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第84話 ぬれねずみをひろった!

 好木幽。

 そう、あの小さな少女は一年の好木だ。それが何故か俺の下駄箱の前に座り込んで泣いている。

 周囲に人の気配は無い。彼女だけが、雨音だけが響くこの昇降口にいた。


「おい、ゆうた」

「ひっく……ふぐっ……」


 軽く呼びかけてみたが、反応しない。

 なにかと泣くイメージの彼女だが、やはり人が泣いている状況というのは何度出くわしても慣れるものじゃない。触れないが吉、ということも分かるけれど、ほっとくわけにもいかないだろう。彼女をどけなければ俺の下駄箱は塞がったままなわけだし。


「おい、お前なにやってんだ。告白でもして玉砕したか」


 ため息交じりに彼女の肩を叩く。

 濡れた、冷たい感触。気にしていなかったが、彼女は全身びしょ濡れになっていた。今外で降り続いている雨に打たれたみたいに。


「お兄ちゃん……」

「お兄ちゃんじゃない。椚木先輩だ」

「椚木先輩……」

「……お前、本当に大丈夫か?」


 どこかぼーっとした様子のゆうたの体を揺さぶろうとして、止める。

 下手すりゃ風邪をひいているかもしれないが、まだひいていなくても濡れたままだと時間の問題だ。


「何があったか知らないけど、着替えた方がいいぞ。体操着とか持ってねぇの?」

「ないです……全部、家に……」

「しゃーない、貸してやる」


 ゆうたを両腕で抱きかかえ、2年B組に向かう。

 嚶鳴高校には各教室にそれぞれ生徒各自にロッカーが与えられている。ロッカーはダイヤル式となっていて、開けられるのは当然自分のものだけ。ゆうたが着替えを持っていない以上、開けられるのは俺のロッカーのみ。生憎俺はジャージを置きっぱなしにしているし、取りあえずの応急処置に着替えさせるのはうってつけだ。

 早急に教室に行き、ゆうたをイスに座らせた後ロッカーを開ける。流石俺、ジャージは置きっぱなしにしてあるし、タオルもおあつらえ向きに未使用のままだ。


「汗の臭いはしないし、まあこれでいいだろ。おい、これに着替えろ」

「誰のジャージですか……」

「俺のだよ、文句言うなよ? ほら、俺は廊下出てるから着替えたら声かけろ」

「ぼはっ」

 

 ジャージをぶん投げ、見事命中し変な声を上げたゆうたを背に、教室を出て廊下に座り込む。

 この間に職員室とか、保健室とか大人に預けるために行った方がいいかとも一瞬思ったが、万に一つ、ゆうたが着替え中にぶっ倒れでもしたら大事だからな。

 俺は紳士的だが紳士ではないので、覗きはしないが音は聞く。ぶったおれたり、気絶したり、なにか起こったときに即座に反応できるようにしているだけだが、耳を澄ませば衣擦れの音なんてものも当然聞こえてくる。

 でも相手はゆうただからな、ムフフな気分になりようもない。実年齢は一個下でも見た目は小学生くらいの子どもだし……。


「なにか失礼なこと考えてるです?」

「うおっ」


 教室から首だけだし、半目で睨んでくるゆうた。コイツ、心の声を直接……!?


「って、着替え終わったのか」

「はい」


 見ると、しっかりジャージ姿になっていた。体も拭いて、顔色も悪くないし、どうやら体調は問題ないようだ。


「ぶかぶかです」

「そりゃそうだろ。こちとら高校生、そちらは小学生」

「ゆうも高校生ですっ! ああ、歩きづらい……」

「裾折ればいいだろ」


 無駄に袖を振ってオーバーサイズをアピールしてくるゆうた。彼女はどこか楽しげだが、対する俺は余計な心配をした分そんな気分にはなれない。さっさと適した対応をして、帰って寝たいところだ。


「んで、どうしてあんなところにいたんだ」

「話せば長くなるですが」

「お前本当に俺の心読んでるの? 手短に頼む」

「実は鍵を忘れたです」

「……は?」

「鍵を忘れて家に入れなかったです」


 曰く、家に向かってたら雨が降り出し、駆け足で帰ったものの鍵を忘れたことに玄関前で気が付きUターンしてきたらしい。徒歩30分ほどの距離を。

 それを受けたぼくの感想がこちら。


「お前馬鹿?」

「酷いです!」

「酷くねぇよ! なんでお前のドジに付き合わされなきゃいけなんだ俺は!?」


 なんとも酷い結末だ。

 なにかやばいことでも起きているのかと心配してみれば、結局全てコイツに始まりコイツで終わっていることだったのだ。俺が冗談で言った告白失敗のショックで云々なんて方がまだマシに思える。


「帰る。傘は置き傘からこっそりパクるか、職員室行って貸し出し用を借りるかしてくれ」

「実はそうはイカの八丁味噌和えなのですっ」

「はあ?」

「実は……インキーでして」


 陰気? じゃなくて、インキー。

 即ち、鍵は屋内にあるのに本人は閉め出された状態を意味する。


「学校に鍵忘れたんじゃないの? だからわざわざUターンしてきたんじゃないの?」

「鍵は家の中です。私より後に家を出たお母さんが閉めているので、どうしようもない状態です」


 やれやれ、と首を振るゆうた。君それ自分のことだからね。


「じゃあ親に連絡しろ」

「……それは駄目です」

「なんでだよ」


 ゆうたはぎゅっと唇を絞め、更には両手で口を覆った。過剰防衛じゃないだろうか。


「先生に言って連絡させることも出来るぞ。てか、するぞ」


 そんな俺の提案にも、人差し指を交差させ、バツを作って拒否する始末。


「じゃあどうすりゃいいんだよ。置いて帰るぞ」

「……泊めてください」

「はぁ?」

「泊めてくださいっ! 1日だけでいいですからっ!」


 やけに必死な様子のゆうたに俺は若干気圧されてしまった。彼女は何かを怖れているように思える。それが何か……なんとなく俺には分かった。彼女の話しぶりもそうだし、それに……。


「……分かった」


 結局、頷くしかなかった。

 なんだかんだ、頷いてばかりだ。俺が俺の意思で断れたことなんて数えるにも値しないほど僅かだろう。こういうのを俺に期待しないで欲しいのに……ん、待てよ? こいつは何も俺の家に泊まるのがマストじゃない。今晩の宿さえあればいいわけだ。だったら……。


「ゆうた、お前の望みを叶えてやる。つまりはお前は今晩の宿を見つけ、明日、何事もなく家に帰りたいというわけだ」


 つまりは、親にバレないように。


「そうですけど……」


 何故か胡乱げな視線を向けてくるゆうた。なんだよ、こちとらお前の意を汲んで従ってやろうというのに。


「お前の事情はなんとなく、想像している程度だがそこに踏み込む気はない。お前も易々と踏み込まれたくないだろ?」

「はいです……でも、お兄ちゃんになら」

「そーだな! お兄ちゃんになら言ってもいいかもなー! でも俺お兄ちゃんじゃないしなー聞かない方がいいなー!」


 何故か言う気になってきていたゆうたの言葉を遮るように大声を上げる。

 おそらく、ゆうたの抱えているのは家庭的な不和だ。親との確執、高校生にとっては珍しくもない悩みだが、他人が踏み込めば泥沼でしかない。

 ましてや、親を持たない俺などでは暖簾に腕押しもいいところである。


「じゃあ、行くか。お前傘は置いてあるのか?」

「持ってないです」

「じゃあ適当に傘立てに置いてあるのパクるか」

「それ、いいですか?」

「さっき見たら雨降ってるのに置いてあるのあったし、そもそもあそこに放置してる時点でパクってくださいと言っているようなものだ」

「不良です」

「明日返しゃいいんだよ」


 じとっと睨んでくるゆうたの視線を受けつつ、開き直る俺。

 治安がいいとされる嚶鳴高校であってさえ、無言の傘の貸し借りは行われているし、こんなので不良なんて言うのは不良さんに失礼だろう。

 そもそも俺があそこに献上した傘は1年から累計して片手を超える数だ。それを突発的に2本借りるくらい、等価交換を常とする錬金術師でも頷くだろうよ。


「俺は1本電話するから、お前は帰り支度しろよ。びしょ濡れの制服は……ほら、これにでもいれとけ」


 コンビニ袋を手渡し、彼女が準備している間に電話を掛ける。電話帳を開くまでもなく暗記している11桁の番号を入力し耳に当てるとすぐに繋がった。


「あっ、俺俺。ちょっと急な頼みなんだけどさ……」

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