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第72話 朝からステーキ

「それではこちらで待っていてください。着替えはそこに」


 冥渡に連れてこられた部屋は、俺が入ったことの無い部屋だった。扉が二つ、窓は無く、大型のテレビと長いソファとテーブルだけが置いてある質素な部屋だった。

 テーブルに置かれていた白のワイシャツと黒いスラックスというちょっとフォーマルな雰囲気が漂う服装に着替え、ボーっと待つこと3時間。


 3 時 間。


「お待たせしました」

「お待たせし過ぎじゃない!?」

「朝食です」


 淡々と、謝ることもせずに冥渡が投げてよこしたのはコンビニで売られているサンドイッチと牛乳パックだった。遠足かな?


「……頂きます」


 とはいえ食べ物に罪はないので、有難く手を合わせて頂こうとすると、


「これは驚きました。てっきりこんな質素な飯食えるかと怒られるかと思っていたのですが」

「普段から慣れ親しんだ食事ですが!?」


 一人暮らしの朝食舐めんなヨ!?

 馬鹿にしやがって……金持ち……金持ちの家に寄生する分際で……


「なーんて嘘ですよぉ。ちゃーんと用意してますから。お嬢様に感謝することですね人間の屑」

「お前一応俺の使用人ってことになってんだよね!?」


 暴言に対するツッコミを無視し、パチンっと冥渡が指を鳴らす。

 そして……沈黙が訪れた。


「……は?」


 うんうん、と満足そうに頷いたのち、そそくさと部屋を出ていく冥渡。そして待つこと数分し、


「お待たせいたしました」


 クロッシュで覆われた皿の乗ったワゴンを引いて再び入ってきた。


「お前何がしたいの!?」

「人手が足らないんですよ。今日は休日ですから。おかげで一人で何人分も働かされてます。サンドイッチだってわざわざ下のコンビニまで買いに行ったんですからね。人使い荒いんだから、もう。」

「最初からそれ持ってきておけば全部必要無いんじゃないですかね!」


 俺の放った正論はガン無視し、てきぱきとテーブルに皿、ナイフ、フォークをセットしていく。


「それでは本日の朝食は……」


 無駄に貯めて、開かれたクロッシュの中には、


「ステーキです」

「朝っぱらから!?」


 アッツアツの鉄板に一枚のステーキが乗っていた。付け合わせは無い。


「どうぞ」

「肉一枚だけですか」

「はぁ? もしや別に何か欲しいとか? 贅沢ですね」


 そう文句を言いつつ部屋から出ていく冥渡。なんやかんや言って何か取りに行ってくれたらしい。

 元々色々あった奴だし、不真面目でムカつくことも多々あるが、今の環境ではそれなりに頑張っているんだろうな。

 少しきついことを言ってしまったけれど、昨日随分と助けられたのは事実だ。気が合わないということも無い。何より蓮華が認めているのなら、俺もあまり頭を固くすることは無いか……

 数分して冥渡が帰ってきた。その手には……何も無かった。


「お花摘みに行っていただけですが何か?」

「本当に何がしたいんだよお前はっ!!」


 掌返しが過ぎてそろそろポロリと手首が千切れそうな勢いだ。


 結局、俺は先のサンドイッチに加え、何の付け合わせも無いステーキ(肉の価値が分かる舌はしていないが脂身が多く胃がもたれそう)を食べきった。美味かった。


「ご馳走様……で、蓮華はどうしてんだ?」

「あ、やっぱり気になりますか。愛ですね」

「愛でもなんでもないだろ。3時間近く放置されてたらそりゃあ気になるだろ」


 むしろ、メインイベントはこれからと言っても過言では無い、と俺は思っている。


「お前が言ったんだろ、今日、蓮華がお見合いするって」

「そうですね、もうそろそろだと思いますよ」


 食器をワゴンに乗せ、端に寄せた冥渡は一瞬腕時計で時間を確認し、テレビモニターを点けた。

 そこに映ったのは、ある部屋の風景だった。応接室という言葉が頭に浮かんだ。皮のソファーが二つ、ガラス張りのテーブルを挟んで置いてあり、端には調度品も置いてある、そこはかとなく豪華な雰囲気の部屋だ。


「これは?」

「所謂、お見合い会場というやつですね」

「お見合いって言うと、あんま知らないけど、どっか料亭とかでやるんじゃないの?」

「人それぞれでしょう。その辺りは」

「そもそも、お見合いじゃありません」

「あ、セバスさん」


 セバスさんが部屋に入ってきた。少しイライラしたご様子だ。


「いえ、私もお見合いだと思っていたんですよ。なのに相手方が此方にいらっしゃると聞いて変だな、と」

「あ、やっぱりこの映像の部屋、このビルの中なんですね」


 映像越しだが、部屋の作りが似ていたしもしかしたらと思っていた。セバスさんが言うように、お見合いと言えば互いに初対面になるわけで、場所が片方の家になるということはフェアじゃないのは確かだ。


「ということは、初対面ではないと?」

「そうです。それどころか……」


 ギリッと、音が鳴る程にセバスさんが歯ぎしりをする。思わず飛びのきそうになる俺を抑えたのは冥渡だった。俺の服を背後から掴み動けないように……って、こいつ俺を咄嗟に盾にしやがった。


「あの野郎……コスい真似しやがって……」

「せ、瀬場さん?」

「ダークサイドが漏れてますね」


 それほどまでにヤバい相手なのか……いかに蓮華と言えど、少し心配になってきた。

 あいつのことだから心配はあるまい、と思いつつも自然と体に力が入ってしまう。

 そんな俺の心情を見通したように、セバスさんが表情を緩めた。


「鋼様なら大丈夫ですよ」

「……なんすか、そのフォロー」

「それは……あ」


 何だか気恥ずかしく、素っ気ない返事を返す。が、その時セバスさんのモニターを見る目が鋭く細められた。

 つられて見ると、丁度モニターに映された部屋の扉が開き、一人の男が入ってくるところだった。さて、どんなヤバい奴が……


「ん?」


 思わず、セバスさんを見る。だが、その目は敵意を剥き出しにしたままだった。となれば、この人物こそ例のお見合い相手だということだが……


「こいつが……?」


 思わず、困惑してしまう。

 最初に断っておくと、俺はその人物に見覚えが無く、だから見た目での第一印象から得られる情報でしか無い。

 そこに映っていたのはとても警戒するような危険人物には見えない、20代前半くらいの、微笑みがよく似合うイケメンだった。

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