6-22 彼女が犯人
ミーナ・チェバル。ターナの実の妹であり、チェバル家の人間。この学校の生徒。標準教育課程の一年生。
チェバルの人間だが、年が若いということもあって家の陰謀には加担していなかった。当然罪に問われることもなく、勾留もされていない。
つまり野放しのチェバルの残党と言える人間。
罪に問われていないとはいえ、今回の政変でミーナの将来は一変しただろう。この街の名門の娘という立場は失墜。むしろあれだけの騒動を起こした、悪い家の人間という評価すら受けるだろう。
そして、姉であるターナを恨んでいる節がある。
リゼと俺が棚の方へ走ると、確かにミーナがそこにいた。この学校の生徒ではあるが、この時間にいることは明らかにおかしい。
「ミーナ、なんでこんな所に……」
「…………ターナさんに話すことはありません」
姉に似ている、釣り気味の目は鋭くその姉を睨んでいる。そして戸惑っているターナに向けて、手のひらを広げた。
「炎よ集え!」
ミーナの手のひらに炎が集まる。ターナとリゼはとっさに棚の陰に隠れて、次に来るであろう攻撃を回避しようとした。本が大量にあるところで炎魔法なんて使われたら、火事になりかねない。なんとかしないとと隠れながら警戒の体勢を取る。
ところがファイヤーボールは飛んでこず、その代わりミーナが走って俺達の前を駆け抜けた。フェイントだったか。
「ミーナ! 待て!」
ターナがそれを追いかけた。ミーナは鞄の回収をしようかと一瞬迷ったようだが諦めて、そのまま図書室から出る。ターナはそれを追いかけてやはりここから出た。
「リゼ、俺達も」
「うん!」
「待て。あれはターナに任せて、俺達はこれを調べよう」
追いかけようとした俺達はレガルテに止められる。
まあ確かに、大勢で追いかけてもあまり意味はなさそうな気はする。ミーナも最短ルートで逃げるだろうから、後から追いかけて先回りも難しいだろう。
魔法で攻撃して足止めというのも考えたが、相手はターナの妹だからちょっと気が引けるし。それよりは……。
「あの子……ミーナはこれを持ち出そうとしていた。それは間違いないだろうな……」
レガルテは机の上の鞄、正確にはその中に入っていた本を見つめている。おそらくは、資料室の中から持ち出そうとしたもの。
なんでそんなことをしたのか。それは考えるまでもなく明らかだ。
ここにターナがいなくて良かったかもしれない。
「ミーナが、一連のリビングデッド復活事件の犯人ということか………」
レガルテが戸惑いがちに言った。そう考えれば全部の辻褄が合う。
ミーナはチェバルの一族に連なる人間として、将来が約束されていたようなものだった。高度な教育を受けた名門の魔法使いとして、街の権力に関わる仕事に就く。将来的には重要なポストを任されることになっただろう。
ライバルの名門との小競り合いはあるが、そんなものは大したものじゃない。将来は安泰のはずだった。
ところがそれがぶち壊された。この街の権力構造はがらりと変わってしまった。しかも変えた人間のひとりは、身内であるターナだ。
ミーナの人生設計は大きく狂った。ならばなんとかして、チェバルの権威を取り戻したいと思うだろう。
新しい体制に変わった街に混乱を起こして、やはり統治にはチェバルの威光が必要だったと民に知らしめるとか。あるいは単に、復讐したかっただけかもしれないけれど。
いずれにせよ、ミーナはゾンビを再び街で暴れさせて人々を混乱させることを画策した。
ミーナは家に伝わる秘術について教えてもらってはいない。けれど彼女は独自に調べ上げた。この図書室の資料室に入って、昔の資料を読み込んで。
この資料室に入ることは別に禁じられていない。その気になれば、鍵を盗んで密かに入ることもできるだろう。
そして独力で、ゾンビ復活の方法を学んで実行した。
最初はすでにあった死体を使って、本当に復活させて動かせるかを試す。
やがて目につく死者がいなくなり、新しく死体を作らなければならなくなった。だから馬を暴走させる魔法で、女の子を事故に見せかけて殺した。
「にわかには信じられないな……まだあの子は小さい。そう簡単に人を殺せるとは……いや、俺達の家系はそういう歴史を持ってきたのも確かだな」
レガルテは自嘲気味に言った。
ふたつの家系の歴史は暗殺の歴史でもある。必要であれば、当時の城主の娘でも平気で暗殺してきた事実もある。
その血や幼い頃からの教えは、ミーナにも間違いなく流れているはずだ。将来について思いつめた結果、思い切って人を殺すって可能性もある……と思う。
「さっき……夕方にわたし達がここに初めて来た時、ターナさんがミーナちゃんに声をかけたんだよね。それにわたし達は資料室を見ようとしていた。……もしかしたらそれで、ミーナちゃんは警戒したんじゃないかな」
「ありえる話だな……」
ミーナが犯人だとして、当然ゾンビ復活に対して都市の権力が捜査を始めるというのは予想していただろう。そして城主の一族になったターナが、本当に資料室まで来てしまった。
あの時もミーナはもしかすると、自分の犯罪についてさらに理解を深めるべく資料室を使おうとしていたのかもしれない。
俺達が図書室に来た時にはミーナは俺達を避けるような動きをしていた。その後すぐに、図書室から立ち去ったのかもしれない。そしてその後に俺達は事故に遭った。
もしかしたらその事故は死体を作るためだけではなく、真相に近づきつつあるターナや俺達を排除するためにやったことなのかもしれない。
待ち伏せかあるいは密かに追いかけて、通りすがりの馬を暴れさせてぶつける。俺達は死ななかったが、巻き添えで女の子がひとり死んだ。
そして今、ミーナはここにいた。資料を俺達に調べられるのはまずいと思ったのだろう。それか俺達が資料を持ち出して、城の中でゆっくりと調べると考えたのかもしれない。
いずれにせよミーナにとって、それは避けたいことだった。だから夜のうちに忍び込んで、必要なものは持ち出してしまおうとした。
ついでに儀式に必要な魔導書もここにあったから回収しようと。そこに俺達が来てしまった。
状況証拠は揃っているし、たぶんこの推理は正しいんだと思う。ミーナが犯人とすれば全部に説明がつく。
「とにかく断定はできない。とりあえず本人に詳しく話しを聞く必要がある。……犯人かどうかを判断するのは、それからにしよう」
レガルテの提案に俺とリゼは頷いた。