6-12 商人の女
チェバルの学校を探せばいいかもしれないと結論付けた俺とリゼは、さっそく屋敷を出て城へと向かった。
学校の中を部外者が勝手に探るのはさすがにまずいから、許可を取らないとな。レガルテかターナに。チェバルの学校だからできればターナがいいかな。
その途中、なんか外が騒がしいと気付く。道行く人の会話に耳をすませば、先程新しい死体の復活騒動が起こったようだ。しかも今度は、多くの人がそれを目撃した。
死体自体は、居合わせた冒険者ギルドの人間が退治して無力化したらしい。カイ達かもしれないな。向こうも頑張っているようなら良いことだ。
いやそれより、今回白昼堂々と死体が蘇って多くの人に見られたというのが問題か。あの夜の恐怖を思い出した人間も多いだろう。噂話をする人々は、どこか怖がっている様子を見せている。
早くこの事件を解決しないと。それも俺達の手で。そういうわけで城の門から中に入る。
門番の兵士には俺達の事は話が通ってるから、リゼがギルドの登録証を見せたらすぐに入れてくれるようになった。そして城の正面入口を入ってすぐのところにいる職員に、ターナに取り次いでほしいと言えばたぶん会えるはず。
ちょっと待っててくれと言われ、とりあえず応接室に行くよう指示された。
「なんかお城の中、慌ただしいね」
「ゾンビ騒ぎのせいだろうな」
去ったはずの危機が再び現れたから、市民の間に不安が広がっている。
となれば権力者達は、当然対策を取らなきゃいけない。それも早急に。対応を間違えれば、新しく生まれ変わった支配体制への信頼が揺らぐ。
あるいは、それを狙ってチェバルの残党がこの騒ぎを起こしているのかもしれないけれど。
さて、城の中に応接室と呼ばれる部屋は複数ある。都市の規模の大きさを考えれば当然だろう。偉い人に会いに来る人は多いはず。
指定された部屋で待っていればそのうちターナがやってくるか、忙しくて無理なら別の者が申し訳なさそうに、日を改めてくれと言いにくるシステムだ。
そしてその応接室に、なんと先客がいた。ターナではない。二十代前半ぐらいの女性だった。長い髪で、どこかおっとりとした雰囲気のあるおとなしそうな人。
「あれ? えっと……」
「あら。あなたはお城の職員さん……ではないですね。その格好は魔法使いの方でしょうか。ターナさんのお知り合い?」
「え、ええ。わたし達はターナさんから依頼を受けているギルドの者です、はい。ターナさんに相談したいことがあって、それで、その……あなたは?」
応接室の入り口で固まっているリゼにその女性が声をかける。戸惑いながら質問に答えてから、やっと相手が何者か尋ねた。
「これは失礼しました。わたくしはエミナルカ・オリムエナと申します。どうぞエミナとお呼びください。オリムエナ商会の代表をしていますわ」
「それはご丁寧に。わたしはリゼです。ただのリゼ。名字はないし名門の生まれとかではないです。本当です信じて痛い」
途中で俺がリゼの頬をつねったから、余計なことまで言いそうなリゼの自己紹介は中断された。
別に名字のないその辺の村人がギルドの冒険者やることなんて珍しくないのだから、ただのリゼって言うだけでいいだろうに。なんで慌てて変なこと言っちゃうかな。
幸いにもエミナさんは、リゼが人見知りするタイプの人間で慌ててるのかなと理解したらしい。おかしそうに、でも上品にクスクスと笑った。
「緊張しなくてもいいですよ。ギルドの冒険者さんなんて立派じゃないですか。誇りに思っていいです」
「そ、それはどうも……えっと、エミナさんは商会の代表ってことは商人さんなんですよね? この街の人ですか?」
「いいえ。商会の本部は首都にあります。ここへは、権力の刷新があったと聞きまして。新しい顧客の開拓に」
彼女が代表を務めているオリムエナ商会というのは、都市間を行き交いそれぞれの特産品など安く手に入れ、それを他の都市で高く売るという交易商人の元締めらしい。
主な顧客は各都市の権力者や資産家といったお金持ち。これをお得意様として、様々な物品を売る。こういうものが欲しいと言われたら調達する、御用聞きのような仕事もしばしばやるらしい。
そういうわけで、国中や一部は外国のお金持ちと太いパイプを持っている。
ここヴァラスビアで政変があったと聞きつけたエミナは、すぐさま駆け付けた。権力構造が変われば新しい支配者層ができるはずで、将来的には新しい顧客になるはずだと。
他の交易商人も同じ思惑でこの都市に入ってきていて、水面下で客の奪い合いも行われている。
政変で新しい権力者が生まれるということは、権力を失って没落する者も多くいるということだ。今回の例だと名門がふたつがそれだ。
これまで持っていた顧客と、それによる将来の利益を失った商人もいるはず。そういう商人は新しい顧客を獲得して現状維持を狙おうとするし、できなければ大損ということになる。もちろん新しい利益があれば他の商人はそれを見逃すはずもなく、客の奪い合いは必然である。
なんとまあ。商人が大量にこの都市に入ってきてるって話は聞いていたけど、そんなことが行われていたとは。俺にはちょっとわからないというか、違う世界の話だって感じだな。
エミナさんはそんな世界に生きている。おっとりした雰囲気からは想像もつかないけど。でも状況的にこの人はターナに、つまりこの街の権力者のひとりに会いに来たっぽいし、本当に営業をかけているのだろう。
「なるほど。それはお客さん手に入れられるといいですね。でもエミナさんは立派ですね。普通はそういう商会の代表って、もっと経験のあるというか年をとってる方が多いじゃないですか。エミナさんみたいな若い女性ってあんまり聞いたことがないかなって」
「ふふっ。ありがとうございます。でもリゼさんはわたくしのような商人と何人かお会いしたことがあるようですね。実は名のある名家の人間なのですか?」
「ほうあっ!? そそそそんなことはないですようん! わたしはただのリゼなので! えっと、ギルドの仕事で何人かとお会いしたことがあるとかですはい」
まったく。こいつはこれだから。とりあえずごまかしの言葉を並べたけれど、絶対に怪しまれるやつである。
「うふふ。そうですか。ではそういうことにしておきましょう。これからもお見知りおきを。そして機会があれば、我がオリムエナ商会をご利用ください」
「は、はい……」
うん、完全にいいところのお嬢様だと思われている。そしてすかさず営業をかけにきている。本当にしたたかな商人さんだな。