6-28 大量発生再び
事件に関係する物品が思わぬところから登場した事に、俺達は少しだけ考え込んだ。沈黙が部屋を包む。
「冷静に考えれば、エミナさんは今回の事件には無関係とした方がいいと思う」
沈黙を破ったのは俺だ。
たぶんこれは、偶然の一致なんだと思う。エミナさんが今回の事件に絡む必然性はない。事件に関連する物を持っていたことから驚きはあったが、そこに気を取られるべきではない。
まあ馬の事故が二日連続して起こったことを偶然じゃないと言い張った俺の言う事だから、説得力はないかもだけど。
「そうだよねー。きっと商売のために持ってたんだよ。商談があるって言ってたし、これから売るために持ってたんじゃないかな」
リゼも俺の考えに賛同する。けれど。
「売るって誰にだ? 買い手になるような魔法使いの名門は、もういないぞ?」
「うー」
レガルテに言われて、リゼは反論できなかった。その意味は良くわかっていたから。
ふたつの名門がなくなった今でも、この街に魔法使いはまだ存在する。それなりの代が続いている家も少数ながらあるだろう。けれどそれらは権力の中枢にはいなかった。実力も劣っていた。そんなはぐれ魔法使いというものの存在は前にも聞いた。
それらは皆、低所得者だ。高価な本や魔法石などを買える人達ではない。
エミナさんの運んでいたものは、この街ではほとんど需要がないもの。金儲けに目ざとい商人が、なんの用があってそんなものを持っていたのか。
誰にも答えは出せなかった。
まあとにかく、必要ならば少し調べればいいかという結論になった。ミーナの捜索や街の警備で、人手は常に足りていないというのが問題だけど。
じゃあ、明日は何を調べるべきか。今後の捜査の指針を話し合おうとしたその時。
外が騒がしいと気付いた。
わかってる。こういう時はだいたいの場合、外で厄介なことが起こっている。
窓際にいたフィアナが外を覗いて、すぐにこっちに振り返る。
「リビングデッドが暴れてます。それもたくさん」
なるほどゾンビがまた復活したんだろう。それは大事だ。しかしたくさんとはどういうことだろう。
俺達はみんな窓に向かって外を見る。
たしかに、数えきれないぐらいのゾンビが通りを闊歩していた。通りを埋め尽くす数ってわけでもないが、普通に歩くのは困難だなって程度には大量だ。
「おいなんだこれ! なんでこんなにいるんだ。どこから死体が……?」
レガルテが混乱しつつも当然の疑問を口にする。
こんなに大勢の死体をどこから調達したのか。墓場を掘り起こすにしても、これだけの数を棺から出すには手間がかかりすぎる。ていうか、公共施設である墓地を勝手に掘り返せば誰かに見つかるだろうし、そうなればレガルテ達に話は行くはずだ。
もちろん、この数日でこの都市内で出た死人全員にあの魔法陣の紙を貼り付けたとしても、この数には絶対にならない。
「どいてください!」
弓を用意したフィアナが窓から身を乗り出して構える。外にはゾンビから逃げ惑う市民の姿がちらほらと見えた。
ゾンビの復活が噂になってから市民はできるだけ外出を控えているようだが、用事がある人だって当然いるだろう。
そして今外にいるゾンビは、積極的に人を襲っているように見える。
老婆がひとり、腰を抜かしてへたりこんでいた。そこにゾンビが一体迫っている。
フィアナはそのゾンビの胴体を狙って矢を放ち、射抜く。それに気づいて一旦足を止めたゾンビの頭部を再び狙ってまた射抜き、これを完全に殺した。お見事。
「あれだけの死体がどこから来たか考えるのは後だ。とにかく今は外に出て人々を守ろう」
この様子だと、既に市民に死者が出ててもおかしくない。カイは人の命を救うことを提案したし、それに反対する者はいない。しかし。
「あれだけ多くのリビングデッドがいるってことは、どこかで大規模な儀式が行われてるってことだ。そっちを叩いた方が早いかもしれない」
レガルテの言う事も確かだ。
結局今回の事件は複数犯の仕業で間違いないことはわかった。そうでなければ、これだけのゾンビを操ることはできない。その全容は謎だけど。
「でも、どこで儀式をやってるのかわからないですよね」
「そこだな……」
「じゃあそっちはそっちで考えててください! ユーリ行くぞ!」
目の前の人間を助けたいカイは、狼化しつつあるユーリの背中に乗って窓から飛び降りる。そして着地と同時に降りて目の前にいるゾンビを一体切り伏せた。先程の老婆を助けおこして、この宿まで手を引っ張り避難させようとする。
ユーリもまたパワープレイでゾンビの頭部を踏み潰していくし、フィアナも窓から弓でこれを援護。そして逃げ遅れた市民に、屋内に避難するように呼びかけていく。
「ねえコータ。サーチ魔法使ってみようよ。六人で輪を作っている人間がいたら、それが儀式をしてる魔法使いだよ」
「なるほど」
リゼの提案通り探査魔法を使う。しかしこの都市内にそれっぽい人の集団は見えなかった。レガルテやターナも一緒に探したが結果は同じ。
「そもそも、あれだけ大きな魔法陣を描ける場所ってのも限られてくるからね。外だと目立つからできないだろうし。魔法陣を描くのにも時間がかかるから誰かに見つかる。だからやるとすれば屋内だけど……」
「例えば、チェバルの屋敷とかでやってるとかはないでしょうか」
リゼが不意にそんなことを言った。いや、何を言ってるんだこいつは。チェバルの屋敷で今、あの儀式がまた行われてるって?
それでもリゼは自説に自信があるらしく、説明を続ける。
「あそこなら前の魔法陣が残ってますし、少し直したらそのまますぐに儀式ができます。それにあそこは、探査魔法の妨害をする魔法がかけられてるんですよね? だったら見つからないはずです」
「あのなリゼ。チェバルの屋敷は中に人が入らないように出入り口を兵士が見張ってるんだ。部外者がしかも六人も入ることなんてできない」
「実は誰も知らない隠し通路があるとしたら? 兵隊さんに知られることなく、中に入れる入り口があるかもしれないじゃん?」
確かにそんな話しはした。あの屋敷にはそういう秘密の出入り口はある。ターナが知っている箇所は塞いだが、古い建物だから誰も知らない通路だってもしかしたらあるかもしれない。
だけど誰も知らないなら、それを使える人間は存在しない。当然この騒動を引き起こしている犯人もだ。
「ところが、偶然知ってしまった可能性があります」
そう言って、リゼはローブの袖からなにかを取り出した。
古い巻物本。見覚えがあった。リゼがそれを開くと、チェバルの屋敷の図面が出てきた。




