6-13 復興の状況
それからしばらく、リゼとエミナさんはおしゃべりしていた。主にエミナさんがリゼの素性について探ろうとして、リゼがそれをしどろもどろになりながらはぐらかすという会話だ。
リゼの正体がバレるのはまずいから、そろそろ俺が口を挟むべきだろうか。そう考えだしたところで部屋の扉が開いた。
「すまない。ちょっと仕事が立て込んでて……えっと……」
いいタイミングでターナが入ってきた。そうだよな忙しいよな。そして要件が違うであろう面会相手ふたりを前にして、どうしようと戸惑った様子を見せた。
とりあえず順番に片付けるしかない。ターナはまずこっちを向いた。
「なにかわかったことがあったのかい?」
「えっと、わかりそうというか。ちょっと相談したいことがありまして……」
「そっか。もうちょっとだけ待っててくれ。エミナルカさん、こちらへ」
「はい。ではギルドの魔女さん、ごきげんよう」
「あ、はい。ごきげんよう…………」
俺達の件の方が時間がかかると判断したのか、先にエミナさんの要件から片付けることにしたようだ。というわけで俺達は再び待機。
「ふー。なんとか誤魔化しきれた」
「いや、全然だろ」
驚くべきことにリゼは、さっきの下手な会話でエミナさんの追求をかわせたと思っているらしい。
いやいや。絶対にあの人はリゼのこと、名家のお嬢様と確信してる様子だったぞ。それとリゼの格好が魔法使いとわかるものだから、魔法使いの名門の人間ってところまで推測されてるだろうし。
さすがは商人。お金持ちの存在を察する能力には長けているのだろう。人は見かけによらない。
家名まではさすがにわからないだろうけど、首都のクンツェンドルフの家の十六歳の娘が行方不明って情報とリゼのことをいずれ繋げる可能性もある。となればかなりまずい。
さすがにそれをネタに強請るなんてことをするタイプには見えないが、秘密を知る人間が増えるのはそれ自体避けたいことだ。
カイ達みたいな、一緒に旅をする仲間にできる仕事の人間じゃないし。エミナさんはいろんな人と関わる仕事をしてるから、なにかの拍子に秘密が広まっていくかもしれない。
「どうしたものかな……」
「まあ、なんとかなるんじゃないかな。エミナさんいい人そうだし」
「そういう問題じゃなくてだな…………」
なんでこいつは、そんなに楽観的なんだろう。まあ確かに悪い人ではないと思うけど。単に金の匂いに敏感なだけ。
事情が事情なだけに本当のことを話すのはまずいだろうけど、なにか別のうまい言い訳があればなんとか誤魔化せるだろう。家のしきたりが嫌で飛び出してきたとか。
そんなことを考えているうちに、ターナが再びやってきた。
「やあ。待たせてすまないね。復興に必要な物資を遠方から調達してくれる商人だから、できるだけ早く対応しなきゃいけなくて」
「そうでしたか、建物の建材とかですね」
「そうなんだ。石もレンガも木も足りないんだよ」
先日の騒動で、多くの家屋が被害を受けた。その多くはまだ修復や再建の目処は立っていない。この城にしても応急の処置はしているが、一部の損壊はそのままである。
一日も早く街の姿をもとに戻すことが、新たな支配体制となった城主達にとっての急務である。そのことはよくわかっている。
そのためには建物を作るための資材が必要。
この都市の近くには石切場などはないから、石材はどこかから買う必要がある。平原の真ん中にある都市だから、森から木を調達するにしても遠いから運ぶのに手間がかかる。粘土からレンガを焼く職人はこの街にもいるが、大量のレンガをすぐに用意できるような生産体制はない。
そういうわけで、商人からまとめて買ったほうが得だし早い。だから商機と見て各地からやってきた商人にそれぞれ交渉をして、できるだけ多くの建材をできるだけ安く買うべく努力しているのだ。
復興作業っていうのも大変だな。
エミナさんの本来の扱っている商品は地方の工芸品とか美術品で、資材については専門外だろう。それでも大きな取引のチャンスであり、ここで繋がりができれば将来の顧客の獲得に繋がるとあれば、ためらうことなく営業をかけていくようだ。その前向きな姿勢は立派だな。
「エミナルカさんの父親である、商会の前代表はそれはそれは立派な人だったらしいね。多くの商隊を抱えていて各地に取引先を持っているオリムエナ商会を、誰にも真似できないような努力により一代にして築き上げた。……その父親が急死したのが先々月のことだ。まだまだ商人としては十分働ける年齢だったのに、数十年続けていた無理が祟ったらしい」
「そうなんですか……。だから、あんなに若いのにエミナさんは代表になったんですね……」
「そういうことだよ。本当なら自分の手に余るような規模の商会を引き受けることになって、あの人も必死なんだ」
前代表も、ゆくゆくは一人娘のエミナさんに自分の跡を継がせる気ではあったようだ。しかしその死は急すぎた。
商人としてやっていくために必要な技術や知識を授かる前に、エミナさんは跡を継いでしまった。
それでも幼い頃から父の姿を見てきたエミナさんは、父の築いた商会を守るべくこの世界でなんとかやっていこうと努力しているという。
「いい話ですね…………」
しみじみと聞き入るリゼ。ターナもあの商人のお姉さんのことは尊敬しているのか、語る口調は同情的だ。
確かに苦労人なんだろうな。それに誠実な人に見える。
さて。この街の復興や商人の身の上話も興味深いが、俺達がターナを訪ねたのはもっと別な理由だ。
残念ながらチェバルの屋敷ではめぼしい成果は得られなかった。だから別の場所を探したい。
チェバルの一族が関わっていた学校ならばなにか見つかるかもしれないから、そこに立ち入る許可がほしい。
そう説明すれば、ターナは興味深そうに頷いた。
「なるほど。確かにうちの学校には外部の手は入らない。中に資料館みたいなものもあるし、図書室もある。チェバルの古い記録だって残されているだろうしね。…………それこそ図書館の禁書棚よりは、資料が破棄される危険はなさそうだね。よし、許可しよう」
頼れるこの街の新しい権力者は俺達の希望を叶えてくれた。それどころか。
「今度はわたしも一緒に行って調べていいかい? 慣れた場所だし役に立つよ」
同行すると提案してきた。一体どういうことだ。




