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第87話 桃源郷と労働と

――くちゅんっ!


 一触即発の俺と古藤の空気をぶち壊したのはそんな、間抜けなくしゃみだった。

 風邪を引いたら大変と、予め沸かしていたらしい風呂場へゆうたを連れて行く光。お陰で場の雰囲気もリセットされ、かの古藤紬も晩ご飯の準備とキッチンに戻っていった。

 そして取り残されたのは……。


「さっ、快人。ゲームでもやるか」

「いや、テスト期間なんだから勉強した方がいいだろ」


 そうですね。そうでした。

 料理を手伝う腕はなく、勿論ゆうたを風呂に入れるなんて論外の役立たず二人は静かに大人しく勉学に勤しむ運びとなりましたとさ。めでたしめでたし。


「んー……」


 しかし、やる気が出ない。元々勉強は嫌いではないけれど好きでもない。テスト勉強なんていってもそのテストを受けない可能性が高く、徒労感もある。

 ソファに背を預け、単語カードと睨めっこしている快人の横で、俺はただぺらぺらと世界史の教科書を流し見ていた。


「疲れてるなぁ」


 そんな俺に快人が苦笑する


「まあ、後輩を拾うなんて一大事があったわけだしな」

「それさ、どういう経緯で幽ちゃんをうちに連れて来ることになったんだ?」


 そういえば電話では連れてくとしか言ってなかった。

 というわけで、カクカクシカジカ。


「なるほど。でも、気になるね、家のこと」

「踏み込んだって面倒なだけだ。家庭の事情なんてさ」


 大抵重くなり、かつ解決も難しく、安パイに思える着地をしても賛否両論になるものだし。

 しかし、快人の表情は曇ったままだ。きっとゆうたのことを可哀想と思っているのだろう。人が人を哀れむことに忌避感を覚える人も少なくないだろうが、黙って見逃すよりはマシだろう。出来ることなら俺も手伝うべきだろうが、いかんせん時間がない。


「まあ、何かあったらいつでも来いとか言っておいてやれよ。本当にヤバくなったとき相談出来るようにさ」

「それは鋼がいるだろ?」

「俺?」

「今日だって、幽ちゃんが頼ったのはお前だろ。それだけあの子もお前に気を許してるってことだろうし」

「……頼ったとか、そういうんじゃないだろ。偶々俺が見つけただけで」


 でもわざわざ俺の下駄箱前で待ってたし、外履きが残っていることも分かっていただろうから、実際そういうことなんだろうけど。


「あいつがどういうつもりだったかはさておき、次、同じことが起きても俺がその時近くにいるか分からないだろ」

「……どういう意味?」


 快人が顔をしかめる。俺としては変なことを言ったつもりはなかったが何か引っかかったらしい。


「今回は俺がまだ学校に残ってたけど、既に帰ってるってパターンもあるってこと」

「じゃあ後で鋼の家の住所を教えておくよ。いつでも行けるようにって」

「おいやめろ」


 そもそも今日、こうして綾瀬家の場所を知ったのだからそれこそ何かあればここに来ればいい。ゆうたにとって光が一番の親友であることは変わらないんだし……光?


「そういや……」


 キッチンの方を振り返ってみると、機嫌よさげに料理をしている古藤が見えた。隣に光の姿はない。


「快人、お前の妹遅くない?」

「幽ちゃんと一緒に入ってるんじゃない?」

「一緒に!?」

「一緒に!?」


 思わぬ回答に叫んだ俺に呼応して、キッチンで古藤が叫ぶ。地獄耳か?

 

「光ちゃんと幽ちゃんが二人でお風呂に!?」

「一緒にというワードだけで連想できることじゃないぞ……」

「シャラップ、くぬぎっち! そしてカモン!」

「んだよ……」


 呼びつけられ渋々古藤の元に行くと、彼女は俺に向かってお玉を突き出してきた。


「選手交代っ! あとはかき混ぜるだけだから! きっちり5分かき混ぜたら火止めて!」

「快人にやらせりゃいいだろ……」

「ホストに働かせる客がいる? あ、光ちゃんは料理してたか……まぁ、それはそれ! ぶっちゃけどっちでもいいしっ!」


 古藤はそう言ってエプロンを脱ぎ捨てると意気揚々と脱衣所に向かっていった。


「どうしたの?」

「お前の家の風呂ってそんなにデカいのか?」

「普通だけど……」


 のこのことやってきた快人は首をかしげながらも、床に捨てられたエプロンを見て、苦笑する。


「紬……なにやってんだ」

「覗いてきてもいいぞ。女子高生3人がキャッキャウフフが同じ屋根の下で繰り広げられていると思うと、色んなところが熱くなるだろ。俺は古藤から仰せつかったこの鍋を混ぜるという使命が残ってる……っと、今晩はカレーか。いいねぇ」


 インド発でありながらすっかり日本の定番料理として定着したカレーが今日のメインディッシュらしい。基本誰が作ってもそれらしい味になるが、料理力に定評のある古藤と光の合作ともなれば中々に期待も高まる。うーん、ナイススメル。


「いや、覗かないから」

「とかいって~。シャンプーが切れてるとか、タオル置いてないとかそういう仕込みをしてるんじゃないのぉ~?」

「してないよ。そういうところは光がしっかり管理してるから」


 ぐぬぬ、妹め。フラグブレイカーだったか。


「俺は皿でも並べるから、ほら、しっかり混ぜないと紬に怒られるよ」

「へいへい」


 大人しく鍋に向き合いゆっくりとかき混ぜるが……ああ、いい匂いだ。思わずつまみ食いしたくなる……がそんなことをすればそれまた怒られる口実になる。

 基本怒られたくない。誰だってそうだ、俺だってそうだ。だが……。


「なぁ、快人……」

「うん……」


 綾瀬家は一般的な一軒家だ。風呂は特別大きくないし、壁だって厚くない。防音設計なんてされているはずもない。

 そして、風呂の音ってのは思ったよりも響くもんで……。


「なんか、楽しそうだね……」

「ですな……」


 女子三人が入った、普通サイズの風呂から漏れてくる楽しげな声(何をしゃべっているかは流石に分からないが)をBGMに俺たちはなんとも言えない気分のまま夕餉の準備を続けた。

 誰かが楽しんでいる裏で自分たちは働く……これが労働かと思うと、人生の殆どを労働に捧げている大人ってやっぱりすごいなって思いました。

今回もお読みいただきありがとうございます!


キャラデザ第一弾を活動報告で公開しました。

まだの方は是非ご覧ください!


活動報告は下の方の作者マイページからいけるとかなんとか。

今後も順次アップしていきますが、投稿とはリンクしないかもです……申し訳ない。

投稿ペース上げると死んじゃうからね、仕方ない。

活動報告でアップした際はツイッターでも告知します。お気に入りユーザーに入れてても告知が来るんでしたっけ……そこはあまり詳しくないのですが。


フォロー、お気に入りユーザー登録は最新情報ゲットに繋がるチャンスです。

ほな、いただきます。

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