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1-1 ここは異世界

 ある日突然、俺は人間じゃなくなった。


 自分で言うのも何だが、俺はごく普通の高校生だ。特に取り柄があるわけでもなく、いつものように変わりばえのしない高校生活を送るだけ。その日も、特に予定があるわけでもない放課後を迎えた。


 友人にまた明日と、声をかけたりかけられたりしながら校舎を出る。そのまま家へ帰ろうとしたその時、不意に視界が暗転した。



 どこに目を向けても真っ暗。何も見えないどころか、さっきまで自分が立っていた地面すら消えて、宙に浮いているような感覚。

 現実感のないこの状況に混乱しながらも、どうにかできないかと首や手足を必死で動かして、周囲をあちこちを見回す。暗闇以外のなにかが見つからないか、と。


 そうやって体を動かしているうちに、なんだか体自体の感覚すらなくなっていくような感覚がした。俺は本当に首を動かせてるのか、自信が持てない。

 ただ体がなくなって、意識だけがそこに浮かんでいるような気がして――――。



 ――――い! おーい! こっちだよー!



 その時、声が聞こえた。若い女の声だと思うけど、声の主の姿は見えない。その代わりに、視界に小さな白い点が見えた。

 小さな光だった。



 こっちこっち! 早くおいで!



 声は光の方から聞こえるように思えた。その声がどうにも気楽そうというか、緊張感のないような印象に違和感を覚える。けれど他に、この状況を脱するためのヒントもない。

 俺はあるのかもわからなくなっている手を、光の方へと伸ばした。




 途端に視界が開けて、俺は森の中にいた。周囲を木々に囲まれた中にぽっかりとできた空き地。それから次に視界に入ったのが。



「おおおおお! やった! ほんとに召喚できた! よし! これでみんなも、わたしのこと見直すし無能なんて誰にも言わせないんだから!」


 こちらを見つめながら、勝ち誇ったような表情を浮かべる少女だった。ゲームに出てきそうな魔法使いみたいなローブを着て、しゃがんでこちらを見下ろしている。髪は耳が隠れるぐらいのショート、その色は薄めの金色。歳は俺と同じぐらいだと思う。


 声の感じが似ているし、さっき闇の中で俺を呼んだのは彼女なんだろう。何者かはわからないけれど、言葉が通じる相手だし事情を多少なりとも知っているようだと判断した。だから俺の方から声をかけることにした。


「あの。これはどういうことなんでしょう」

「喋った!? そっかー。言葉が話せる高位の使い魔かー。いやー。こんなのを召喚できてしまうなんて、わたしやっぱり優秀なんですね!」

「話しを聞いてほしいなー」


 その子は俺の話に耳を貸さず、しかし俺が日本語を話したという事実だけを見出してなにか喜ばしいことだと思ったのか、立ち上がってあんまり無い胸を張る。ローブの下はスカートになっていて、見上げる形になった俺は目を逸らしつつ滑るように後ずさる。



 うん? 見上げる? 滑るように後ずさる?



 違和感に気づいた。目の前の少女は、見た感じ魔法使いのコスプレをしている以外は普通の女の子に見える。しかし妙に大きい。俺を見るのに視線を落としている。もしかしてこの子は巨人なんだろうか。



 それから、俺に手足の感覚がないことに気づく。じゃあなんで後ずされたのかといえば、こっちに行きたいと思ったら自然と体が滑るように動いたからだ。非常におかしな感覚だが、そうとしか言いようがない。

 自分が今どんな状況なのか気になるけれど、下を見ても自分の体は目に入らない。

 代わりに、地面に書かれた複雑な紋様が見えた。魔法陣的な何か。なんだこれは。


 魔法陣は気になるけれど、自分の体のことの方が今は深刻に思える。手足も無いまたは動かせないから、その状態を確認することもできない。鏡やそれの代わりになるものも見当たらない。スマホのインカメという案が思いついたけど、そういえば手が使えないとすぐに思い直す。そもそも今、自分がスマホを持っているかどうかもわからない。



 仕方がない。目の前の女に聞くしかないか。



「なあ。今の俺、どんな格好してる?」


 さっきは下手に出て敬語なんて使ったけれど、なんとなくこいつにそういうのは不要と思い始めていた。幸いなことに、彼女は気を悪くせず今度こそ俺の質問に答えてくれた。


「どんなって……青白い炎みたいな……あ、もしかして精神だけこっちに来ちゃったってこと? あー。ごめんね。時々あるらしいよね。精神だけこっちに来ちゃう妖精さん。そういう場合は、こっちの世界でなにかに憑依しないと長い間生きられないですぐに消滅してしまう。うん。わたし知ってる。偉い。ちょっと待ってねー」


 人のこと妖精呼ばわりしたあげく、うっかり消滅の危機を迎えていたらしいことを軽い口調で言ってしまう。ついでに自分を褒めることを忘れない。この子のこと、信頼していいものかは大いに疑問である。とはいえ、このままだと俺消えるらしいし。


 どうしたものかなと悩んでいる俺の心中など、この子にはわからないらしい。荷物であろう鞄の中をガサゴソと探して。


「はい。この人形貸してあげる。猫さんでいいよね?」

「…………というと?」


 少女が鞄から出したのは、猫の形をした布製の人形。四本脚というよりは、人間と同じように手足がついている形に擬人化されたもの。余った布で作ったのか、ところどころツギハギで布の柄が一定しておらず、顔もボタンで目を作って口はそういう形の布を当てて縫った。そんな感じの簡単なものだった。

 中に入れている綿なりなんなりの量が少ないのか、ちょっと薄っぺらい形。大きさは、少女の手のひらから少しはみ出る程度。


 本人は人形と言ったが、ぬいぐるみと言った方がいいかもしれない。そしてそれを「はいどうぞ」というように差し出してきた。

 いやいや。そのぬいぐるみを、俺はどうすればいいんだ? 返答に困ってそのまま固まっていると、その子は続ける。


「どうしたの? この中に入ればいいんだよ? じゃないと消えちゃう……あ、もしかして別の人形がよかった? 豚さんとかカエルさんとかもあるよ。ちょっと待っててねー」

「いや、猫でいい」


 さっきも言っていた消滅の危機。だからこの猫に憑依しろってことらしい。なるほど、この際選ぶなんて贅沢は言わない。ていうか何でもいい。

 というわけで、さっさとぬいぐるみの中に入る。さっきのこの子の説明からするに、今の俺はいわゆる人魂みたいな形だったんだろう。

 そのぬいぐるみに触れると、吸い込まれるように中に入っていけた。



 途端に体の感覚が戻ってきた。もちろん元の俺のままとはいえないだろう。なにしろぬいぐるみの体だ。妙に短い手足は不便だし、体に比べて大きめの頭も妙に重い。ぬいぐるみになるという考えたことも無かった経験に、慣れるまで時間がかかるかなと思っていたら、不意に少女が俺の体を掴んだ。それも全力で。


「ぐえっ!」

「おー。フワフワ! やっぱりわたしの作った人形は手触りがいい。これからよろしくね使い魔さん! あ、わたしはリゼ。リーゼロッテって名前なんだけど、長いからリゼでいいよ。あなたはなんて呼べばいいの?」

「その前に手を離せ……苦しい……」

「あ、ごめんごめん」


リゼと名乗ったこの女。こいつは喋っている間、俺の体を両手で弄び続けていた。俺が抗議してようやく、手のひらに乗せるという形で会話ができるようになる。


「俺は桐原康太きりはらこうた……コータって呼ばれることが多いかな。それでリゼ……リーゼロッテさん」

「リゼでいいってばー。わたしとコータの仲じゃない! 使い魔だし! これから長い付き合いになるんだからさ!」


なんでそんなに馴れ馴れしいんだ。ていうか使い魔ってなんだ。いや、そんなことより。


「なあリゼ、俺はどうすれば元の世界に帰れるんだ?」

「へ? 帰る? なんで?」

「なんでって……そりゃ、戻らなきゃいけないだろ。俺学校にいたんだぞ? で家に帰らなきゃいけないんだぞ?」

「へえー。妖精の世界にも学校ってあるんだ。知らなかったー。じゃなくて、もうコータはわたしの使い魔なんだから、この偉大なる魔女であるリゼ様と一緒になんか魔術の修行とかするの」


 なんで偉大なる魔女が、今更魔術の修行をするのだろう。それよりも、まったく話が噛み合っていないぞ。


「俺は使い魔じゃない。だからお前と一緒に修行なんかしない」

「またまたー。そんなこと言って。召喚した魔女がこんなに美人だから照れて素直になってないな。このこのー」


 片手の手のひらに俺を乗せながら、片手の人差し指で俺の頬を突っついてくる。うざい。


「やめろ。そんなことはない。俺は本当に使い魔じゃないんだ」

「え? でも召喚したら来たよね? 異世界の、妖精の国から」

「異世界がなんなのかは知らないけど、俺は妖精の国から来たんじゃない」

「妖精の国じゃないなら、どこから来たの?」

「わからないけど、俺の世界には妖精はいない」

「つまり……あなたは妖精じゃない?」

「そう。人間だ」

「うそ…………」

「ぐえっ」


 ちゃんと否定し続けていたら、なんとか誤解が解けたらしい。俺は使い魔なんてわけのわからない物じゃなくて、普通の人間だと。


 同時にリゼは力なく腕をパタンと下ろして、足場を失った俺は地面に落ちて変な声をあげてしまった。

はじめまして。初投稿です。

拙い面ばかりかもしれませんが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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