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第69話 お約束のお風呂回

 自らの専属を名乗るメイドさんとお風呂、なんていえば、風呂場まで乗り込んできてキャッキャウフフみたいな展開を期待でもしようものだが、


「では私は外で待っていますので」

「そのまま敷地外まで、どうぞ」

「ははははは、ご冗談を」


 この冥渡さんときたら、タオルと着替えを渡すだけ渡して脱衣場から出て行った。ただ一緒に入ってほしかったなんてことはない。むしろ、体洗います、自分で洗えるという不毛でしかないやり取りを省けたので俺個人としては花丸をあげたい気分……いやいや、ほだされるなほだされるな。


 俺個人としては風呂というものはあまり好きではない。一人暮らしのアパートはユニットバスで湯を張って浸かるなんてことは無いし、シャワーも洗体目的の、カラスの行水と呼ばれるようなあっさりしたものだ。

 さっと体を流し、まだ熱い湯船に足を入れた。


「いたっ」


 嘘。痛くはない。

 ただ、ぴりっとした感覚が足を伝ったことに違和感を覚えて思わず発語してしまっただけ。改めて自身の体を見るが随分綺麗なもんだ。かつての優秀な仲間によって施された文字通りの魔法はあの凄惨な日々が夢だったかのようにすべての傷痕を消し去ってくれている。

 ただ、それでもこうして湯で身を包むとかつての傷跡、おそらく皮膚が薄くなっているとかいう理由があるんだろうけれど、そこが熱で刺激されてピリピリとした痛みを発するのだ。

 これも慣れた痛み、慣れたはずだった痛みだが、僅かでも平和な日々を送る内にその慣れが薄れていたらしい。シャワーではそこまで感じないし。ただ、それでももうこの痺れには数秒もせずに慣れてしまっていた。


 頭がぼーっとする。全身隈無く走る痺れと全身を包む熱で思考がぼやけてきた。


「気持ちいいですか?」

「冥渡か……」


 声の方を見ると、あの喪服のようなメイド服姿のままで湯船の縁に顎を乗せて見てくる冥渡冥の姿があった。場に合わない服装がなんかエロい。


「ここは『キャー! エッチィー! なに入ってきてるのよもう! ばかばか!』と怒る場面では?」

「なんで女口調なんだ」

「怒るの私ですから」

「ああ、そう」


 入ってきてるのお前の方だろ、とか、ただの自問自答だろ、とか、ツッコミは浮かんだが発語には至らず。文章ベースのツッコミは長いからな……


「おねむですか」

「少し」

「お嬢様の御要望通り、目、覚まさせましょうか?」


 冥渡の目が妖しい光を放ったように思えた。

 そうだった。こいつには一子相伝の暗殺術を腐らせたくないという欲望がある。自分の青春時代を投げ打って暗殺術を継承させられた彼女にとってその暗殺術はアイデンティティそのもので、隙あらば活用しようと目を光らせている……と本人が言っていた。真偽は定かではない。

 そんな彼女にとっては、今の俺は恰好の被検体なわけだ。先程言っていた殺しの逆、覚醒を促すなんてのの。


 ああ、嫌だ。そんなもの頼りたくない。頼りたくないが、疲れた。眠い。今にも意識を失いそうだ。


「ああ、頼む」


 結局そんなことを口走っていた。

 というのも蓮華は結構規則正しい生活を心がけているやつで、夜更かしなんてことをするのは、俺の知る限り俺が関わるときだけだ。

 俺が特別扱いされている、なんていう俺視点だけの裏付けで応えようとするのはいかにもチョロい感じではあるが、俺にはそう見えている以上応えない訳にもいかない。

 彼女は俺にとって恩人で、数少ない家族の一人なのだから。


「……では、一思いに」


 少し妙な間を経て、冥渡の声が聞こえてきた。もう目も閉じてしまっていた俺の頭の中には夢のような映像が広がり始め……


「てやっ」

「●×△♯☆♭□%▲@!!?」


 なんじゃこりゃあああああ!?

 身体を冥渡によって一突きされた瞬間に筆舌に尽くしがたい痛み、辛み、苦み……ありとあらゆるマイナスが全身を超特急で駆け回った。


「目、覚めました?」


 覚めるとかそんなレベルじゃねぇ!? 興奮……いや狂乱しそうだ!


「目が覚める程度に痛い秘孔を突いてみました。鋼様だけに」

「いや別に上手くないからね。それ俺にしか通用しないからね」

「私だったら悲鳴を上げちゃいます。冥だけに」

「ちょっと誰かこの子座布団ごと外にぶん投げて!」


 作りドヤ顔が鬱陶しい。が、お陰様で目はすっかり覚めた。それこそ、睡眠欲という概念さえも吹っ飛びそうなほどに。


「つーか、これ大丈夫なの? 秘孔とか、俺もう死んでるってことじゃないよね?」

「まだ生きてますよ」

「まだ!?」

「人間いつか死ぬものです」

「ああ、そういうこと……どういう示唆それ!?」

「鋼様に喰らわせた技は名付けるなら、そう……死ンデレラ」

「シだけやけに強調したのはそういうことなんですか。死ってことなんですか」

「12時になったら魔法が溶けて亡くなったシンデレラのように、鋼様の魔法も12時までです……ああ、夜のなのでご安心を」

「心配そこじゃねぇから! やっぱり死ぬんじねぇか! つーかシンデレラは死んでねぇ!」

「シンデネラ?」

「鬱陶しいなお前マジで!」


 死ぬかもしれないという不安は与えられつつも、なんとも不毛な会話に痺れを切らした俺はさっさとあがろうと湯船から立ち上がった。


「あの、鋼様」

「あん」

「前をお隠しになった方がよろしいのでは?」

「別に一瞬だろ、一瞬」


 実際ばっちり全身見られたが、正直それに対してあまり羞恥は無かった。風呂場で裸なんて普通だし。

 冥渡の指摘に立ち止まることなく、さっとタオルで全身を拭いて脱衣場に戻った。

 後になって、これセクハラで訴えられるのかなーなんて思う。でも風呂場に入ってきたの向こうだしいっか。


 ささっと、用意されていたスウェットに着替え、冥渡を待たずに脱衣場から出た。ちなみに冥渡はまだ風呂場から出てきてさえいない。

 廊下には蓮華が立っていた。当然待ちかまえていたのだろう。ちなみに蓮華が着ているのも俺のものと色違いのごく普通の無地のスウェットだ。有用性こそ高いものの指折りのお嬢様である彼女が着るには少々不相応に見えて仕方ない。


「どうでした、鋼。ゆっくりできましたか」

「あいつが入……付いてこなければもっとゆっくりできたんだけどな」

「ふふ、でも目は覚めたみたいですね」

「お陰様で」


 代償に余命は一日弱に減ったけれど。


「それでは私の部屋に行きましょうか。一緒にやりたいと思っていたゲームがあるんです」

「それはいいんだけど、そっちはいいのか?」

「そっちとは?」

「……お見合いのこと」

「ああ……それはいいんです。少なくとも今は」


 蓮華はそう言って一切の曇りも見せずに笑う。

 こう言われれば俺もそれ以上追及しようがない。蓮華があえてお見合いの日に俺の予定を押さえたのは明白だが、今はいいと言っているのであればいいんだろう。

 そんなことを考えていると不意に蓮華に手を握られた。


「ほら、時間は有限です。行きましょう」

「ああ」


 俺は手を引かれるまま蓮華に続いて歩き出す。

 最近はめっきり無かったが一年半程ぶりの二人きりの時間に、なんというか溜め息が出そうな心地で。

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