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第79話 第何かのモブ

遅くなりました(報告)

 敵役モブとは即ち、必要悪である。

 基本的にはジャンル選ばず現れる悪いやつで、読者ないし視聴者ないしプレイヤーの悪評を買い、そして主人公ないしヒロインに成敗される盛り立て役と言える。

 先人を挙げるのならば、ラブリーチャーミーな敵役、穢れた血を嫌う丸描いての名前をよく呼ばれるあの人、悪いなこのゲーム三人用なんだの少年などだろう。

 ただ、彼らはいずれもモブから卒業し、映画などでは時折良い人として描かれる愛されキャラに昇格を果たしているが。


 今の村田君くらいの敵役モブといえば、その他群衆より一歩前に出た角の一つは生えた隊長格(赤ではなく緑)と言うべきか。

 忘れた頃にもやってこない黒服のエリート二人組、どっちがどっちか分からないデブの取り巻き、帽子とデブあたり。彼が前者と後者どちらになるかは今後の頑張り次第だな。

 頑張れ、村田君!


 だがしかし村田君は既に一つ、大きな過ちを犯している。

 彼らは主人公と関わるから輝くのだ。主人公のカッコいいシーンを作るための引き立て役であって初めて彼らも輝ける。

 そして彼の絡んでいる俺は残念なことにただの脇役に過ぎない。わ、脇役つったら脇役なんだからね、マジで。

 それも、ロナルドクラスじゃないかんね。よくてネビル、下手すりゃトーマス……あれ、居たっけそんな奴?


 まあ、いい。モブは所詮モブ。

 争ったところで対消滅するのは目に見えているし、わざわざ無駄なエネルギーを使うことはない。


「あはは、っすよねー」


 そう苦笑し頭を掻く。

 俺が選んだ道は村田君からのいちゃもんに頷き、全面敗訴を受け入れることだった。これで俺のプライドはズタボロだ……元々そんなものがあったかも不明だが。


 生徒会長と陸上部エースの勝負を邪魔した? 生徒会長をわざと巻き込んで転んだ? 結構結構。

 認める、認めますよ。俺のようなモブキャラがそんなところにいるなんておかしいからな。認めますから願い事なんでも叶える流れ星キャンペーン無かったことになりません?


「鋼さん、なんで認めるんですか。鋼さんは……」

「光ちゃん、あまりそう期待してしまうのも可哀想だよ。彼も自分のしでかしたことの大きさは重々承知してるだろうさ。もう放っておいてあげよう」


 牙の無いミジンコには一切の興味も向けず、村田君は光だけを見てそう言った。

 言うまでも無く、これで明日には俺が生徒会長と陸上部エースの勝負に水を差したなんて話は広まるだろう。悪役モブは容赦しない。

 俺というサンドバッグを叩きに叩き、残虐性を披露した後に主役に消される……これはその過程というわけだ。


 役目を終え内心ホッとする俺。……ん?

 いや、待て。何も解決してなくないか? ここからどうすんだ?


 村田君は俺を論破し、俺は有罪判決を認めた。しかし、この廊下に俺と光と村田君がいる状況は変わらない。

 このまま自然な流れでいけば村田君は光を連れていくだろう。

 それはよくない気がする。光には光の人生があり、俺がどうこう言うものでもないが、彼女も村田君は嫌なようだし……ここは助けを呼ぶしかない。


 文明の利器、スマホをこっそり取り出し、我らがヒーロー快人の連絡先を出す。

 後は通話で『快人っ、助けてくれっ、光ちゃんが大変なことに、うわっ、やめろっ、なにをするっ!? ここは部室棟のトイレ近くの廊下、うわあああああ』ぷつっ、って感じにすればいい感じになる。いい感じに。

 やっぱりおいらってモブの鏡やで。


「そこで何をしていますの?」


 と、発信をタップしようとしたとき、廊下に聞き慣れた声が響き渡った。

 こ、この声は……と固まったのは俺だけではない。光も、そして村田君も、おそらく俺が浮かべているのと同様、驚き目を見開いてその声の主に目を向けた。


「命蓮寺、会長」


 村田君が僅かに震える声でその名を呼んだ。対し俺と光は固まっていた。

 命蓮寺蓮華。この高校の生徒会長。彼らにとっては上司だし、俺にとっては昨日会ったばかりの相手だ。

 しかし、なんだか、その……一言で言うと、怖い。


「村田さん、何故綾瀬さんの腕を掴んでいますの? 嫌がっているみたいですが」

「いや、これは」

「それと、先程随分と私を侮辱するようなことを言っていましたわね? なんでも、椚木君がわざと私を巻き込んで倒れたとか」


 笑顔を浮かべてはいるが、明らかな作り笑顔で一歩一歩距離を詰めてくる蓮華。

 内容的に標的は村田君。俺と光は対象外だろうけれど、しかし何故か身が竦む。


「他でもない私自身の名誉に賭けて、あの勝負に不正はございませんでしたわ。私も勿論、椚木君、香月さんも。お二人とも実に期待に応えてくださいました」

「そ、そうですか。いや、噂は当てになりませんね」


 生徒会で共に過ごしている分、蓮華相手では分が悪いのをしっかり察した村田くんはメガネキャラならクイクイメガネを上げそうな、そんな雰囲気で平静を装いつつ意見を曲げた。三下ェ……。

 

「村田さん、生徒会役員は特権階級ではございませんのよ? あくまで我々は学園生活充実のため、この高校、ないしは生徒皆さんに奉仕をする立場にあるのですから」


 嘘つけやい。

 お前らラブコメ特有の何故か生徒が滅茶苦茶幅きかせて時には教師を負かすこともあるスーパー生徒会だって俺知ってんだからね。


「自身が生徒会に選ばれたことを誇るのは結構。ただ、根も葉もない噂話に踊らされるようでは……」

「い、いえ、噂を鵜呑みにしたわけではありません。ただ、信じる生徒もいますから事実確認をと思っただけで」

「そう、ご立派ですわね」


 ニコリと蓮華は笑顔を返す。見る者が見れば包容力のある艶やかな微笑みだ。まるで地母神がごとく、だ。

 だが、見る者が見れば明らかな作り笑顔。この状況で彼女が心の底から笑顔を浮かべる筈も無い。

 村田君、そして光は前者だったのだろう。蓮華の顔に見とれて固まっていた。おいおい村田君、やり玉に挙がっているのは君だよ、と溜息を吐きたくなる心地だ。

 対し俺は後者。圧倒的後者。とはいえ、彼女が怒った姿を見るのは中々あることじゃない。

 蓮華はそれなりに普通だ。スペックと鍛え上げられた外面は異常値を示しているが、外面を剥がせばホラー映画を見れば怖がるし、感動映画では涙するし、レースゲームをすれば身体を傾かせるやつだ。

 だからこそ、シチュエーションから類推すればその固い外面の向こうに実にストレートな情動が渦を巻いているというのは容易に想像が出来た。

 そんな四者三様に固まる空間を切り裂いたのは、学内至る所に設置されたスピーカーから流れた電子音、キンコンカンコンと文字化される予鈴の音だった。


「わ、わー!」


 全員、いや、渦の中央の生徒会長を除く三者がハッと意識を取り戻し、そしていの一番に声を上げたのは俺だ。


「よ、よれいだー! 急がなきゃ急がなきゃ!」


 降って湧いたエスケープチャンスに直ぐさま飛びついた俺に光、村田君も同調したようで、光は「そうですね、弁当箱取ってこなくちゃですね」と言い、村田君は咳払いを挟みつつ足早に去って行った。憶えてろよの一言が無かったのは少し名残惜しいが、まあ良しとしよう。

 

 一瞬蓮華と目が合うが、彼女は笑みを僅かに深め、特に何も言うことなく去って行った。昨日の今日で気まずさもあったが光がいる場でどうこうということは無いらしい。助かった。


「鋼さん? 行かないんですか?」

「行く」


 背中にジトッとした視線が刺さる……気がしたが、振り返る勇気は出ず、若干早歩き気味に卓上旅行部の部室に向かった。

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