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第76話 とりあえず告白しよう

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

「……生きてた」


 目を覚ますととてもよく見慣れた天井が広がっていた。自室だ。

 スマホの時計を見ると丁度7時だ。


 冥渡によって秘孔を突かれ眠気を吹っ飛ばしていた俺だが、あべしすることもなく、むしろ普段よりも心地のいい気分で目覚めた。あいつ、こういう道もあったな……。


 鏡花と過ごした土曜日、そして蓮華と過ごした日曜日を経て今日は月曜日。今日から学生にとっては何よりも重苦しいテスト一週間前だ。

 身支度を済ませ、ストックの菓子パンを食らい、制服姿で外に出る。余裕で間に合う時間だ。


「あー、今日もいい天気」


 そんなことを口に出す余裕さえある。

 普段からこれくらいのどかに過ごしたいものだ。感謝の気持ちを忘れずに今日は久々の平穏を楽しむとしよう。



「あの、椚木くん。これ……」


 学校に着き、下駄箱で上履きに履き替えていると突然見知らぬ女生徒に声を掛けられ、あるものを差し出された。洋封筒に丁寧にハートマークのシールが貼られ留められている。つまりはラヴ、レィトゥァー。

 さようなら日常。こんにちは非日常。

 

 思わず彼女を見返した。

 可愛い。普通に可愛い。この学校男女ともにレベル高いんだよなぁー無駄に。しかしこんな可愛い子がまさかラブレターなんて。

 考えてみれば今日は休み明け。あの無敵生徒会長、鉄人陸上部エース、そしてモブ俺がデッドヒートを繰り広げたシャトルラン後初めての登校日だ。

 やっちったか。きちったか、俺のモテ期が。

 足の速い男の子がモテるのは世の常。封印されていた力を解放したこの俺という花に、可憐な蝶達が集まってくるのもおかしなことではない。いやー困っちゃうな。シャトルランのおかげで俺の評価も大気圏突破しちゃったかな?

 まったく、罪なやつだなぁ、俺って。でへへ。


「綾瀬君に渡してもらえますかっ!?」


 はいはい、ワロスワロス。



「そんなことがあったのだよ、山田君」

「アッソウ」


 冷たい。

 ちなみに今語らっているのは山田君。僕の前の席に座っていらっしゃる。普通に普通の友達だ。モブ友だ。


「ところで山田君、快人見なかった?」

「綾瀬なら女子に呼び出されてたぞ」


 なるほど、道理で鞄は置いてあるのに席にいないわけだ。

 しかし、女子に呼び出されていたとな。先の女の子といい、モテ期は快人に来ていたようだ。はー、流石主人公だでぇ。


「なんか教室自体人少ないな」

「みんな、告白してんじゃないか?」

「は、告白? 告白ってあの告白?」

「私あなたのこと好きですーの告白」


 告白ってそんな日常的に発生するもんなの? 生理現象でももっと少ないよね?

 え? 昨日? 知らない子ですねぇ……。


「椚木知らねーの?」

「知らないわい!」

「何キレてんの? これだよこれ」


 山田君はそう言ってスマホを操作し、画面を見せてくる。表示されていたのは何かのニュース記事だった。


「何これ」

「今流行のニュースアプリ。これでこの夏は彼氏彼女がいれば百倍楽しめるっていうイベントの特集が流れたんだよ。おかげでカップルの駆け込み需要が殺到してるってわけ」

「成る程ね……割にお前は暇そうだな」

「俺彼女いるし」

「山田ァ!?」


 お前モブの癖に卑怯だぞ!?


「ちなみに桐生も同じ理由だと思うぞ。サッカー部のボランチに呼ばれてたから」

「そこはエースじゃないの!?」

「エースくらいなら彼女いるだろ、多分」

「そりゃそうか……って何で桐生ちゃんの情報を僕に?」

「仲良いだろ、最近。いや、最初から?」


 よく見てるなぁと言いたいところだが、最初から仲良かったとは言えなかったのでスルー。

 しかし桐生も告白されて、しかも相手はボランチとは。断っておくと俺は決してボランチを馬鹿にしている訳じゃないぞ。ボランチって凄いんだぞ。ゲームを司ってるらしいんだぞ。よく知らないけど。サッカー詳しくない身としては、ボランチとベンチって響き似てるから外国語的な響きの違いのあれだと最初は思ってたけれど。


 結局、始業ギリギリになって慌てるように生徒達が戻ってきた。その中に快人も桐生もいて、残念ながら話しかけるチャンスは得られず。

 とはいえ、今の俺はとある名も知らぬ少女から想いの籠もったレターを預かっている身。少女もドキドキしているだろうけど、俺も責任の重さにドキドキしている。

 早く渡そう、渡そうと思いながらも時間は過ぎ、途中忘れてたこともあり結局昼休みになった。


「快人、これ」


 先生が教室を出ると同時にスタートを決めた俺は快人が席を立つ前に手紙を渡すことに成功した。その早さに快人は若干引いていた。


「あ、これもしかして」


 その先は口にせず、快人は受け取ってポケットに仕舞った。ラブレターぁ!? と叫ぶとか、この場で読み始めるというデリカシーの無さは流石に無いようだ。

 って、この感じだと俺が快人に告白しているように見える可能性が微レ存……?


「渡してって頼まれたんだ。知らない女の子から。女の子からだからな。しかも可愛かった。うらやましい。にくい」

「そ、そうか、ありがとう」


 疲れたように笑う快人。これだけアピールしておけば大丈夫だろう。勘違いするなよ? 絶対するなよ? というやつだ。


「なんか大変そうだな」

「いや……ああ、まあそうかな。今広まってるニュース記事の話は知ってる?」

「おう。なんでも慌てて彼氏彼女を作ろうと生徒達が踊っているとか」

「俺も何気なく彼女いないって言ったら急にね……」


 贅沢な悩みである。

 快人は顔も良いし性格も良い。モテる要素は十分に有していて、隠れて好意を抱く女子も少なからずいただろう。ただ、想いを告げるチャンスをニュース記事によって与えられただけで。


「しかし何故俺はモテない!?」


 忙しそうにしていた快人や他のクラスメートと違い、俺は実に穏やかなものだった。

 ニュース記事なんて関係ない、いつも通りのスローライフを満喫していた。


「鋼は……まあ、うん」

「濁すなよっ! うう、やっぱり俺って人として魅力が無いんだ。雑魚なんだ。ゴミなんだ。生きてる価値なんてないんだ」

「そんなことないと思うよ」

「そんなことあるんだ。俺にはお前宛の手紙を渡すことくらいしか需要ないんだ……オヨヨヨヨ」


 ずーん、と落ち込んだようにうなだれながらも、実はちと嬉しかったりもする。

 世間から俺の評価なんて所詮はそこらに落ちてる三枚目。俺視点で見ればメインヒロイン級を襲おうとした悪漢をグループごとぶっ倒したり、メインヒロイン級とその婚約者(狂言)の前でカッコつけたりと凄まじいことをしているように感じられるけれど、世間的には十分普通ということだ。なはははは。


「彼は何をうなだれているの?」

「自分がモテないという現実に直面していたところだ」

「あっそ」


 げしっと足を蹴られる。その主は見ずとも明らかだ。

 そんな一日ぶりの桐生鏡花さんだが、どうやら体調、気持ちには問題はないらしい。彼女はいつものようにクールな態度で、近くの空席に座り弁当を広げる。


「あれ、告白はいいんすか?」

「最初に言うことがそれ?」


 最初? と思ったが、どうやら土曜日、車に押し込んでそのままということに文句があるようだ。とはいえ、そうであってもここで語ることも弁明することもない。


「怪我してない?」

「おかげさまで」

「そっか。よかったよかった」


 はい、終了。

 と、俺的には終わらせたいところだが、鏡花は納得いかないように睨んできたままだ。が、この場には事情を知らない者もいることを忘れてはいけない。


「怪我? 何かあったの?」

「……別に。何でもない、と鋼君が思ってるならそうなんでしょう」

 

 鏡花は少しイラついたようにそう言って、弁当に手を付け始めた。快人も言及すべきでないと判断したのだろう、「鋼君?」と首を傾げつつも弁当を開く。そして収束を察した俺もようやく買っておいた菓子パンを広げた。わー、パッサパサ。

 と、そんなわけで緩やかにランチタイムに突入!


「あー! やっと着いたです!」


 その矢先、そんな馬鹿っぽい声が教室に響いた。

 当然クラス中の視線がそちらに向く。高校生の教室に紛れ込んだような小学校女児の如き彼女だが、有名なのか何人かの男子があっと声を漏らした。

 好奇の視線、中には少々欲望が含まれたそれを向けられた彼女は自ら飛び込んできたにも関わらず固まり、顔を青く染めたが、俺達の姿を見つけると一目散に突っ込んできた。


「お兄ちゃああああん!」

「ぐへっ!?」


 マンガのようなヘッドダイブ。イスごと倒れなかったことを褒めてほしい。


「俺はお前の兄貴じゃない……」


 ゴリゴリと頭蓋で、俺の胃の中に入ったばかりの菓子パンを吐き出させんとばかりにすり潰してくる理不尽な攻撃に耐えつつ声を絞り出した。

 そんな公然の場で平然と振るわれる暴力になんとか耐える俺だったが、悲しいかな、快人、鏡花は平然と見ていた。


「やあ、幽ちゃん」

「一応高校生同士なのだから過度なスキンシップはやめた方がいいわよ……高校生、よね?」


 二人はそれぞれ涼しい顔で彼女に声をとばす。鏡花は後半困惑していたが。うん、分かるよ。


「あ、おはようございます、です」


 対する好木こと、ゆうたもまごまごしつつもしっかりと返事をした。人見知りという割に……とは思ったが、そりゃ挨拶くらいは出来るか。快人とは土曜の勉強会でブッキングしているだろうし。


「あの、失礼します」


 次いで、入り口から控えめな声が聞こえてきた。見ずとも誰か分かったのが何ともいえない気分だ。


「光?」

「あ、光ちゃんこっちですよー」


 ガチの妹の来訪に首を傾げる快人くんと、俺の膝に腰を下ろしつつ手を挙げるゆうた。呼ばれた綾瀬光は主にゆうたの挙動に苦笑しつつも、おずおずと教室に入ってきた。先輩の教室に入るのだからこうなるのが普通だ。


「どうしたんだ?」

「あ、えっと……色々理由はあるんだけど」


 光はどこか居心地悪そうに歯切れ悪く言葉を紡ぐ。

 成る程、彼女を求めた飢えた狼達からの視線が集まっているのだ。

 鈍感な快人、慣れているのか涼しい顔で受け流している鏡花、そして元々人見知りながら俺というマウントを取れる相手を前に我を保っているゆうたと違い、光は好意の視線に囲まれるのが気になるらしい。

 光は良い意味で理想的な美少女なのだ。見た目は良い、頭も良い、性格も良い。生徒会で目立つし、後輩というのもある。さらにしばらく不登校だったというメンタルの弱さから庇護欲をそそらせるというのもあるのだろう。彼女持ちの山田君さえ見とれている。後で彼女特定してリークしたる。


「こ、こんにちは、鋼さん」

「ん、ああ。こんにちは」


 何故か俺を名指しで挨拶してくる光。そういや鏡花とは面識無しか。内心身構えてしまうがそつなく返事を返した。そんなぎこちないやり取りの後、立ちっぱなしの光を見かね、快人は隣の席を指す。


「とりあえず座ったら?」

「いえ、むしろ私達が移動した方がいいわね。流石にこの教室に彼女達を長居させるのは気が引けるし」


 快人に対し、同性であり事情も分かる鏡花がそう提案した。どうやらこのメンツで飯を食う流れらしい。コミュ力あがったじゃーんという思いを込め、にやつきながら鏡花を見ると鋭く睨み返された。なんだよ、褒めたのに。


「いてらー」

「鋼君も行くのよ」

「鋼さんも来ますよね」

「ほら、さっさと立つですよ、お兄ちゃん」


 僅かな抵抗の余地も無かった。

 俺は告白ブームから取り残された身であるからして、注目も集めていないし別に動く理由も無いのだけれど……そんなことを言えば本当に怒られそうだ。


「先輩、それ昼食ですか?」

「ん、おう」


 教室から出ると、俺が手に持ったコンビニ袋を見て光が首を傾げた。どことなく、目が輝いているように感じられる。

 思わず頷いた俺だが、僅かに嫌な予感がよぎり、「好物なんだ」と心にも無い発言を追加しようとするが、


「あの、私今日鋼さんの分もお弁当用意したんです」


 どういう心境の変化か、先手必勝と言わんばかりの食い気味で光はそう口にした。思わず唖然としていると、「ああなるほど」と快人が呟いた。


「だから今日は普段より一時間早く起きたんだ」

「兄さんどうして知ってるの!?」

「可愛い妹の起床時間を兄が把握してなくてどうするんだよ」


 当然のようにそう言ってのけた快人に、おそらくその場の全員が引いた。ただのシスコンではない、ヤングではないヤンが付きそうな恐ろしい何かを感じさせた。

 光の発言から、普段の光が起きる時間でも快人が寝ている筈だということは十分に読み取れる。お兄さんエスパーなの?


「兄って凄いですねぇ……はっ! まさかお兄ちゃんもゆうの起床時間を把握していたりするですか!?」

「してないし、そもそもお前にそこまでの興味ないし、そもそもお前の兄じゃないし」


 気を使ったと思わせるような絶妙なボケだが、ゆうたのことだから衝動のままに言っているのだろう。僅かに空気は弛緩したが、それでも光は快人への警戒を強めていた。

 そんな快人はひとしきり俺達、そして妹の反応を楽しんだ後、にやっと口角を上げて、


「冗談だよ。光が馬鹿でかい音量でアラーム鳴らすから壁越しに聞こえて起きちゃっただけさ。妙にバタバタして騒がしかったしね」


 途端、かあっと光の顔が赤くなる。


「一体どれほど意気込んだら、あの光がそんなに慌てるのかって気になったけど、なるほどだな」

「や、やめてよ兄さんっ!」

 

 快人がいじり、光が慌てる。そんなじゃれ合う綾瀬兄妹を見ていると、なんだか懐かしく感じる。

 そしてそれは鏡花もなのだろう。俺と思い浮かべるものは違えど、彼女もまた二人に対して目尻を落とし、穏やかな、けれどもどこか寂しげな目を向けていた。

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