2-4 村人の依頼
フィアナはリゼを見るとえへへと笑顔を見せた。そしてなにかを差し出す。
さっきマジックにつかった、魔術師のカードだった。そういえば返してもらってなかったっけ。
「あの。これ返しに来ました! リゼさんって本当に魔法使いだったんですね。あんなに近くで魔法を見れたのは初めてで、なんか嬉しくてお礼がしたくて」
「ありがとー! そっかー。実はわたしも、あんなに大勢が見てる前で魔法使ったのは初めてなんだよー」
純粋な子らしいフィアナは、リゼの手品を完全に魔法だと信じてしまったらしい。そしてリゼはといえば、褒められたことに完全に気を良くしている。いいのか。さっきのは魔法じゃなくて、お前は嘘ついてその純粋な子供を騙してるんだぞ。そんなに喜んでいる場合じゃないぞ。
俺の考えていることをよそに、そんな純粋なフィアナはリゼにこう続けた。
「実はリゼさんにお伝えしたいことがありまして! あの、リゼさんは村長さんから、あの……」
そこで言葉が途切れた。言いたいけど言いにくいこと。本当に言ってもいいのか悩ましいことのようだ。
「どうしたの? 大丈夫。おねーさん何聞いても驚かないから。聞いちゃダメなことだったら、聞かないことにするから!」
こいつのそういう自信はあんまり信頼しない方がいいと思われるけど、この言葉に後押しされたらしい。フィアナは意を決した表情を見せる。
「リゼさんはきっと、この後村長さんから狼退治の依頼をされる! ……と思います」
うん。繋がりがよくわからないぞ。
「よし、ちょっと詳しく聞かせてくれ」
ベッドの上で話を聞いていた俺は会話に入ることにした。リゼだけだと、事情がよくわからないままに話を進めていきかねない。
「ぬいぐるみがしゃべった!?」
「ぐえっ」
そして、喋った俺を見た途端、フィアナは笑顔でこっちに駆け寄ってきて俺を手に取った。おい、もっと優しい持ち方をしてくれ……。
そういえば使い魔が言葉を話すのは珍しいんだっけ。フィアナも魔法使いが使い魔を連れているのは何度か目にかもしれないけど、話すのは初めて見たのだろう。
そして俺はこの村に来てからはあまり話さず、喋るにしてもリゼと小声でというのばかりだった。
うん、俺が原因なんだな。それで驚かせたんだな。それはわかった。でも握り締めるのはやめてくれ……。
「えっと……わたしのお父さんは狩人をしています。わたしもその見習いなんですけど……」
ベッドの上にリゼとフィアナで並んで腰かけ、俺はフィアナの膝の上。それで詳しく話を聞く。今朝起こったことから、順番に。
フィアナの父は狩人で腕も立ち、この村の中で皆から一定数の敬意を集めている人物である。村長の補佐的な役目もしていて、村の意思決定をする人間のひとりだ。
さっきフィアナがリゼに話しかけた時に、彼女を咎めた男がそうなんだろう。
とにかくそういうわけで、フィアナの父は村の事情に詳しい。彼の娘であるフィアナにも、その事情がなんとなく伝わってくるという。
「今朝のことなんですけど、領主様の使いの人がこの村に来ました。そして、魔法使いを探していると言われまして」
領主とはこの村を含めたここ一帯の土地を支配している人間で、村長よりも偉い立場の人だ。この世界のこの国では、そういう支配体制になっているという。
領主は、また別の相手から人探しの依頼を受けて動いたんだろう。リゼの家とか。それか魔導書を盗まれた誰かからの追っ手とか。
そしてリゼは探されることになって、そして実際にリゼは来てしまった。狭い村ですぐに噂が広まって、村長が直々に確かめに来たというわけだ。
「リゼさんがリーゼロッテという魔法使いじゃないのは、魔法を使ったからわかりました」
「まあねー! わたしはリーゼロッテとは名前がちょっと似てる別人で、偉大なる魔女だからね!」
「それはもういいから」
追手はリゼの特徴として、性別と年齢と魔法が使えないことぐらいしか領主に伝えてなかったらしい。それでも確かに見つかりそうな気はする。
ちょっと違和感はあるけれど。無能が家の恥ならば、家の娘を探すのに魔法が使えないという情報を広めるのはおかしい気もする。なにか裏があるのかもしれないけど、よくわからない。
とにかく、フィアナに続きを促す。
「お父さんも村長さんも、リゼさんは別人と思ったようです。他のみんなもそうですし、それに面倒なことに関わりたくないっていう気持ちもあるみたいで。領主様、こういう時にあんまり親切じゃないから」
どうやら様をつけて呼ばれている割には、そこまでの敬意は払われていない人物らしい。
もちろん例外はあるようで。
「少しだけ、領主様にバレた時が怖いから一応は言っておくべきだって言う人もいます」
「そうか。それはそれで正しい考え方だ」
俺達にとっては都合が悪いけど、それは村人や領主には関係のない話。報告をしておけば責任は向こうに投げられるから、合理的な考えではある。
そして、両者の意見が対立してまとまりそうにない。だからフィアナの父親が折衷案を考えたそうだ。それが。
「ここ最近、狼が村に入ってきて家畜や人を襲うのが続いてるんです。しかも大きい狼が何頭も。どうやら群れがこの近くに居着いてしまって、お父さん達だけでは追い払うには力が足りなくて」
「俺達に、その狼の群れを退治してほしいってことか」
こくこくと頷くフィアナ。だいたいわかった。
勝てない相手でも、獣害を放置しておくわけにはいかない。そこに運良く、戦力になりそうな魔法使いが現れた。ちょっと協力してくれと。
狼に対抗できるほどの力を持ってる魔法使いなら、探されているリーゼロッテなる女とは明らかに別人なのだから、追っ手に詮索されても問題にならない。領民の利益になることをするなら、領主様とやらも嫌な顔はしない。意見が対立している人たちも、もっと大きな問題が解決するならば主張を引っ込めるだろう。
フィアナの父親はそんな考えを、ふとフィアナに言ってしまった。そしてフィアナはひと足早くこれをリゼに伝えに来た。
魔法を見せてくれたお礼に。それから心の準備とかをする時間を与えるために。
いい考えだと思う。俺達が狼と戦うハメになること以外は。
「なあリゼ。お前もちろん、狼なんて退治したことないだろ? なら」
「そっか! 大変だったんだねフィアナちゃん! わかった! おねーさんが狼なんてやっつけてあげるからね! この優秀なリゼさんに全部任せていいからね!」
「本当ですか!? ありがとうございます! お父さん達も喜びます!」
「おい、こら」
ああ。知ってるとも。こいつはこういう奴だ。