第89話 続・お泊まり会っぽい話
令和初投稿です。今年号もよろしくお願いいたします。
勝者とは何か。敗者とは何か。それは人生における永遠の命題なのかもしれない。
少なくとも今、この綾瀬家の中に勝者はおらず、敗者のみが存在していた。
古藤がもたらしたホラー映画ショックはそれほどに凄惨な結果をもたらした。
彼女なりの気遣いか、ホラー映画は上映時間は30分ほどの中編作品だったが、長さはダメージに比例しないと思い知らされた。
まず、敗者1号……俺だ。普通に怖くてビビった。もう眠れないかもしれない。特に舞台が学校……高校生だったというのが感情移入を後押しして余計に……もう……明日学校行けるかな……行けてもトイレには絶対入れないわこれ。たった30分でも深いトラウマを刻みつけられるには十分すぎた。
が、この中ではダメージ的に見れば軽微な方かもしれない。
「もうやです無理です……どうしてこんな……もう寝れないです……」
ひたすらそんなことをブツブツ呟きながら、座布団で頭を隠しながらもギンギンに充血した目を見開いている好木幽が敗者2号。幽という名前だが彼女もホラーはアウトだったようだ。
背負った傷の種類は俺と同類のものだが、最初に感動映画と聞かされていた分、蓋を開けたらホラー映画だったときの落差は想像を絶するものだっただろう。ギャップ萌えならぬ、ギャップ恐れって感じだ。
今も、まばたきをしたときに出来る闇とか、まばたきを挟んだ瞬間にお化けが現れたら……という恐怖からひたすら目を見開き続けていた。気持ちは凄く分かるよ……と、僕は目を充血させながら思った。
「痛た……」
そして敗者3号は、その端正な顔立ちを僅かに歪めながら腕をさすっている綾瀬光だ。彼女は俺やゆうたとは違いホラー映画耐性は高いらしい。そりゃあ幽という名前の友人がいるだけのことはあるぜ。
しかし、それでも彼女も紛うことなき敗者だった。
「大丈夫か、随分赤くなってるけど」
「あはは、大丈夫です……まだちょっと痛いですけど」
そう苦笑している光だが少し無理して見える。
映画上映中、恐怖に震えるゆうたから抱き枕にされていたからな。それも、傍目からでもかなりの力で締められていたのは分かった。実際、光の腕には綺麗に絞められた痕が赤く浮かんでいた。火事場の馬鹿力と言うべきか……恐るべしゆうた。
「……鋼さん、ちょっとさすってもらってもいいですか?」
「いや、誰がさすっても変わらないだろ。自分のことは自分でやりなさい」
「む……鋼さん、やっぱり私の扱い酷くないですか」
「そんなことないだろ。ないない」
少し不機嫌そうに口を尖らせる光。いやーそんなに痛いのかー大変だなー。
さあ、時間は有限! さっさと次の敗北者の紹介に移ろうっと。
「ふんっ!」
「痛ぁっ!?」
的確にファニーボーンを殴られた……っ!?
俺が視線をそらした瞬間に腕を殴りつけてきた容疑者の綾瀬光は、まるで拗ねたみたいにそっぽを向いている。ていうか身体痛いだろうに無理するなよな……。
というわけで、痛みで正常な判断を失っていそうな光から距離を取り、今度こそ次の敗北者に近づく。
「おい、マシになったか?」
「うー……まだ、きつい……」
死体のようにカーペットにだらしなく転がる主人公様を足でつつくと、随分気怠げな返事を返された。
敗者4号はこの綾瀬快人君である。この男、女々しくもホラー映画を入浴を言い訳に回避しようとした結果、湯あたりをしてしまうというなんとも残念な状況に陥っていた。
自力で着替えまでやったはいいものの、脱衣所でぐったりしていたので、俺直々にリビングまで担いできてやったのだ。他者にまで迷惑をかける敗北者の屑がこの野郎。
流石に担いで2階の快人の部屋まで送るのは面倒だったため、この敗者の集うリビングで死体になって貰っている。そこまで手厚くやったらもう俺はタクシーだよ。親友モブでなく親友タクシーだよ。
「と、ここまではいいんだよなぁ……まだ」
4号まではまだ敗北に納得がある。俺とゆうた、そして快人は古藤のホラー攻撃によって敗北したわけだし、光はホラー耐性はあるものの、ゆうたの爆発に巻き込まれたので落ちコン方式で考えれば古藤にやられているみたいなものだ。
しかし、残った敗者5号……こいつに関してはどう扱えばいいか分からない。
「終わった……もうおしまいだ……」
テーブルにぐったりと項垂れ、敗者連中の中でもとびっきり陰鬱なオーラを放つ敗者5号。他の4人を敗者たらしめた最悪の加害者、古藤紬だ。
「いや、なんでだよっ!」
やっぱり何度見ても納得いかない。なんでコイツが一番マイナスオーラを出してるんだよ!?
「くぬぎっち、私はもう……駄目だぁ……」
「うるせぇな」
「くぬぎっちが冷たい……」
「胸に手を当ててよく考えろよ」
すっかり落ち込んだ様子の古藤に白い目を向ける俺。少なくとも今この場に古藤に同情する奴はいないだろう。おそらく快人さえも両手を挙げるはずだ。
俺は古藤のホラー布教癖を一度たりとも肯定したことはない。それでも古藤の人となりを分かっているからまだ納得がいく部分もある。
古藤はこの状況を見ているとただの悪い奴だが、普段は気のいい奴だし、俺は結構好きだ。友人としてね(精一杯のフォロー)。
だから今更こんなことで古藤のことを嫌いになったりしないが、この場には古藤のことをろくに知らない奴が一人いるよなぁ?
「どうしよう、くぬぎっち……嫌われたよね、完全に嫌われたよね、私……」
そう、それこそが古藤を今恐怖の渦に叩き込んでいる原因である。
「まぁ、嫌われただろうな。さっきあれだけ叫んでいたわけだし」
一切のフォローをせず、バッサリ切り捨てる俺。あ、やりとりしてて気が付いたけど俺も実は結構イラついてたっぽい。
すっかり涙目になった古藤の視線の先にいるのは、未だにガタガタと震えているゆうただ。
先ほど、古藤にホラー映画を見せられたゆうたは、まるで悪霊に取り憑かれたかのようにブルブルと震え、人間万力で親友の光を締め付けながら、大声で叫んだのだ。
――古藤さんなんて大っっっっっ嫌いです!!
その聞くもの全ての心を揺さぶりそうな魂のシャウトは古藤に効いた。ゆうたのマスコット的な魅力にメロメロになっていた分なおさらだ。
正直ざまぁみろとか、いい薬になったなとか思わなくもない。よくやったぞ、ゆうた。
「くぬぎっち、もう私駄目かも……お願い、フォローして……」
「おいおい、古藤。流石の俺も正解を誤解にすることはできないぞ」
「助けて、くぬえもん!」
「駄目なものは駄目だよ、むぎ太くん」
「うごごごご……」
まぁ、たまには痛い目に遭うのもいい薬になるだろう。古藤にはゆうたの他に鏡花という最近距離を一気に詰めた相手もいる。彼女にホラー映画を見せた暁には……どういう反応するんだろう。ちょっと気になるな……。
しかし、こうも全員やられてしまうとどこからフォローしていいか分からないな……こういうのは快人に任せるのが役割的にも画的にもいいんだろうけれど、生憎今は奴もケア対象だ。ここはまだ精神的ダメージの低い彼女に助けを仰ぐのがベストか。
「おい、ひか……」
彼女を呼ぼうとして、声を出した瞬間、ガシッと何かに力強く足首を掴まれた。
「うぎゃあああああああああああああ!?」
「ひあああああああああああああああ!?」
鳥肌が立つよりも先に悲鳴を出していた。先ほど見させられた映画にも幽霊に足を掴まれるシーンがあったんだ……まさか、もしかして……って、悲鳴が俺以外にも?
「って、お前かよっ!?」
俺の足をつかんでいたのは幽霊じゃなかった。幽ちゃんだった。
「お兄ちゃん……もうゆうは駄目です……今夜眠れる気がしません……」
「うん、そうだね。その気持ちはよく分かるけどいきなり足掴むのはやめて。心臓止まると思ったから。いや、実際多分僅かに止まってたから」
「ゆうだって突然叫ばれて心臓止まりましたですよ!!」
なんで俺が怒られてるのか、さっぱり分からないんだけど……。
「……んで、何か用かよ」
絶対ろくでもない用事だと直感しつつも、一応聞いてみる。するとゆうたは震えながらこちらを見上げて言った。
「怖いので一緒に寝てください」
「絶対やだ」
本当に碌でもない用事だった。
話が進まない問題
次話投稿は9日を予定してます。