第70話 なまえを入力してください。
随分と久しぶりの更新な気がします! 気のせいかな?
一つ断りを入れておくと、そもそも俺はあまりゲームが好きではない。いや、それは嫌いという意味でなく、趣味と呼べる程度にも嗜むわけではないという意味の好きではないだ。ニホンゴ、ムッツカシ。
そもそも俺はゲーム歴は長くないしゲーム機も所持していない。自発的と言っていいかは分からないけれどやるのはスマホゲームを手慰み程度なもので、それ以外はもっぱら誰かとのコミュニケーションツールとして間に挟むという感じだ。
そしてそれは蓮華も対して変わらない。
「鋼が出て行ってから積みゲーが溜まる一方です」
拗ねたようにそう言う蓮華だが、後先考えずバカスカ買い溜めることはしない。一人でゲームをやることは、それこそ俺が拾われる前からもたまにしかなかったと言う。
蓮華がテレビに繋いだゲーム機に入れたソフトは有名王道RPGの最新作だった。最新といっても発売は昨年なので世間的にはもう準新作でもないかもしれない。
有名なメインテーマを聞きつつ、コントローラーを握る蓮華の隣に座る。っと、つい癖で座ってしまったが、この距離感はよくない。肩と肩の距離は拳一個分くらいしかなく、これじゃあまるで。
「鋼、主人公の名前はどうします?」
が、迂闊に踏み込んだ俺を逃がさないように、蓮華が身を寄せてきた。拳一個分しか、されど拳一個分はあった肩間の距離がゼロになる。体温や僅かな体の動きも伝わる距離に。
それだけで身体は金縛りにあったかのように動かなくなった。まるで俺の体がこの距離がいいと駄々を捏ねているみたいだ。あの殺人未遂メイドに秘孔を突かれたことの副作用かしら。
くっ付いても離れない俺がお気に召したのか、蓮華は少し肩を動かして擦る。残念ながら衣服越しだし、腕が邪魔でお胸様も味わえないが、くすぐったさばかりつのる。
「いつもみたいに蓮華でいいだろ」
「残念ですが、最近は男性主人公固定で女性主人公は選べないんです」
「マジか。少子高齢化の弊害ってやつか」
「関係ないと思います」
ノータイムツッコミ。読まれてんぜオイ。
「ちなみに名前を決められるのも主人公の勇者だけです。仲間やヒロインはみんな名前固定です」
なんと。
それじゃあ、勇者レンゲ御一行の勇姿は見られないのか。女勇者レンゲ、僧侶セバス、武道家ミク、魔法使いコウという編成が懐かしい。
勇者は俺が拒否ったためレンゲになった。実際剣も魔法も何でもござれな歌って踊れるアイドルばりの活躍で蓮華に合ってたと思われます。
セバスさんが僧侶というのは痒いところに手が届くサポート役として適任だからだった。蓮華からのセバスさんに対する信頼の程が伺えますね。
ミクさんというメイドさんがパーティーインしたのは実家が葡萄農園を営んでいるからという理由からだった。だから武道家。ダジャレ? そうだね。のうがない、なんつって。
そして俺、魔法使い(ジジイ)。この世界に魔法は存在しないが、童貞を30年以上とかそれくらい続けると魔法使いにジョブチェンジ出来るというが、そんな未来を暗示したかのようなジジイの姿をしていた。蓮華からは鋼のハーレムですね笑みたいに言われたけれど、ジジイ(童貞)にハーレムを与えても、そりゃ豚に真珠というやつだ。
ちなみに魔法使い俺は旅の中で賢者に進化した。結果若返った。が、魔法使いから賢者になったというのは今思えば下ネタだったんじゃないかなと思ってなんかもうなんかもうって感じでした。
そんな過去の思い出を掘り出しつつも新勇者のヒントは出てこない。
俺の名前を付けるのは嫌だ。何が悲しくてゲームでも勇者なんぞ引き受けねばならんのだ。ハッピーエンドを迎えたら迎えたでムカつくし。可愛い嫁さんとかとってのも暗い未来予想図しか浮かばないし。
「勿論その気は無いと思いますけど、鋼の名前を付けるのは絶対ダメですからね」
「付ける気なんてさらさら無いけど、改まってなんだよ」
思わずそう返すと蓮華はにっこりと無邪気な笑みを浮かべ、
「だって、画面の向こうでも鋼が可愛いヒロイン達とイチャイチャしてたら嫌じゃないですか」
そんないちゃもんを付けてきた。
「いや、そんな理由で念押ししたのかよ!?」
「そんな理由とはなんですか。乙女の可愛らしい悩みじゃないですか、多分」
「疑問系かよ」
名前決め一つでこれだ。もういい、こういうのは適当に、入力速度を考慮して、ああああとか付けておけば……
「しかし、なまじいちゃもんではないと、私は思ってます」
「な、なんだよ」
「実際最近の鋼は女の子に囲まれてウハウハしているじゃないですか。私のことは嫌いだって遠ざけておいて」
「か、囲まれてないやい!」
反射的に否定したけれど、思い返してみるとそんな気も。いや、友達がいないわけじゃない。ただ、男友達との絡みよりも快人いじり、いや親友活動に重きを置いているだけで、相対的に男子との絡みが少なく見えなくもないかもしれないけれど。
「なんだか見当違いなことを考えているみたいですね」
はあ、とわざわざ声に出して溜め息を吐く蓮華。名前入力画面のままコントローラーを置いて、さらに身を寄せてくる。
「桐生さん」
「っ!?」
一瞬昨日のことがバレたかとも思ったが、不良相手にいきって大暴れしたなんて知れていたらこいつがこんな穏やかなわけがないと思い、動揺を隠す。
「最近仲がいいみたいですよね。確か綾瀬くんのハーレムメンバーだとか言っていましたよね? 寝取ったんですか?」
「女の子がそんなことを言うんじゃありません!」
穏やかじゃないですね。
蓮華は冗談です、とすぐさま訂正したものの、俺を追及するようなじとっとした目線は切らさない。
「香月さんも綾瀬くんより距離を縮めているように思いますが?」
「あれは事故だから。これに関しては被害者だから、俺」
「好木さんも」
「よしき?」
「……好木幽さん」
「よしきゆう……ああっ、ゆうたか。ゆうたね。いやぁ、あいつは何もないだろ。無だよ、無」
「……本人がいないのにいちゃつかないでください」
「痛っ! 抓るなよっ!」
二の腕を抓り上げてくる蓮華に抗議の声を上げる。そもそものクレームもおかしい。だれがいつ、ゆうたなんぞといちゃついたのか。あいつは妹ですらない、名前がしめすように弟みたいな感覚だ。妹でも弟でも実際にいたことは無いけれど。
「痛いっ!?」
「今別の女の子のこと考えてたでしょう」
そんなヤンデレみたいなことを口に出しつつ、往年の名言を言ってやったぞと言わんばかりのドヤ顔を浮かべる蓮華。そういうギャグなのはいいけれど抓る威力は本気だった。女性らしい華奢な細腕からは想像も付かないくらいのその力の前ではたとえアポゥでも簡単に粉砕されてしまうに違いない。
「それに担任の大門先生にも特別目をかけられているみたいですし」
「あれは目を付けられてるって言うんだ。結婚できない腹いせをフレッシュ代表の俺にぶつけてるんだろうよ。言っておいてやってくれ、だから結婚できないって」
「鋼がそう言っていたと伝えておきますね」
「いやいや、うそうそ。大門先生ほど綺麗で優しくて奥ゆかしい方、きっとすぐにいい人が見つかりますよ、というのが本音だから」
「ではそれも伝えておきます」
も、という時点で陰口は伝わるのは必至なようだ。それも口先だけのおべっかを並べて誤魔化そうとしたという余罪を重ねた上で。
「それと」
もうライフポイントは気持ち的には0の俺に手を緩めない蓮華。だが、これ以上は大丈夫。大丈夫な筈。流石にもう……
「古藤さんとか」
「いや、それは違うだろぉ!?」
「そうですね、違いますね」
最初から分かっていたようにそう切り替えされる。なんなの? 焦らしてるの?
「セバスチャン……」
「ひっ」
「は、既婚者だし除外ですね」
「ふー……」
「冥さんは……」
「うん、あいつは問題あるな。問題あるからクビにしよう。やばいやつだが拾う神もいるだろう。うん、それがいい」
「問題無しですね」
「なんでだぁ!?」
ていうか、この焦らしプレイは何なの!? ミリオネアなの!? ミリオネんたなの!?
「光さん」
「っ!」
「光さんと、何かありましたよね? 鋼」
先程とは明らかにトーンが違う。本気の、真剣な話をしていると口調から伝わってくる。この回りくどい前振りはこの問いのためだけに用意された前座だったのか。
「光さんが学校を休んでいる間、鋼と出会っていたことは知っています。鋼も気にかけていましたしね。流石に詳細までは分かりませんが」
淡々と蓮華が語る。どこまでが本当かは分からない。こいつは万能じゃない。けれど無能では当然ない。少なくともどこまで知り、どこから知らないか悟らせることはない。
「ですが、光さんがまた登校するようになって、僅かですが話してみて……彼女が鋼のことを知らない、少なくとも休み明け以前に鋼を知っていた様子はありませんでした」
「……」
「そして、鋼が体調不良になったのも光さんが登校し始めたタイミングですよね?」
証拠に基づかないただの推論を並べる蓮華。ただ、彼女なりの根拠はあるようだ。きっと俺がしらばっくれても逃がしてはくれないだろう。
「もう一度聞きます。鋼、光さんと何があったんですか?」
ただ延々と名前の入力を求めるゲーム画面に目を向ける。
綾瀬光と何があったか。思えば、まともに考えようとしてこなかった気がする。
ついこの間出会って、記憶を奪った主人公の妹。そしてまた新たな繋がりが生まれようとしている、かつて別の世界で出会った親友の妹の生まれ変わり。
ただ、蓮華に返す言葉を考えながら、光のことを考えながら俺は空欄のままの勇者の名前を眺める。
埋めるべき名前は、当然、浮かんではこない。
更新遅くなりすみません。
久々な感じがしてリズム掴めているか分かりませんが、これからも頑張ります。