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第82話 生徒指導室の主

 コンコンっと手の甲で職員室の扉を鳴らす。

 この学校だけかは知らないけれど、テスト一週間前は生徒の職員室出入りが禁じられている。まあ、この時期は教師連中もテスト準備で忙しく職員室にもテスト問題を導き出すヒントがごろごろしているというのは容易に想像がつくし、妥当だろう。


 ちなみに、ビジネス的とか敬う相手に対してのノックの正式回数は四回だという。それが親しい相手になれば三回。トイレのドアは二回と減っていく。トイレの方が友人より親密度は上だった……? がさつな母親はノックせずに入ってくるらしいからあながち否定も出来ないところだ。


 というわけで、俺は親愛を込めてノック二回に留めておいた。健全な教師と生徒の関係を目指せば本当はゼロ回でも良いくらいだと思うが、ノックしないと怒られる。気を付けて、先生と生徒は友達じゃないよ。


 ちなみに、テスト期間は職員室への生徒の入室は認められていない。カンニング防止のためだ。基本治安がいいとはいえ、進学校だからこそ高成績を求めて不正を……というスケベ心は生まれるものかもしれない。


「椚木ですけど、大門先生いらっしゃいますか?」


 出て来た先生に大門先生を呼んでくれるよう頼み、待つこと数十秒。


「なんだ……」


 死ぬほど嫌そうな顔をした大門香純先生閣下が姿を現した。が、俺は思わず目を丸くして彼女の全身を流し見る。


「珍しいですね、ジャージ姿なんて」


 普段はスーツをパリッと着こなすデキルオンナな担任だが、今は学校指定の教員用ジャージを身に纏い、どことなく澱んだ空気を放っていた。


「……動きやすいからな」

「ああ、よく分かりませんけどテスト前は先生方皆さん忙しそうですもんね。テストの準備もあるのに生徒から質問受けたりとか……あれ? でも去年とかちゃんとスーツでしたよね。というか、朝もさっきもスーツだったしわざわざ着替えたんですか? それじゃあかえって面倒なんじゃ」

「……」


 むっと口をへの字に曲げる先生。痛いところついたか、ついちゃったかこれ。


「ははん、さては」


 ここで名探偵俺がとある仮説を構築する。ゲスの勘繰りともいう。


「な、なんだ」


 嫌な予感が過ったのか先生の口元がヒクつく。その反応で俺は仮説を確信に変えた。

 ジャージ姿、澱んだ雰囲気と普段とはまるで違う先生を生み出した理由はやはり、


「先生、さてはせい……」


 全てを言い切る前に手で口を塞がれた。吐き出そうとしていた息を強制的に止められ苦しい。


「何か、クソみたいなことを言おうとしたな、お前……!」

「もがもが」


 そんなことないですよ、という思いを込めてもがもがしておいた。

 しかし伝わったのか伝わってないのか、先生は俺の口から手を離してはくれたものの、頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。アイス食べすぎて頭がキンキンしてる子どもみたいな感じだ。


「ああ、もう何なんだお前……クソ忙しいのに呼び付けてまで面倒な絡みしてきて……」

「どんまいです」

「お前もう帰れ……!」

「いやいや、先生。まだ何も用事済んでませんから。とはいえ……」


 辺りを見渡すと他の生徒、ならびに生徒の質問に答えていた先生方らの視線が俺と担任に集まっていた。


「うぐっ……場所を移すぞっ」

「イエッサー! いや、イエスマム? でも先生は母じゃないしなぁ」

「どっちでもいい!」


 俺の腕を掴み歩き出す担任。人の居ないところに行くのは都合がよろしいので大人しく従って歩き出す。


「テスト前くらい大人しく出来ないのかお前は!」

「なんか注目されちゃいましたね。すみません」


 主に騒いだのは先生の方だと思いますけどね。

 そのまま連れて来られたのは今やマイホームとなりつつある生徒指導室だった。

 ポケットから鍵を取り出し、解錠する先生。どことなく手慣れている感じだ。いや、鍵を開けただけだけど。


「鍵、持ち歩いてるんですか?」

「この部屋を使うのは私だけだからな」


 主にお前のせいで、と恩着せがましく仰った先生に軽く会釈して定位置に。すっかり慣れたものだ。

 そして同じく対面に腰を下ろした先生はぐったりと机に項垂れると大きく溜息を吐いた。


「お疲れですね」

「誰のせいだ、誰の」

「……すみませんでした、さっきは。ああいう公衆の面前で言うことじゃなかったなぁと」

「……分かればいい」

「でも実際、先生も大変ですよね。こんな時期に。快人達も参ってるみたいでしたし」

「快人? 綾瀬?」


 目を白黒させる先生。何故そんな反応なのか分からず、俺も困惑してしまう。


「いや、えっと……ああ。快人のやつ、結構モテるんですよ。あと桐生とかも、恋愛ニュースとかで忙しそうにしてまして」

「お前、もしかして」

「先生も生徒から告白されて困ってたんじゃないですか? だからあえてだらしない格好をして幻滅させようと……先生?」


 反応が無い。疲れているのは確かなようだったし、寝てしまったのだろうか。

 そんなことを考えて顔を近付けると突然顔を上げた先生の手に両頬を挟まれた。


「それじゃあ、さっき廊下で言おうとしたことは」

「えと、生徒からの告白に参ってますね、という……」

「紛らわしいんだよ、お前は!」

「いでぁっ!?」


 今日一のお叱りに、プラス頬を抓りあげられる。痛い。

 怒り半分、羞恥半分といった様子で顔を真っ赤に染める担任アラサー。何が紛らわしいのかイマイチ分からないけれど、きっと大人の女性には男子高校生では分からない悩みがあるのだろう。


「ったく……だが、そうだな。お前の言うとおり、生徒から告白されて参ってるんだ」


 しかし、先生の方から諦めたようにゲロった。落としの名人かな?


「でも先生、渡りに船じゃないですか? 独り身ですし」

「馬鹿言うな。無理に決まっている」

「それは外聞を気にしてのことですか? それとも男性として見て?」

「生徒を異性として見る気などさらさら無いが、両方だ」

「ま、そっすよねぇ」


 教師と生徒なんて憧れのシチュエーションかもしれないが弁解の余地なく御法度だし、10歳以上年下に告白されても困るだろう。

 俺の場合を仮定すると相手は……小学生低学年? お巡りさん、俺です、なんて状況になりかねない。


「というか、何故私はこんなことをお前に言わなきゃいけないんだ」

「まあそこは落としの名人ですから。それにストレス溜め込むのもよくないでしょう? 今のうちに吐き出しておきましょうよ」

「この状況の一端はお前のせいだろうが」

「え?」


 俺が一体何をしたというのだろう。告白ブームみたいなもんには俺自身戸惑っているし、仕掛け人と思われているなら酷い誤解だ。俺が生徒達を先生にと焚きつけたという事実もないし……。


「お前にうっかりフリーだと口を滑らした私が間抜けだったが、大っぴらに吹聴して回ったお前も悪い」

「あ、ああ……そのことですか」


 100%俺が悪かった。

 いつからか、入学してすぐくらいからかな。担任の大門先生にちょっかいを掛けることで俺は女にだらしない系のキャラを確立した。当時は何かと彼女に告白まがいのことをしていたので先生も俺を嫌っていたことだろう。

 その中で、先生が非彼氏持ち……フリーであることも知ったというわけだ。


「その節はすみませんでした」

「今も迷惑を掛けられているけどな」

「すみません……」


 込み上げる罪悪感。どうせ明日には忘れてしまうのだろうけど。

 当時……というか今もだけれど、俺は周りを碌に見ていなくていろいろな人を傷付けたり、迷惑を掛けたりしていたけれど、先生もその一人だったわけだ。

 俺達生徒にとっては彼女は頼れる大人で、守ってくれる先生で。ただ、近年はやたらと教師を貶めるような騒がれ方を見かける。やれ体罰だの、やれ淫行だの、生徒は被害者、教師は加害者、そう見える構図が容易に出来上がってしまう。

 俺みたいなクソガキが教師に告白するのは無罪、しかし仮に先生から生徒に愛の告白でもしようものなら、明日には先生は先生でなくなるかもしれない。


 ラブコメはあくまでラブコメだからいい。現代社会でラブコメをやるにはあまりに息苦しすぎる。自転車二人乗りも禁止されているし。


「まあ、いいさ。手の掛かる子程可愛いなんてのは、そう思わなけりゃやってられないっていう思い込みからのものだと思っていたが、実際その通りだったからな」

「えと……」

「まあ、問題児というにはお前は可愛らしい部類だろうが」


 先生はそう微笑み、頬杖をつく。とてもリラックスした表情で。


「この学校の子達は良くも悪くも真面目だからな。お前みたいにだらしない奴が一人や二人居た方が張りがあって良い。それこそ綾瀬や、最近は桐生、それに一年の好木も、お前に影響を受けているようだし」

「影響……それは良い意味で? 悪い意味で?」

「それは彼ら自身と、彼らの歩む人生が決めることだ」


 それらしいことを言う先生。煙に巻かれている気もするが、正しいとも思えた。

 快人は彼女を、いい先生だと言った。俺はそれを口では否定したが、本心ではやはり快人と同じ意見だ。

 本人は怒るだろうけれど、親のいない俺にとって、良識のある大人を学ぶモデルという意味で、親愛に近い好意を抱いている……のかもしれない。こればかりは、自分のことながら推測程度のものになってしまうけれど。


 けれど、もしも先生も似たような、それこそ特別な想いを俺に向けてくれているとしたら。

 俺がこれから彼女に伝えることは彼女を苦しめてしまうかもしれない。それが悲しく、少し、嬉しい。

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