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2-5 風の魔法

 フィアナはリゼが受け入れてくれたことがよほど嬉しかったのか、小躍りしながらお礼の言葉を述べた。


 それから、あとで村長さんたちが来ると思いますと言って部屋を出た。残されたのは、いいことをすると気分がいいみたいな表情のリゼ。それと頭を抱えているぬいぐるみの俺。


「いいかリゼ。お前、狼退治なんてやったことないだろ? それにお前の魔法じゃ、狼なんて倒せるはずがないと俺は思うんだけど?」

「だってフィアナちゃんが困ってるのにほっとけないし…………大丈夫大丈夫! なんとかなる! それに、コータもついてるしね!」


 その自信はどこから来るのか。確かに昨日はオークを倒した。倒したけどあれは偶然だし、あんなファイヤーボールをそう何発も出せる気がしない。相手は狼の群れだぞ? 一発攻撃して一頭倒せば、はい終わりというわけでもあるまいに。


「それもそうか……森の中で木にあたって火事になっても困るもんね。ちょっと別の魔法、練習してみる?」

「そうだな……いや、そういう問題なのか? いや、新しい魔法は覚えたいけど」


 確かにこの先、ファイヤーボールだけしか使わないって訳にはいかないだろう。そういうわけでリゼの提案には乗ることにした。



 酒場の裏手の庭のような所に、厨房から野菜をいくつか貰ってきて地面に立てて置く。

 その野菜がなんなのかはわからないけど、根菜の一種みたいだし赤くて細長いからニンジンと呼ぶことにする。本当にニンジンなのかもしれないし、多分味も似たようなものだろう。

 それよりも魔法だ。



「ウインドカッターを教えます。風の力で敵を切る、みたいな技です。基本はファイヤーボールと同じで、まず手に風を集める。風よ吹け…………」


 それが詠唱なのだろう。両手で杖を持って、そう唱えると少しばかり空気が震えるような感じがした。けど、ほんの少しだけ。


「風よ吹けー。吹けー。まだまだ……もっと吹けー」


 昨日の炎と同じなんだろう。弱々しいそよ風が吹くばかり。そしてリゼは、杖をニンジンに向けて振る。


「切り裂け! ウインドカッター!」


 数メートル先のニンジンのうちのひとつが、かすかに揺れた。

 不安定な立て方で置いてるにもかかわらず、倒れさえしなかった。


「ぜえ……ぜえ……うん、こんなものかな。コータもやってみてよ!」

「参考にならないな…………」


 まあリゼの実力はわかってるし、こうなると予想はできてたのだけど。ちょっと風を吹かせるだけで荒い息のリゼをちらりと見てから、ニンジンに向き直る。


「イメージとしては、手のひらに風を集めて、それをぎゅっと固めて撃つ感じかなー。とりあえずやってよ」

「そうだな。とりあえずは実践だ。風よ吹け……うおっ!?」


 手のひらをニンジンの方に向けながら唱える。すると風が舞った。突風かというようなその強さに俺の体は持ち上がりかけて、慌ててリゼがこれを掴む。


「き、切り裂け! ウインドカッター!」


 とにかく撃ってみよう。そう思いニンジンに向けてそう叫んだ。



 次の瞬間、再び突風が吹き、ニンジンが数本まとめて真っ二つに切断されていた。


「やった……のか? 俺が……?」

「すごい! やっぱりすごいよコータ! 才能あるね! すごい力だよ!」

「やめろ! 振り回すな! 目が回る!」


 リゼは俺がウインドカッターを成功させたのがよほど嬉しいのか、俺を両手で持ち高い高いするように持ち上げてくるくると回り始めた。嬉しいのはわかったからやめろ。


 そしてこの時ようやく気づいた、いつの間にか見物人が来てたようだ。


「すごい。使い魔なのにあれ程の力を持つとは」

「きっとリゼさんの力が強いからでしょうな」

「これは任せてもいいかもしれん……」


 今の稽古を、途中から見学していた村人たちが複数人いたらしい。どうせならリゼがろくに魔法を使えない所から見てもらえたら、真実を知れただろうに。いや、それだったら余計にまずいことになるのか? とにかく誤解は深まるばかりだ。


 それから、任せてもいいかもしれないという言葉。これはやはり。



「リゼさん。お願いがあります。…………村を荒らす狼を退治してほしいのです」


 夕食の時間のことだった。さっきの酒場でリゼが食事をしていると、さっきと同じように村長とその一行が尋ねてきた。

 理由はさっきフィアナが言っていたのと同じ。あるいは、もう少し詳しく事情を話してくれた。




 獣害というのはこの世界では珍しいことではなく、他の村でも普通に起こることだと聞いている。深い森に囲まれた村だし、そこには狼に限らず様々な獣やオークみたいな怪物がいる。

 だがここ最近は狼の動きが活発化して、村に入り込むことが急増している。


 当然村人たちもそれを放置するはずはなく、狩人たちは毎夜警戒を怠らず罠も張って対策を行っている。

 それでも敵は凶暴な狼。それも人間よりも体のでかい種が群れで来るという。狩人たちではまったく歯が立たず何人も怪我をしている。すでに襲われて亡くなった村人も数人いるらしい。こんな事態は今まで聞いたこともなかったと。


 冒険者ギルドに討伐を依頼しようにも、金に余裕がない。まとまった金を出せないことはないが、最寄りのギルドから距離があるためここまで冒険者が討伐に来るかどうかはわからない。この村の外にいる領主様に相談しようにも、取り合ってくれるような人間じゃない。そういうわけで困っていたところに、魔法使いがやってきたというわけだ。


「リゼさん。お願いします。このままでは村の存亡にも関わります。……一年ほど前でしたでしょうか。ここから少し離れた村が、狼の群れに襲われて全滅したということもありまして」

「それはひどいですね……」


 村の全滅はよくあるのかと思ったら、それは滅多にはないことらしい。でも先例がある以上は村人たちが怯えるのも当然のことか。あと、領主様っていうのはやっぱり尊敬されてない人間みたいだな。それから。


「なあリゼ。冒険者ギルドってなんだ?」

「えっと……冒険者に仕事を紹介する……ギルドだよ。ギルド。うん。たとえばそこに、村長さんたちがお金と依頼を持っていけば、冒険者が来て狼を倒しに来てくれるかもしれない。みたいな……」


 さっぱりわからない。

 つまり、外部から人を呼ぶための仲介業者なんだろうか。リゼが説明に困るぐらいには、難しいものなのかもしれない。まあいい。それは今後改めて知っていくことにしよう。


 とにかく今は狼退治だ。


「任せてください! わたしたちがしっかり、狼達を退治しますから!」


 そう言い切るリゼ。村長たちに頼まれたからというよりは、フィアナとの約束のために引き受けたと言ったほうがいいか。

 とにかく、面倒なことを引き受けてしまった。狼と戦うのはどうせ俺なんだろうし。

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