第67話 はげる
「それでは次の問題です。マジ卍」
「まんじ? まんじって地図記号のまんじ?」
「はい」
卍……マジ卍……マジは本気と書いてマジと読むあのマジだろう。マジックの略というのも捨てがたい。
そして、卍。地図記号としては確か寺院だったか。マジック寺院……あちらで言うところの修道院? 確かエレナの出身で……いやいや、こちらの世界でそれが若者の流行言葉となる意味が分からない。となれば、本気のマジとの組み合わせか?
本気、寺院……まじ、じいん……ハッ!? 分かったぞ!
これは音の問題だ。マジでじいんとする、つまり感動するってことだ。なるほど、こいつは確かに洒落て……無い。
この回答じゃ所謂おやじギャグの範疇だ。若者語、その中心の女子高生達と最も対極の存在だ。原宿新宿と宿あるとこらにお洒落有りの女子高生達がおやじギャグを流行に採用するだろうか、いや、しない。
「ククク……危ない危ない、危うく引っかかる所だったぜ」
「何やらかなり悩まれているようですが、ご回答は?」
「ここはストレートに、『マジ、出家してやろうかな』という意味だ!」
「違います」
「ええ!?」
「そんな大河ドラマみたいな世界観の回答が今の若者の流行言葉になると本気で思っていたのなら驚きですが」
はあ、とわざわざ言葉にまでして溜め息を吐く冥渡。で、でも、出家ブームとかあるかもしれないし、不景気故にとかで……とは流石に口に出来ない。
「正解は本気と書いてマジと読む、マジで? の意味です」
「卍は!?」
「飾りです」
「卍漆黒の堕天使卍みたいな?」
「そうですね」
「流石ネット社会……中二病乙と言われるような表現がリアルでは流行になっているとは」
まさに青天の霹靂というやつか。これもあと何百年、何千年経てば、「これぞまさにマジ卍である」などと言われるようになるんだろうか。
「では次の問題です」
暇潰しに始めた若者語クイズ、最初は若者のこの私に若者語クイズぅ? と鼻で笑っていたのだが、やってみると知らないことばかりで面白い。私は若者じゃないのかもしれない。
冥渡を誉めるのは癪だが、バイクに乗りながら後ろでしがみつく俺にもしっかり声を届けてくれるし、安全運転だし、知識も豊富だしと退屈は意外と少ない。これで暗殺(未遂)なんて特技がなければなぁ……いやいや、懐柔されるな俺。
「はげる」
「は?」
「はげる、です。はげる」
「はげ……って髪が無いハゲ?」
「はい」
「マジ卍!?」
早速若者語を使いこなす若者の鏡、俺。
しかし、本当にハゲなのか。激しく~の激かと思ったボケだったのに。
「……出家する?」
「どれだけ若者を出家させたいんですか」
「だってハゲるって」
「お坊さんはハゲているのではなく、あくまで剃毛しているわけですから、ハゲ=お坊さんという認識はそもそも誤りです。高校球児も坊主頭であって、ハゲ頭ではありません」
論破された。言われてみなくてもその通りだ。
「じゃあはげるってなんだよ。ストレスで髪が抜けるって言うからストレスマックスってこと?」
「ハゲるほど感動するの意ですね」
「なんでポジティブなんだよ!」
「ハゲ=差別、というネガティブなイメージを払拭しようとしているのでは?」
「なるほど、そう言われると美しく感じる。ハゲで何が悪いと言える社会になればいいと思う」
「鋼様ハゲられる予定が?」
「可能性はゼロじゃない」
ゼロじゃなければ100%と同じなんだよ! という不穏な名言もある。つまり今はフサフサでもいつかハゲてもおかしく無いという考えは、必ずハゲると言ってることにもならなくもない……怖い。
「ふふ」
「何笑ってんの」
「おハゲになられた鋼様を思い浮かべるとつい」
「何想像しちゃってんの!?」
「はげますね」
「それは物理的にハゲる方のはげるだろ! いい加減にしろ!」
「どうもありがとうございました」
「漫才じゃない!!」
なんてやつだ!
この小馬鹿にした態度、やはり自称メイドは自称でしかない。毒舌メイドなんて現実世界じゃクビだクビクビ!
「では次の問題に」
「しれっと流すなといいたいところだが……ところで僕らは今どこに向かってるんですかね」
バイクに揺られ、まあまあ時間が経ったが目的地は明らかじゃない。普通に考えればお家まで送ってくれるのかなと思っていたが、なんだか違う気もしてきた。土地勘も無いし。
「ご想像通りの場所です」
「あ、ならよかった」
「はい、命蓮寺家のお屋敷です」
「想像と違う!」
ソコ、ボクノオウチ、チガウ。
「あら、蓮華お嬢様とお約束をされているのでは?」
「それはそうだけど、まさか深夜からとか」
「日曜日は日曜日、つい先程、日を跨いだ瞬間からお嬢様のお時間だと伺っております」
「跨ぐ前から拉致る気満々だったろーが! 別にいいけどさぁ……」
問題といえば俺の心の準備が出来ていないくらいだ。結局心の準備が出来ていても流されるのであれば結果変わらないのだ、悲しいことに。
「それで、蓮華お嬢様は俺に何させたいわけよ」
「あら、まだ聞いていなかったんですか?」
当日ですし、もうお伝えしてもよろしいですよね、と冥渡が笑う。なんだかとてつもなく嫌ーな予感が。
「実は蓮華お嬢様が本日お見合いをされることとなりまして」
「ふーん、お見合い……お見合い!?」
「はい」
蓮華がお見合いということ自体は驚くことじゃない。政略結婚といかずともコネを元にした結婚の打診、ならびにお見合いをたまにしていることは知っていた。
ただ、俺に何でも一つ言うことを聞かせて拘束した日にお見合いがあるということが問題なのだ。
「別にあいつ、興味がないなら自分であしらうだろ。互いにいい形で破談に持ち込むだろ」
「そのあたりの詳しい話は直接お聞きになるのがよろしいかと」
「そこまで言って投げるのかよ……」
「私もちゃんと聞かされていませんので」
「この役立たず」
「はげます」
「なんで感動してんだよ」
イラッとして思わず脇腹を抓ってしまった。運転中、それも女性に対してあまりに軽率な行動にハッとなり、すぐにやめたのだが、
「ひやん。ああ、鋼様から与えられる痛み……この痛みが私に生きている実感を与えてくれる……」
「きもっ」
予想以上にキモい反応が返ってきて、衝動的にバイクから飛び降りたい衝動に駆られた。だがしかし、
「あれ?」
またも体が勝手に動き出そうとした瞬間、腰ががっちり固定されていることに気が付いた。いつの間にか俺と冥渡の腰を固定するようにベルトが巻かれている。
「なんじゃこりゃあ!? いつの間に!」
「折角なので付けさせて頂きました」
「折角ってなんだよ!? 嫌だ! 離してくれぇ!」
「ああん、暴れないでくださいましー」
棒読みのまま体をグラグラ揺らす冥渡。
ブンブンと身をよじる俺。
それでもベルトは緩むことなく俺と冥渡を密着させ、しかも冥渡の無駄に優れたバランス感覚によりバイクも転倒することなく、夜道を駆けていくのであった。
毎度遅くなりすみません。
ただ、これからもお時間いただくかもです。リアルが繁忙期のためです。実は毎シーズン繁忙期なのです。つらい。
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