6-31 彼女が黒幕
この事件の陰になぜかちらついていた、商人の女がここにいる理由はなんとなく察することができた。しかし問いただす暇もなく、敵は攻撃を仕掛けてくる。
こちらがそれなりの人数で押し入ったと知ると、魔法陣の中で詠唱し儀式を進めていた魔法使い達も、儀式に専念はできなくなってくる。だからこちらに攻撃を仕掛けてきた。
魔法使いが相手なだけあってこちらが火球を打とうが、プロテクション魔法で防いだり風魔法でかき消したりしてくる。それでも俺の特大ファイヤーボールの威力には押され気味のようだが。
「って! リゼ避けろ!」
「うわー!」
魔法使いのひとりが撃ってきた風魔法をプロテクションで防いだ直後、別方向から敵の剣士が迫ってきた。逃げるように飛び退くリゼが一瞬前までいた空間を、敵の剣が通り抜ける。
すぐさま魔法で攻撃をと思ったが、剣士は身を引いて距離を取る。そっちに狙いを定めようとしたところ、リゼが別方向から魔法使いに狙われてると気づいて走って回避。狙いが逸れた俺のファイヤーボールは、天井を直撃した。
「わーん! まだ狙ってきてるー! にぎゃーっ!」
リゼの足元にファイヤーボールが着弾。転倒したリゼの背中に乗って、撃ってきた奴に反撃のファイヤーアローを撃つ。しかし防がれた。
魔法使いはさらにこちらを攻撃しようとした。しかしできなかった。
その魔法使いを背後からカイが襲いかかったからだ。剣で切りつけた彼の一撃を、魔法使いは咄嗟に回避。しかしカイはさらに畳み掛けるように切りつけた。
魔法使いは思わず持っていた杖でこれを防ごうとする。そんなことは無意味で、結果はわかってるだろうに。
剣と杖がぶつかり剣が勝つ。魔法使いの杖は真っ二つに両断された。そのままカイは前に出て魔法使いの首を切り裂く。魔法使いが飛び退こうとしたため、喉を切り裂く程度の深さの斬撃になったが致命傷には変わりない。
ドバドバと首から血を流しながら、魔法使いの死体が倒れる。そして血が魔法陣の上に流れた。
ああ。カイはこのために、わざわざ首を狙って切ったのか。
魔法使い達が詠唱をやめて円から出て戦闘を始めても、魔法陣はしばらくの間は青白く光り続けていた。しかし血が魔法陣を汚すと、その光はだんだん弱まっていく。
前回はインクを流して止めたんだったか。血でも効果は一緒だよな。
カイはすぐさま次の敵を屠るべく周りを見る。俺もこっちを狙っている敵の弓使いを睨みつけて……。
「そこまでです。どちらも戦いをやめなさい!」
地下空間に声が響いた。
エミナの声だ。敵味方共にそちらに目を向けた。
商人の女はミーナの喉にナイフを突きつけていた。
一応、ミーナの体を羽交い締めにするような形にはしていた。けれどその拘束は緩く、ミーナもまた抵抗する兆しは見えなかった。
つまり、このふたりは協力関係にあるってことか。ミーナにナイフを突きつけることで、俺達が動くのを阻止できるからしているだけ。
「城主の一族のお二人と、冒険者のみなさんごきげんよう。わたくし達には抵抗の意思はありませんわ。血は流さない主義ですの。わたくし達は人を殺さないですし、殺される事態も避けたい。ですがここでおとなしく捕まるつもりもありませんわ。……商談とまいりましょうか」
エミナは落ち着いた、前に城で出会った時そのままの口調で語りかけてくる。もちろん油断はできない。
「わたくし達をこのまま見逃してはもらえますか? そうすればもう、この街で死者が蘇り歩き回るなんてことは起きませんわ。それに、お城が必要としている建材も無料でご提供しましょう。どうです? 悪い話ではないと思いますが」
悪い話ではないと、この商人が本気で思っているかどうかはわからない。いや、たぶんおかしいことを言っていると本人もわかっているはずだ。
この人は狂人ではない。合理的思考を持った商人だ。
「そんなふざけたことが通るとでも思っているのか?」
レガルテが代表して答える。敵味方全員が思っていること。それを聞いたエミナもくすくすと笑う。
「ええ。その通りですね。わたしの起こしたことを、見過ごすあなた達ではないでしょう。けれどわたくしがその気になれば、あなたの妹さんはここで簡単に死んでしまいますよ、ターナさん?」
「くっ……」
悪人としては典型的な脅し文句を、堂々と口にするエミナ。そして彼女は、自分の起こした事とはっきり口にした。誰もがそう確信していたことだけど。
「やっぱりこの事件はお前が起こしたんだな?」
「ええ、そうですよかわいい使い魔さん?」
俺が問いかけると、エミナはにっこりと笑って俺の言葉を肯定する。
今回の騒動を主導したのがこの女だ。ミーナは協力を要請されて、それに応えた。
ミーナとエミナの接点はわからないけど、たぶんエミナがチェバルの人間で与しやすい者を探した結果とかなんだろう。
ミーナがこの悪事に加担した理由も、なんとなく察せられた。将来に対する絶望で自暴自棄になったとか、政変を引き起こした姉への復讐とかだろう。
そしてエミナがなぜこんな事件を起こしたのかだが、それもなんとなくわかった。
この人は商人だ。それも筋金入りの。
「目的はやっぱり、リビングデッドの魔法を商品として売り出すことか?」
「ご名答。やはりわかりますよね。わたくしは商人。顧客が望む物、望みそうな物、珍しい物はなんだって扱います。……特に代替わりした直後ですもの。わたくしの代で商会はさらに発展しますわ。小娘に代表は荷が重いと笑う愚か者共にも、目にもの見せてあげられますしね」
なるほど犯人が商人ならば、理由は商売以外には考えられないな。
それでも、リゼは信じられないという表情をしていたが。レガルテやターナも、こんな外道がこの世界にいるのかと驚いている。しかも表向きはまともな商人のふりをして、この街の再建に協力するという素振りを見せていたわけだし。
「ありえない話じゃないですね。オークを商人から買う人間もいましたから」
フィアナが言ってるのは、彼女がこの世で一番嫌いな人間のことだろう。つまり住んでた村を支配していた前の領主。そうだな、あの領主も商人からオークを買っていたらしい。
それがどれだけ特殊で悪趣味なものでも、需要があれば調達して売る。そういう商人もいるとわかっていたはずだ。
「……リビングデッドの魔法の使い方を知るために、ミーナを使ったのかい?」
ターナにとっては、かわいい妹のことが重要事項。それを聞いて、ミーナの首にナイフを当てたままのエミナは笑いながら肯定した。




