第8話 ハチミツの方ください
昼休みっ! 渡されたプリントは十分の一も終わってませーん!(開き直り)
流石の先生もずっとは見張っていなかったようで途中から消えていたので適度にサボりつつ、取りあえずパンでも買おうと購買に向かった。
「はーい、押さない押さない!」
購買のおばちゃんの声が響き渡る、相変わらずテンプレ感満載の購買の風景である。そして……
「ふぇぇ……」
またいたのか、このチビ。
二日連続で学が無いとはこのことだ。
相も変わらずチビは荒れ狂う人々の群れを涙目でおろおろと見ていた。
まぁいい。チビは無視だ。さっさとパンを奪取し、ダッシュで生徒指導室に戻って脱臭だ!(謎)
「ん?」
いざ行かんっ!と決意を決めたところで、制服を掴まれていることに気が付く。見ると、
「あの……」
ぎゃああああああああああああああああああ!?
チビだ! チビがいる! 取り憑いている! 俺に!
「は、離せ!」
「助けてくださいっ!」
「ド直球!?」
「お恵みをです!」
「その訳わかんない文法の敬語やめろっ! 馬鹿が移る!」
「ゆうは馬鹿じゃないです!」
「やめて! 同類だと思われるからやめて! 買う、買ってくるから! 恵むですから!!」
数分後、
「ど、どうぞ、お納めください・・・」
「ふっ、くるしゅうないです」
「どうして俺がこんな目に」
一つのパンの確保でも難しい不景気な今日この頃、二つももぎ取ってきた俺を傍目に安全圏で落ち着いていたチビは偉そうに言ってくる。
「ゆう、そのハチミツの方がいいです」
「我儘すぎません?」
「お金は払うですから」
「それは前提なんだよなぁ」
「ハチミツの方ください」
「わーったよ」
何がこいつをそれほどまでに突き動かすのか。
渋々、「ハチミツとマーガリンがサンドしてあるコッペパン」(これが正式名称)をチビに渡す。対価としてチビは100円を手渡してきた。あの、これ、税抜価格……
「さぁ、行くですよ」
「行ってらっしゃい、俺は帰るから……」
「何言ってるですか? 一緒に食べるですよね?」
「はぁ? 頭湧いてんのか、このゆうたが」
「ゆうた? ゆうは女の子ですよ?」
「うっせー! 恵んでもらうことしか能がないお前なんてゆうただ! ゆうたで十分だ!」
世界中のゆうたさんごめんなさい。チビみたいなやつの引き合いに出されて。ほら、チビも謝れって。
「ゆうはちゃんと名前があるです! ほらっ!」
そう言って学生証を見せてくるゆうた。
デカか?
そこには1年A組「好木 幽」と書いてあった。
「おなこぎ……フリガナふっとけ!」
「よしきですよっ!? よしきゆうです!」
「オーケー、覚えた。ゆうた」
「覚える気ないですね!?」
「物乞いのお前はゆうただ。後輩のくせに先輩様をパシらせるなんてふてえ野郎だぜ」
「先輩だって知らないですし」
「お前一年なんだから学校には同輩か先輩しかいないだろ、同輩もパシらせんなよ。チビのくせに」
「身長気にしてるですから言うなです!」
ピーピーギャーギャー騒ぐゆうたに辟易しつつ、もう無視した方が早いんじゃないかなと思い生徒指導室へ向かう。
が、
「あれ?こっちって教室じゃないですよね? どこ向かうですか?」
「ついてくんな」
と言っても聞かないゆうたはまるで友達かのように横を歩いている。鬱陶しいが追い払ってもまた押し問答になるだけだ。ここは少しビビらせてやるか。
「俺の居場所はここヨォ……」
辿り着いた先で、ずびしっ、と親指でニヒルに生徒指導室を指した。悪い顔を浮かべるのも忘れない。
「せ、生徒指導室っ!?」
びっくりどっきりな反応を示すゆうた。
「獄卒だったですか!?」
「獄じゃない。ちなみにまだここの住人だから卒でもない」
「空虚なんですね、可哀想……」
「何!? なんで俺哀れられてるの!?」
何気ない一言で傷つけられた俺をよそに、ゆうたは何の遠慮も無く生徒指導室のドアを開け入っていった。
「へー、こんな風になってるですねぇ」
「何当たり前のように入ってるの?」
「意外と片付いているですね」
「住んでないからね!?」
一時的に入れられているが在住ではない。ここ重要。
「おやまぁ、大量のプリントが」
「見つけてしまったか。勘のいいガキは嫌いだよ」
「さしずめ、遅刻を繰り返し怒りに支配された先生にここに閉じ込められ延々大量のプリントをやらされている、という感じですね。それも国語古文漢文が夢のドリームマッチ……大門先生によるものですね」
「勘良すぎちゃう?」
「つまり、ここで導き出される答えはただ一つです!あなたは、2年B組!」
「お、おう……」
そこドヤるとこ? うちの担任(今明かされる衝撃の苗字:大門)から推理したんだろうけど。
「あってますです?」
「あってるよ、2年B組だ」
「よかったです。10パーセントくらいの確率で担任の仕業でない可能性もありましたですから」
「それがどんな統計を元に算出した確率なのか聞いてみたいわ」
ゆうたは満足したのか俺が座っていた席に着座し、コッペパンのビニールの封を切る。
「さぁ食べますですよ。お昼休みは有限ですから」
「ソダネー」
もう逆らうのも面倒になってきた。
モグモグTIME、突入! 乾燥剤の取り忘れにはお気を付けください。
ちなみに、俺が持ってる方は「よくあるクリームパン」(正式名称)である。誰が買うの? 答え、俺。
「ところで」
「食べながら喋るとはお行儀の悪い奴だな」
「先輩のお名前は?」
「椚木鋼」
「あっさり言ったですね!?」
「それに驚かれるのに驚きだよ!」
「先輩は捻くれに捻くれを通り越した人だと認識してるですから」
「お前、心底俺のこと馬鹿にしてるだろ」
「まあでも、覚えました。椚木鋼さん、椚木さんですね」
名前を覚えた程度でドヤ。
昨日初対面でここまで舐められるのは初めてだヨ……
もう怒りを通り越して呆れてきた。
「ところでゆうた」
「何ですか」
「お前、1年A組ってことは、綾瀬光と同じクラスか?」
「光ちゃんですか? 同じです」
「じゃあ少し聞きたいことがある」
――そして時は流れ……
「ホラーっ! また2対1になっただろ!?」
「ぐぬぬ……もう一回です!次は違う結果になるですよ!」
「……お前ら、何をしている!」
「何してるって、見りゃ分かるでしょ。ババ抜きを二人でやると最後は必ず2枚と1枚になるの法則を……アレ?」
トランプの真理を探求する俺たちを気が付くと先生が見下ろしてきていた。
それで状況を察する。もしや俺……またやらかした?
「おい、ゆうた、今何時だ?」
「えーっと、14時半です……って、もうとっくに5時間目始まってるですよ!?」
「知ってるよ! お前、チャイム鳴ったときに授業行けって言ったら、今はこちらが大事です! とか言って聞かなかっただろ!」
「イ、イッテナイデスヨー」
「先生! こいつです! こいつのせいなんです! サボっていたわけじゃ!」
「卑怯です椚木さん! 大門先生、ゆうは椚木さんに強制されたです! 悪いのは全部この人です! スメハラです!」
「てめー! 俺は臭くねえ!」
「いーや臭いますですよ! プンプンです!」
「臭くない! むしろナイスメだろ!」
「スンスン、はいバッスメ~」
「カッチーン……」
この糞ガキ……もうおこだよ? おこだかんね!?
生意気ゆうため、ここで決着を付けてやる!
「それはいつまで続けるつもりだ?」
「ぇ」
「ぁぅ」
忘れていた……わけじゃないんですよ、ええ。
気持ちのいい、あまりに清々しいスマイルを浮かべる先生を前に凍り付く俺とゆうた。
「覚悟は出来ているんだろうな、椚木。それにお前は1年の好木だったな」
「は、はひ」
「名前、把握されてるです……」
「まあいい。好木は教室に戻れ」
「はいです! 教官!」
「なっ!?」
まさかのチビは無罪放免。そそくさと去っていったゆうたに納得がいかず、俺は思わず叫んでいた。
「不公平です! なんであいつだけ!」
「不公平?」
「あ、いえ」
「どうやら、このプリントじゃあ足りないみたいだなぁ?」
「へ、へへへ……」
そこから先は記憶がない。
ただ気が付けば夕焼けを通り過ぎ、すっかり暗くなった生徒指導室にいて、大量のプリント(処理済み)が机の上に積んであった。
しばらくぼーっとしていたが、クラクラする頭でなんとか職員室にプリントと生徒指導室の鍵を届けると、残っていた先生から担任はもう帰ったと聞かされた。
あんのババァ!!