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第66話 暗殺者とメイドは紙一重

遅くなりました。シャンシャンセ!

 断っておくと、俺は冥渡冥なんていかにもな名前のメイドは知らない。

 目の前に立つ、まるで喪服のように真っ黒などこか気味の悪い美人のことは知っていても、彼女はメイドなんて職には就いていなかったし、言ってしまえば名前さえ、そんな生まれてくる前から親にメイドになることを宿命づけられたかのような、そんなスペシャルな名前ですらなかった筈だ。

 それこそ、名字にしろ名前にしろ、聞いても風が吹けば忘れてしまうような、実に平凡な取り合わせだった筈だ。

 見た目も普通と表現するのがおそらく最も相応しい。顔立ちは整っているが、目立つタイプではなく、クラスにいたら何人かが注目する隠れ美人というやつだと思う。黒い髪色、黒い瞳なんてのも俺と同様、日本人であれば実にポピュラーな配色だ。今は長袖長スカートのメイド服によって隠されているが、その中にも中肉中背、平均的な何処にでもいる日本人に"近づけられた”肢体が隠れているのだろう。


 だからこそ、この女は気味が悪い。普通であるからこそ共感を生み、普通であるからこそ違和感を際立たせている。例えば薔薇園のようないかにもな不良が凄めばそれは分相応だ。容易に想像がつく。逆に彼が雨の中捨てられている子猫を甲斐甲斐しく世話していれば、実はあの人いい人なのかもなんて印象を抱かれる、みたいな。

 冥渡もそうだ。彼女のような女性であれば一般のイメージだと家に帰って風呂に入ってゆったりしている、ドラマを見て涙ぐんでいる、彼氏と電話で話しているなんていう普通のイメージが過りそうなものだ。だが、彼女はこうして夜の廃工場にやってきて漆黒のメイド服を纏いいかにもな作り笑顔を浮かべている。ここまで違和感を出せばそれ以上だって容易に想像が出来る。それこそ、ナイフの一本や二本隠し持っていてそのまま何の表情も変えず振り下ろすくらいやってのけるだろうという想像を。

 薔薇園は、元々俺がプレッシャーを与えていたとはいえ、その違和感と言葉にし難い恐怖に飲まれ沈んだのだろう。


「鋼様」

「っ!?」


 僅か一瞬薔薇園の方に意識を向けた間に、冥渡は俺の目の前まで距離を詰めていた。嫌な汗が噴き出る。が、冥渡はそんな俺の心情を知ってか知らずか、まるで普通に心配しているかのような表情で俺の頭に手を伸ばした。


「お怪我をされていますね」

「……あ?」


 明瞭な返事を返せず、ただ何となくの声を返す。

 冥渡が手を伸ばしたのは先程鉄パイプによって殴られて出血した傷だった。


「不思議ですね。鋼様ほどの人を傷つけれられる手練れがこの中にいらっしゃるとは思えませんが」


 そう呟いて工場内を見渡し、


「取りあえず、全員殺っておきましょうか」


 などと物騒なことを言った。薔薇園ほどの敏感さが無いからだろう、まだ意識のある女どもも竦み上がっている。


「冗談ですよね……?」

「冗談ですよ。全く、長い付き合いなのですから分かってください」


 長い付き合いと言っても彼女と会ったのは1年半くらい前だし、接していた時間は合計でも一週間程度にしかならない。そしてその一週間で学んだことといえば、この女にまともに関わるべきじゃないという教訓くらいなものだ。


「ただ、鋼様は女性に手を挙げるのは苦手でしょうから、ここは私にお任せください」

「おい、何する気だ」


 俺の専属メイドを自称しておきながら独断でまだ息のある女たちに近づいた冥渡は、女の一人に何かを囁き、それに彼女が気を取られている隙に、


――トンッ


 そんな軽やかな効果音が似合いそうなくらい自然に首の後ろに手刀を当てた。女はそれを受けてまるで眠るように意識を失い、倒れる。今度はそちらに意識を取られた女たちに順に手刀を加え、意識を奪っていく。流れるような作業時間は僅か十数秒の出来事だった。


「まるで漫画だな……」


 俺とは違う、首トンで意識を奪った冥渡は何事も無かったかのようにゆったりとした足取りで戻ってくる。


「これで二人きりですね……ああ、そう構えずに。鋼様と事を荒立てるつもりは今のところありませんから」

「今のところ、ですか」

「保険は張っておかないと、後々突かれても面倒でしょう?」


 つまり、いつかは事を荒立てたいということだろう。

 先ほどの技を見ても分かる通り、この女は普通ではない。断じてない。


「しかし、呆気ないものですね。犯罪不良グループなどと思ってみれば数がいてもそれを活かす知恵も無く、技を見せても驚き慌てふためくばかり。やはり公輝様を狙ったあの晩に比べればもう」

「もう一度痛い目みたいみたいだな」

「まあ! もう一度痛い目に遭わせてくださるのですか!?」

「……前言撤回します、痛い目遭わせないです」


 目を輝かせる彼女に心底恐怖を覚える。まさかこんな戦闘愛者が生まれるなんて。

 かつて、彼女には一度痛い目を見せたことがある。それこそこいつの言う通り、こいつが命蓮寺公輝を狙い、それを阻止するために俺が立ちふさがったみたいなバトル漫画みたいな過去が。


「残念です。更に磨き抜いた暗殺術を是非披露したかったのですが」

「警察に突き出しますよ」

「あら、私まだ人殺しはしていませんよ? 大事な一人目は鋼様に止められてしまいましたから」

「お前の中では殺人だけが犯罪なのか!?」


 その理屈だったら今のところここに寝ている連中も無罪だよ!


「まぁ、いいです。聞きたいことは色々とありますけれど、あなたとは会話したくないので聞きません」

「いけずうですね、私のご主人様は」

「これ見よがしにご主人様なんて言わないでください。そもそも、あなたが俺の専属だなんて聞いてないんですけど」

「ええ、任命されたのはつい先日ですから。しかし、一年以上にわたりセバスチャンさんの拷問に近いメイド修行に耐えつつ、『どんなに綺麗に取り繕っても私は暗殺者一族の末裔……ああ、突然の衝動で誰かを手にかけてしまうかもっ!?』と中二病さながらの名演技を行った甲斐がありました」

「演技なんですか、それは」


 とても冗談に聞こえない。そして、他の思惑も色々あるだろうけれど、お目付け役として彼女を俺に押し付けたというセバスさん達の意思もはっきりと伝わってきた。もうあと10年くらい閉じ込めといて。


「一芸は道に通ずる、などとはよく言ったもので、暗殺道を修めた私にメイド道も最早敵ではございませんでした」

「暗殺とメイドにどんな共通点が……」

「人に関わるところがでしょうか」

「人間社会において、殆どのことは何かしら人に関わっていると思いますけど」

「では言葉を変えて……人に尽くすという共通点が」

「暗殺の道を元に奉仕されたくないですね」


 重たいため息が漏れる。こいつを命蓮寺の方々に預けた時点で迷惑を掛ける罪悪感はあったけれど、まさか俺の専属とか……熨斗を付けて返すとはこのことか。


「話は変わりますが鋼様、この者たちはどうなさるつもりですか?」

「……」


 冥渡の言葉に思考を巡らす。

 というのも、先程薔薇園に対して行うと言ったSNSとかでチクチク作戦は冥渡にやらせようとしていたことだった。元暗殺者なんてものを子飼いにするのもリスクが大きいが、他では得難いスキルを持っているというのも事実。押さえつけて鬱憤を貯められるくらいなら、役割を与えてそれなりにスリリングでバイオレンスで社会の為に働かせた方が俺も安心できるというものだ。


「まあ、でもいいか」

「どうしました?」


 首を傾げる冥渡に計画について話す。計画などと言っても所詮ストーリーのみ。具体的な中身やスケジュールなどは詰めていないプロットにも成り得ない妄想だが、


「かしこまりました。お任せください」


 冥渡はそう、何とも頼もしい返事を返してくれた。

 内心ホッと胸を撫でおろす俺。冥渡に気付いた様子は無い。彼女にとってメイドというのがどれくらい重きを置くものかは現状分からないが、暗殺でもメイドでもターゲットが俺に向いている内は周りに被害が及ばないという意味では安心できるか……


「それではお仕事は追々始めるとして……行きましょうか、鋼様」

「……はい」


 先導されるのは癪だが、やることもやったこの廃工場に最早用事は無い。呻き声こそはするものの、随分と静かになった廃工場を出て、新鮮な空気を……


「はえっ!?」


 変な声が出た。外はもう暗く、街灯も少ないがそれでも無駄に夜目が効くこの目にははっきりと見えてしまった。


「どうかされましたか、鋼様」


 涼し気な、それでいてどこか得意げに口角を上げた冥渡がこちらを見てくる。どうかしたも何もない。

 工場の外には野郎連中が理路整然と並べて寝かされていた。誰もが本当は死んでいるんじゃないかという安らかな顔を浮かべながら、等間隔に、何十人も。


「これ、あなたがやったんですか」

「はい。鋼様がお遊びになられている間暇だったものですから。ああ、ご心配なさらず、全員気絶しているだけですよ。後遺症も、向こう10年、月に一度程度訪れる寝違えに悩まされる程度です」


 何それ怖い。

 彼らの体には目立った外傷もなく、服や髪に乱れ一つ無い。彼ら全員添い寝サークルに属していて今日はここで集団睡眠活動に勤しんでいるとさえ思えるほど穏やかな光景だ。彼らは本来気性が荒く薔薇園の加勢でやってきた不良集団であるということと、この光景が人為的に……目の前のこの女によって作られたものだということに目を瞑りさえすれば。当然瞑れる訳も無いが、ごっそり気力を削られた俺はスルーすることにした。


「イイ天気ダナー」

「そうですね。とても月が綺麗で」


 またも殺し文句を言われ戦慄する俺。そんな俺に対して彼女は特に気にした様子もなく、道端に止められたバイクに近づく。おそらく不良たちが乗ってきたのであろうバイクから少し離れたところに置かれた大型の黒塗りのバイクだ。


「……それは?」

「お恥ずかしながら私の愛車になります。名前はポチ」


 最早ツッコむのも面倒だった。


「ああ、そうですか」

「鋼様、お疲れですか?」

「誰のせいですか」


 無論、色々あったし疲れは彼女だけのせいでは無いだろうけれど、それでも一番鋭利にごっそりと抉ってきたのは冥渡で間違いない。

 そんな俺の様子を気に留めず、冥渡はバイクのシートからヘルメットを二つ取り出し、一つを俺に差し出してくる。


「どうぞ、お乗りください」


 ロングスカートをものともせず、バイクに跨りフルフェイスヘルメットを装着した冥渡。どうやら後ろに乗れということのようだけれど。


「何故、安全ヘルメットなんだ」


 俺に渡されたのは彼女のようにカッコいいデザインのヘルメットではなく、工事現場とかでよく見るような黄色いヘルメットだった。


「プロ野球チームの物と悩みましたが……ふふ、鋼様の獰猛な狼といった印象とのギャップに、不詳この冥渡冥、萌え死にそうです。萌え萌えキュンです」

「その申し訳程度のメイド要素やめろ。第一、俺に獰猛な狼なんて印象は無い」


 駄目だ。下手にツッコんでこいつにボケフェーズを与えてはいけない。大事なのは実用性だ。いざ事故りそうになったらこいつを見捨てて飛び降りてやる。

 そんな決意を胸にヘルメットを着用し彼女の後ろに跨った。


「しっかり腰に手を回してくださいね」

「はい」

「あんっ」


 死ねばいいのにコイツ。当然喘ぎ声はスルーした。


 程なくしてバイクが動き出す。冥渡とかいうサイコパスの登場こそあれ、ようやく長い一日が終わりそうなことに安堵しながらも、意外と静音仕様のバイクに揺られ、風を感じつつ朱染を後にした。


 テツさんとやら、結局出会うことは無かったが、どうなったんだろうか。十中八九外に並べられた死体(生存)の中に居たと思うし、こいつかな? と思える屈強な肉体の世紀末覇者みたいな男もいたが……うん、気にしないようにしよう。

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