第85話 スメハラはNG
「ら……らっきょう」
「腕枕」
「ら……ら……ラッコ!」
「甲羅」
「ら、ら、ら……ラップ! です!」
「プロペラですー」
「ンガーッ!」
「おい蹴るな馬鹿」
激昂するゆうたをいなしつつ歩く。
雨が降ってるのに危ないよなぁ。
「なんですか! らに恨みでもあるですか!」
「基本戦術じゃねぇの? 知らんけど」
「ランプッ!」
「プリマベーラ。どっかの国の言葉で春だったかな」
「日本以外なんて反則です!」
「ランプも日本語じゃないだろ」
ゆうたが暴れる度に傘から水が跳ねてくるのが鬱陶しい。
「ラジオ!!!」
「おなら。なぁ、お前から仕掛けといて言うのも悪い気がするんだけど……まだ続けるのか?」
「……もういいです。いじわる。ら族」
「それ別の意味になるから。俺ちゃんと着てるから」
人を露出狂扱いしてくる後輩にクレームを返す。
まったく、近頃は露出狂に襲われる後輩もいるし、なんならその露出狂も知り合いだったし、なにかと露出狂に敏感な時期なんだ。
「ぷくくっ! くですよ、く! ああ、思い付かないですかー? やっぱり雑魚ですか! ああっもう時間制限ですよー? じゅーきゅーはち……」
そっちかよ。
「裸族……クジラ」
「むぎーっ!」
いよいよ殴ってきたゆうたの手を押さえ、歩を進める。端から見ればそれぞれ傘を持ちながら手を繋いでいるみたいだけれど……誘拐疑惑で通報されたりするんだろうか。
「それで、お兄ちゃんの家はまだです?」
「向かってんの俺んちじゃないぞ」
「ええっ!?」
露骨に驚くゆうた。オーバーなやつだ。何も今初めて言ったわけじゃ……あるね。あるわ。今初めて言った。
「流石に俺の家に連れてはいかないだろ。お前は見た目小学生だからそれこそ拉致誘拐を疑われるし、実際は一個違いなんだから風紀的にも良くないし」
「欲情すんなです変態」
「してねーよ! してたら自分ち連れてってるわアホ!」
いや、それもおかしいけれど。
「ど、どこですか。まさかよからぬ所に連れて行って売り飛ばすつもりです……!? それか保健所に連れて行って殺処分です……!?」
「お前俺をなんだと思ってんの?」
そんなヤバい奴だと思ってるならなぜ頼ってきたし。
ただ、ゆうたが不安になるのも分かる。こいつはこう見えて極度の人見知りだし、知らない相手の前では不安で夜も眠れないだろう。
「ちゃんとお前の気の許せる相手の家だよ」
「え……つまり光ちゃんの家ですか!?」
「……」
「なぜ黙るです!?」
勘の良いガキは嫌いだ……いや、ヒントを出し過ぎた俺が悪い可能性も高い。馬鹿だと思って油断した……。
その後、ギャースギャースと騒ぐゆうたをガン無視し、歩くこと体感5分程。
「ほーらーっ! やっぱり光ちゃん家じゃないですかーっ! 表札に綾瀬って書いてあるですよっ!」
「光ちゃんさん以外にも綾瀬さんはいるでしょう。ここがその綾瀬さんの家だとは限りませんよね?」
「でもこの間来たときと同じ家です!」
「この短期間で引っ越したかもしれません。そして、別の綾瀬さんが光ちゃんさんの家だったここを買ったかもしれませんよ?」
「た、確かにっ!! じゃ、じゃあここは光ちゃんの家じゃないですか……!?」
あ、やっぱり馬鹿だ。
「いいんだよ。ゆうちゃんはまだ子どもだからね。よしよし」
菩薩の心で笑顔を浮かべ、ゆうたの頭を撫でてやる。ははは、やっぱり馬鹿だ。ばーかばーか。
「調子のんなです」
「いだぁっ!」
頬を膨らませたゆうたから平手を顔面にぶつけられた。イズディスジャパニーズ・ヒラテ……!?
頭を撫でるために身をかがめたところを狙い澄ますとは……やはり、策士……完璧にデザインされたプレーだ。
「でも、いいですか? いきなり押しかけて……」
「事前に兄貴の方に電話して了承貰ってる。第一俺んちじゃ濡れた制服も一日じゃ乾かせないからな」
「ああ、湿気がベトベトと……」
「乾燥機が無いからだよっ!」
誰もカビと同棲してなんかいない!
「ちなみに今だから言うですけどこのジャージも……すんすん、バッスメです」
「お前本当に今更だな!? 貸してやったのに失礼だし!」
「だからこれまで我慢してやったです。感謝されてもいい案件ですよ?」
「なんで俺が感謝すんだよ! 返せ! すぐ返せ!」
「はぁ~やれやれ。お兄ちゃんは変態ですね。こんな屋外で服を脱げなんて正気の沙汰とは思えないです。でももうこれはゆうの物なので返せないです~。諦めて大人しく新しいジャージを買うがいいです」
「なんであげたことになってんだっ! 俺の名前入ってんのに何に使うつもりだよ!?」
「パジャマにです!」
「バッスメじゃねーのかよ!?」
こいつ、完全に舐めてやがる……! ぐるぐるに丸めてバスケットボールにしてドリブルしてやりたくなるぜ……できんけど。
「ほら、よく言うですよね。ゴミに囲まれていると落ち着くとかなんとか」
「それゴミ屋敷の人の話だろ」
「なるほど、詳しいですね」
詳しいとかそういうんじゃない……ん?
「おい、俺の家はゴミ屋敷じゃないぞ」
「えっ……?」
「なんだその意外みたいな反応! そんな臭いかそれ!」
あまりにイジられると不安になってくる。自分の臭いには自分じゃ気が付かないというし……。
「鋼? 何騒いでんの?」
不意に声を掛けられた。瞬間、びくぅっとゆうたが肩を震わせ飛び掛かるように背後に回った。傘がぶつかって痛い。
「よっ、快人」
「入らないの? 光と紬がいるはずだけど」
「古藤も?」
「うん……まあそれは後で。雨の中喋るってのもしんどいし、さっさと入ろうぜ。悪いけど開けてくれない?」
快人がそう、片手に持った大きな買い物袋を上げて主張する。
なるほど、買い物帰りのようだ。俺は頷いて快人のズボンのポケットから鍵を抜き、代わりにドアを開ける。
「サンキュ」
「そりゃあこっちのセリフだ。突然押しかけることになって申し訳ないと思ってる」
「問題ないよ。光も二つ返事でいいって言ってくれたから」
「そっか……助かるよ」
快人に礼を言いつつ、俺の後ろに隠れたままのゆうたの頭を軽く叩く。
「ほら、光の兄貴の快人だ。いい加減慣れろよ」
「……よろしく、お願いしますです」
「うん、よろしくね幽ちゃん」
ニッコリと爽やかなスマイルを眩しそうに見詰めるゆうた。これは意外とゆうたのヒロイン昇格の可能性もあるのでは……?
「い、イケメンは落ち着かないです。お兄ちゃんくらいが無味無臭でちょうどいいと言うですか」
「おい、どういう意味だそれ。俺のことバッスメ言うてたやろがいっ」
「では無味悪臭で」
「わざわざ悪く言い直すなっ!」
やはりこいつの性格的にヒロイン昇格は難しいかもしれない。いや、まだほんの僅かに可能性はあるかもだけど。
玄関に入ってもそんな不毛なやり取りを続ける俺達を見ながら、肝心の主人公様は「仲良いなぁ」などと呑気に苦笑していた。




