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第73話 金持ちの飲む水は美味い

遅くなりましたが、メリークリスマス(季節ネタ)。

諸事情によりクリスマスエピソードはございません。ごめんなさい。

 彼は諸住栄太というらしい。年齢は24歳。

 諸住HDという命蓮寺グループと双角を張る巨大企業の御曹司だという。


「身長189cm、体重77kg。悩みの一つとして後1cmあれば190cm代に乗るのにというのがあるようです」

「ガムのくず紙に丸めて捨てたい悩みですね」


 大学は誰もが名前を聞いたことのあるような海外の超有名私大。頭脳明晰、運動神経抜群。高校の時はサッカーで全国大会MVPに選ばれたすぐれもの。

 勿論顔は美形。モデル、俳優としても活躍しそうな勢いだ。スカウトされた回数も二桁に登るらしい。フーン……まあまあやるじゃん。


「因みに鋼様はゼロ回と」

「言わなくていいから。ほとんどの人はゼロ回だから」


 ほとんどの人から外れる諸住君の異常性を再認識する。よけいなお世話だけど。

 その他にもチェスのアマ名人に泥を付けたとか、世界的にも有名女優から求婚されたとか、チャリティ活動で表彰されただとかデンデンデンデンが出るわ出るわ。

 まっ、中々とは思うけれど? こちとら知らない集団に泥団子や石を投げつけられたこともあれば、一国のお姫様に(政略)結婚を求められたこともあるし、なんなら無報酬で世界一つ救ってるからね? スケールが違うんだよなぁ。


「鋼様の勝っている部分がありませんね」

「世界が間違ってるんだ、世界が」

「そーですね」


 冥渡が気の抜けた返事を返してくる。まあ、この世界では評価されない経歴ですからね。

 異世界での活躍とかクソ。履歴書にも書けないし、モテもしない。唯一の使い道は精神病院への推薦状が貰いやすくなりそうなくらいかな。


「そんなことないですよ。坊ちゃまにもあのボンボンに勝る部分はきっとあります」

「セバスさん……!」


 そんな暖かな言葉に胸が熱くなる。きっとが余計だけど。余計だけど!!


「確かにそうですね。血の気の多さとか」

「腕っ節の強さとか?」

「褒められてる感じがしない」

「馬鹿さ?」

「冥さん、そこは親しみやすさと言い換えておきましょう」

「流石セバスチャン。じゃあそういうことで」

「褒められてないどころか全くの悪口じゃねーか!」

「まあまあ、お水でも飲んで落ち着いてください」


 セバスさんから差し出された水を飲んで頭を冷ます。

 冥渡のクソメイドはともかく、セバスさんもクソ執事の可能性が出てくるなんて……ああ、水がおいしい。


「あ、お嬢様です」


 モニターに蓮華が入室した姿が映る。

 蓮華は先程までの気の抜けたスウェット姿から、瀟洒な雰囲気のドレスに着替えていた。


「気合い入ってんな」

「プロフィールによれば、諸住氏とは約六年ぶり、彼が海外留学して以来の再会らしいです。蓮華お嬢様からしてみれば憧れのお兄さんのような存在だったとか」

「へぇ……」


 こりゃあ、本当に俺は余計かもしれん。モニター越しでは表情ははっきり見えないが、親しき間柄の人との再会を覗くのはよくないことなんじゃ……


「チッ!」

「はえ!?」


 舌打ちが聞こえ思わず冥渡を見るが、彼女はぶんぶんと首を横に振る。となると、


「あのボンボンがお嬢様の憧れ? んなわけないでしょう。ああ、本当に腹が立つ。当主様もはっきり娘はやらんと伝えれば……」


 そこには執事服を着たチンピラがいた。


「お嬢様はね、適当にあしらってるだけですよ。お嬢様にとっちゃあ、ドレスなんてのはゴミみたいなもんで、寧ろスウェットの方が正装と言えるくらいですよ」

「いやそれは無理がありません?」

「いやいや、鋼様の前だけでのみお嬢様はお嬢様で居られるんです。あっしにはわかりやす」

「あっし……」

「わかりやす……」


 俺も冥渡もチンピラになったセバスさんに気圧されていた。


『久しぶりだね、蓮華。随分と綺麗になったなぁ、見違えたよ!』


 モニターから諸住の爽やかにも弾んだ声が聞こえてきた。

 見ると諸住君が蓮華に対して両腕を広げていた。


「わお」

「ハグ!? あ、あれがアメリカンスタイルってやつか……?」

「あー死ねばいいのに」


 気圧される俺と冥渡、そして舌打ちするセバスさん。

 そんな俺たちの反応はよそに、


『……もう子供ではありませんので』

『フッ、そうか、蓮華ももう大人だもんね』


 モニターの中ではそんなやり取りが展開していた。蓮華は腕には入っていかず、ソファにゆったりと腰を掛ける。諸住君はフッと笑い、対面に腰を掛けた。

 わーさわやか、と思って聞いていたぼくだが、女性陣二人は渋面を浮かべていた。


「なんかムカつきますね」

「でしょう!? ムカつきますよね!?」


 意気投合する二人。俺は置いてかれていた。


『ドレス、凄く似合うよ。綺麗だ』

『ありがとうございます』

『しかし六年ぶりか。本当に大きくなったな』

『そうですわね』


 わね? と口調の違和感に思考が向くが、


「あれおっぱいのことですよね。セクハラですよね」

「ムッツリスケベ死ね」


 女性陣の圧にそれどころじゃなかった。

 蓮華と諸住はそれからも会話を繰り広げているが親しげな雰囲気を出す諸住に対して、確かに蓮華は気のない返事というか、あまり楽しそうじゃなく思える。


『それで、蓮華はどうだい? 学校は楽しい?』


 ペラペラと自分語りを長々とした後、ようやく蓮華に話を振る。正直直接聞かされたわけでも無い俺達にもしんどいレベルにつまらなかった。だってただの自慢話だもの。


『ええ、楽しいですわ』

『そうか、それはよかった。ただ、寂しかっただろう? 僕も同じ学校に通えたら良かったのだけれど、流石に年齢はどうにも出来ないからね』

『はあ』


 蓮華も疲労しているのか、言葉に感情が籠ってない。


『でも、蓮華。思ったんだ。やっぱりこれからの時代、グローバルな視点が何よりも大事だとね』

『はあ』

『留学してみて、自分の視野の狭さ、意識の低さを思い知らされたよ。まだまだ知らない、学ぶべきことが多くあるなんて、最初は認めたくなかったけどね』

『そうですか』

『蓮華、どうだろう。君も高校を卒業したら留学しないか? 君の学力なら僕の通っていた大学も受かるだろうし、それに、あちらで式を挙げてもいい』


「式!?」

「これ、プロポーズというやつでしょうか」

「葬式でしょう、このドグサレ野郎の」


 思わず声を上げる俺と、少しばかり怪訝そうに顔を顰める冥渡、そして最早殺気を漏らし始めたセバスさん。

 モニタリングをしながら各々の反応を浮かべる俺たちだが、画面の向こうの蓮華は実に静かだった。


『式、ですか?』

『ああ、結婚式だ。そろそろいいかと思ってね』


 結婚。蓮華が。

 見合いと聞いていたが、それ以上、彼は婚約者ということなのだろうか。

 隣で怒りの声を上げモニターに飛びかからんとするセバスさんと、それを羽交い絞めにして止める冥渡も気にせず、俺はただモニターの向こうの蓮華を見ていた。


『なに、まだお互い若いが僕も向こうで一度就職するつもりだ。父も直ぐには席を譲る気はないみたいだし、いい勉強になると喜んでいるようだったよ。出来れば、蓮華に傍で支えて欲しい』

『……』

『何より、僕らが結婚すれば、将来的には諸住HDと命蓮寺グループが一つになることになる。そうなれば、世界中、どの国のものにも負けない企業と大成する筈さ』


 利益を優先した政略結婚、ということか。なるほどね……。


「どうですか、坊ちゃま」

「え? どうって」

「殺したくなりません?」

「なりませんよっ!?」


 俺をそこの暗殺メイドと一緒にしないでほしい。


「蓮華のことですし、俺がどうこう口を出すことじゃ無いでしょう」

「流石クソ童貞ドブネズミ」

「おい冥渡テメエ今なんつった!?」


 聞き捨てならない暴言に憤る俺。


「まあまあ落ち着いてください。お水をどうぞ」

「あ、ありがとうセバスさん……って、何コレ。何で俺が騒がしい奴みたいになってるの? 騒がしかったのお二人だよね? 俺静かにしてたよね!?」

「まあまあ、お水のおかわりをどうぞ」

「水飲ませときゃ大人しくなる生き物じゃないですからね!?」


 でも、いただく。ごくごくぷはー。流石いい水出してんなオイ。

 そして空になったグラスをセバスさんに突っ返すと、勢いよく立ち上がった。


「おうおうやんのかこのやろー」

「トイレだよ!」


 何故かヤンキーと化した冥渡を押しのけ、ドアに向かう。が、それをセバスさんの手が遮った。何この連携プレー。


「お手洗いならあちらからの方が近いですよ」

「あ、ああ、そう……」


 親切なだけだった。なあんだ、やっぱりセバスさんはいい人だ。さっきは蓮華を思うがあまり暴走していただけだろう。

 緩やかに襲いかかってくる尿意を感じつつゲートオープン、かいほ……


「おや?」

「あら」


 んん?

 なんでここに蓮華ちゃんが? そして諸住君が?


「あれ? えーっと、部屋間違えちゃったかなーっと」


ーーバンッ!


 俺のはいってきたドアが勢いよく閉められた。


「は? は……」


 嵌められたーッ!!

 一瞬で分かるこの状況。水を不自然にも勧めて尿意を促させたのはこの為かっ!?

 であるならばこの扉が開くことは十中八九ないだろう。今頃向こうではセバスさんと冥渡がしてやったりとハイタッチでも交わしているに違いない。俺は謂わば罠に引っかかり虎の檻にまんまと投げ込まれた餌そのものだ。


「鋼、ようやく来ましたのね」


 お嬢様口調で蓮華が俺を呼んだ。何? ようやく? じゃあお前もやっぱりグルか!

 諸住君は俺を測るように目を細めて見てくる。蓮華はただただ静かに自分の横の空席を叩いた。


「早く座りなさい」

「は、はい」


 分からない。俺の役割が分からない。いったい何のためにこの空間に投げ込まれたって言うんだ? いったい何が始まるって言うんだ?

 促されるまま蓮華の隣に腰を下ろす。が、腰を曲げた瞬間、尿意が主張してきた。いけない、先にトイレに……と再び立ち上がろうとすると、何故か蓮華が俺の腕を抱きしめるようにとった。

 ふにょわんっと、胸が弾ける。アミーゴ(雰囲気)。じゃなくて!

 リラックスすれば尿意が来るぞほら来るぞ絶対来るぞほら来たぞと……ああ、せり上がってきてる!

 そして、俺の中で繰り広げられる自分との戦いに気を取られてる間に、蓮華は俺の腕を抱きしめながら、


「紹介いたしますわ。彼は椚木鋼、私のボーイフレンドですわ」


 そう、蕩けるような声で宣言した。

 諸住君が目を丸くして、「へぇ」と声を漏らす。

 そして俺は驚きのあまり、割と本気で漏らしかけた。

感想、ブクマ、ポイント評価、レビュー、なんでもください!

更新頑張りますから!


(まーたこの作者間空いて空気感忘れてるよ……はNG)

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