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第88話 お泊まり会っぽい話

「ふぅいぃぁー……」


 湯船に肩まで浸かり、間抜けな声とともに大きく息を吐いた。シュワシュワと小さな刺激を与えてくれる入浴剤が擽ったくも気持ちいい。炭酸飲料に入れられた氷のごとく、溶ける……溶ける……。


 夕食のカレーに舌鼓、どころか舌盆踊りくらいの味覚の縁日を楽しんだ後、俺、快人の順で風呂に入ることになった。流石に野郎同士で風呂を共にするという発想には至らなかった。

 足を伸ばしたらいっぱいになる広さ、命蓮寺家のものに比べれば小さく、アパート備え付けのユニットバスに比べれば大きい、おそらく一般的なサイズの湯船だが、ここに二人は入れないだろう。あの三人はよく入ったな……。


「つーか、あいつらの入った後と思うとなんかエロいな」


 三人とも美少女とカテゴライズされるだろう。そんな彼女らがキャッキャウフフをした直後のこの湯船のお湯を例えば瓶詰めして売ったならそれなりに需要もありそうだ。既にこの椚木くんの身体から染み出るクヌギエキスによって台無しにされているがなっ!


「鋼さん」

「ハウマッチッ!?」


 突如、脱衣所から声を掛けられ身を起こす。なんだこの不意打ち。たとえ風呂においても常在戦場を意識しろということかっ!?

 声の主、その声色から光だということは察することができた。幸い、というか当然、脱衣所から浴室への扉は曇りガラスとなっており中を見ることは出来ない。

 しかし、俺が浴室から光の声色を認識するのと同様に、彼女も俺の慌てっぷりが分かったのだろう。クスクスと抑えるような笑い声が聞こえた。先輩を笑いものにするなんて悪いやつだ。


「……なんだよ」

「ふふっ、いえ。お着替えを持ってきたので」

「着替え?」

「兄のものですが、一応下着も」

「下着も!?」

「……まさか二日続けて同じ下着つけるなんて言わないですよね?」


 ゴゴゴ……とドア越しに威圧感が伝わってくる。別に二日連続だろうが、一週間ぶっ続けだろうが気にしないのに。


「念のため言っとくけど、わざわざ洗う必要ないからな、綾瀬妹」

「光です。アヤセイモウトさんなんて知らないので手揉み洗いしちゃいましょうか?」

「やめて! 本当にやめて光さん!」


 それは一般に公開処刑という。


「冗談です。最近は兄のとも分けるようにしていますし」

「よかった。安心した」


 流石に親友の妹にパンツを洗わせるのは双方に罰ゲームでしかない。


「鋼さん」

「ん」

「今日のカレー、どうでした?」


 用件は済んだろうに、立ち去らず話を続ける光。


「美味かったよ」


 実際食べている最中も散々美味い美味い言ったと思うがまだ足りなかったか。まあ、ご馳走して貰ったのは事実だし、それで少しでも満足して貰えるならいくらでも言ってやる心持ちだが。


「あと五万回お願いします」

「ごめん、それは無理」


 前言撤回。感謝ってのは言葉で表すもんじゃないよ、うん。


「冗談です。ごゆっくり」


 光はそれだけ言って立ち去った。最後笑ってたから機嫌は損ねなかったみたいだけれど……。

 よくよく考えてみると綾瀬家に泊まるってことは光とも同じ屋根の下で一晩過ごすってことだ。何とも表現しがたい妙な胸騒ぎがある。

 何も起こらず無事終了……なんてことがあればいいのだけれど、俺の身体は過去の経験からかそんなことはありえないと思っているようだった。



 風呂から上がり、快人のルームウェアを着てリビングに行くと、電気が消えていた。もう寝たのかとも思ったが、みんなはテレビの前に集まっているようだった。


「あ、鋼」

「お風呂、ご馳走様でした。何観てんだ?」

「……紬オススメの映画」

「げっ、それって……」


 思わず青ざめる俺。そして快人は既にその表情を青くしていた。


「ま、まだ始まったばかりだから。俺は風呂入るっ!」

「ちょ、待て快人!」


 逃げるように、いや文字通り風呂に逃げた快人を見送る俺の肩に、ポンッと柔らかな手が置かれる。


「まあまあ、くぬぎっち。座りなよ」

「いや、俺は」

「座りなって」


 この古藤さん、実は大のホラー映画好きである。嗜む程度などと自称しているが、無理矢理でも見せてくる布教活動は正に悪の所業と言っていいレベルで、快人は幼い頃から被害に遭ってきたらしい。

 快人、そして俺も共通してホラー映画は苦手だ。

 ああ、怖い。怖いですとも! 怪人が暴れ回り血が舞い散るみたいなのならまだいい。観ていて気持ちよくはないがまだ耐性はある。

 しかし、心霊ホラー、お前は駄目だ。言い知れぬ恐怖が、背筋が凍る気持ち悪さがある。以前、古藤さんに連れられ快人とともに最新映画を観に行ったが、その時なんて男同士のくせにお互い両手を握り身を寄せ合って震えたものだ。


 というわけで、出来るなら視聴は避けたい。なぁに、古藤はホラーを観て楽しみ、更にホラーで苦しむ他人を見て楽しむサイコSだが、今日は俺達を除いても二人も生け贄がいるぞ。それで満足してくれ。


「まだですかー?」


 しびれを切らせたようにソファに座っていたゆうたが声を掛けてくる。画面を見ると丁寧に一時停止されていた。


「ほら、くぬぎっち待ちだよ」


 ニヤリと古藤が笑う。駄目だ、ここで断れば古藤だけでなくゆうたまでが騒ぎ出すこと必至。そうなれば余計にエネルギーを消費し結局観ることになる。


「古藤、恨むぞ」

「期待してる!」

「化けて出ろってことか!?」


 遠回しに死を望んでくる古藤に押されるようにテレビ前に行く。もう逃げられない……。


「どぞ」


 ポンポン自分の隣を叩くゆうた。座れということなんだろうけれど、ゆうたがソファの中央、そして隣に光という時点で他に行く場所もない。

 不意にゆうた越しに光と目が合った。よくよく考えれば古藤と快人、そして光は家族ぐるみの付き合いなのだから、光も被害者のはず。しかし、彼女の表情からはこれからホラー映画と対峙するというのに恐怖は感じとれず全く平気そうだった。


「なんでもとても泣ける映画だそうです。まあ、ゆうは大人なのでそう簡単に泣かないですがー?」

「あっ……ふーん」


 騙されてる。

 はっきり分かったが俺は黙っておくことにした。結構泣いてるのを見るけれどそれも黙っておくことにした。


「じゃあ再開するよっ!」


 古藤がリモコンを持ち、テレビと俺達の両方を見られる脇に座り込んだ。ホラー映画と怖がっている視聴者両方を楽しむつもりらしい。貴族の遊びかよ。

 再生ボタンが押され、画面が動き出す。舞台は学校のようだった。まだ導入部分でホラー要素もないが、所謂ジェットコースターの最初の登りみたいなヒリつきがある。

 俺達を乗せた古藤プロデュース心霊ジェットコースターは発車したのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

活動報告にて今まで順次キャラデザを公開してきましたが、

本日、カバーイラスト、書籍版の追加書き下ろしを公開しました!


カバーイラスト、凄くいいので書籍に興味ない方も是非ご覧ください!

活動報告は下の方の作者マイページから行けます。


ついでに、感想とかポイント評価とかも気が向いたらよろしくお願いしますー!

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