けが大事か、外道」
自分でもぞっとするような声が出たと思う。けれどエミナの反応は冷ややかなものだ。
「商人が金儲けのことを考えないでどうすると言うのですか、使い魔さん? この魔法は素晴らしい。多くの人が欲しがりますよ」
「そんなわけがあるか。こんな気持ち悪いもの欲しいって思う奴がいるかよ。それに使い道といえば兵士とかの戦いの道具だろ? 欲しがる奴、そんなに多くはないだろ?」
需要があるとは思えない。兵力がほしいということは支配階級の人間だろうが、そういう人間は普通に人を雇うことで間に合ってるはず。
けれどエミナは、わかってないなとでも言う表情を見せた。
「使い魔さんには需要を読む才能はないようですね。リビングデッドの兵器としての価値は計り知れません。」
「大きなお世話だ。どういうことだよ」
「簡単なことです。魔法陣を仕込んでおけば、戦場で一度死んだ兵士をもう一度起き上がらせることができるんですよ? 単純に考えて戦力が二倍になります。それに魔力を供給するだけで無言でどんな仕事も無償でしてくれる労働者としても使える。他には…………我が子を失った親や、恋人や婚約者を亡くした人間にも売りつけられますね。死んだ愛しい人を蘇らせるなんて最高じゃないですか」
死んだ娘がゾンビになった時、それを異常と思わず喜び抱きついた母親がいた。エミナの言うことが間違いだとは思わない。
間違ってはないだけで、異常なのは明らかだが。
「わたくしだって、もっと早くこの魔法を知っていればと思いましたわ。……父が死ぬのは早すぎました。わたくしでは若すぎて、商会の代表としては舐められることが多いのに……しばらくリビングデッドとして、生きたふりをして欲しかったところですわ。仕事はわたくしがやるので、生きてるふりだけしていればそれでいい」
エミナは本気で、これを有用な魔法だと考えているのだろう。それは、不本意に家を次ぐことになった若い女の苦悩から滲み出た答えだった。彼女だってそれなりに苦労をしているのだろう。
だからといって、こんなことをする言い訳にはならないが。