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第64話 イキリはつらいよ。

次回ギャグ回なんて言わなきゃよかった。

 四面楚歌とはこの状況のことを言うのだろう。何人かは俺が例の彼氏だと気が付いたようで直ぐにリーダー薔薇園にも伝わった。


「まさか、男の方からのこのこやってくるとはなぁ」

「あんたが薔薇園さん? いい年して小山の大将だなんて恥ずかしくないの?」

「あぁ!?」


 煽ってみると薔薇園は直ぐにキレた。沸点低いな。

 戦いで怒るってのはあまり褒められたことじゃない。動きは単調になり読みやすくなるし、気持ちが攻撃に傾向するから守りも甘くなる。

 ゲームのようにHPで守られているならともかく、現実はナイフで心臓ひと突きすれば絶命してしまうし、非力な存在でも弱点を突けば一撃で戦闘不能に落とせるというのは歴史の中にもエピソードが残っている。一瞬の隙ってのは文字通り命取りになるのだ。


 そうだ。冷静になれ。鏡花のことでついカッとなって出てきてしまったが、これは悪手だ。相手は多数、こちらは一人。未発覚と発覚後ではアドバンテージに天と地の差がある。

 やっちまった。そう頭が冷えていくと同時に後悔する、が後悔しても得られる物なんて無い。大事なのはどう挽回するかだ。

 勿論焦りは表情には出さず、真面目な顔で正面から連中を観察する。連中の構成メンバー、上は社会人(社会に出ているとは言っていない)から下はイキった中高生といったところか。不良ギャルもいてバリエーション豊かだ。


 ただ、イキってるという意味ではこうして1人不良の巣窟にやってきてしまっている状況を見たら俺も負けてない。そう考えると中々イタいものがある。この状況をSNSで呟いたらバズる気がする。

 文面はそうだな……例えば、


 俺この間連れ(彼女じゃないけど超絶美少女www)がヤンキー共に狙われたから単身アジトに乗り込んで締めたったwwwまあ実際ただのオタクで彼女なし、クラスじゃ脇役ポジだけどそれなりに鍛えてるしそこら辺の連中じゃ相手にならないと思うwww過去に相手した中で強いのだと“この世界”じゃ暗殺者かなーwwwあっこの世界ってのは俺実は異世界からやってきてんだわwww勇者なんてやってたしまあ中々の修羅場潜ってきたと思うよwwwけれどやっぱり彼女はいない(聞いてねぇwww)


 うん、冷静になれた分、控えめに言って死にたい。冷静っていうか最早突然のアイスバケツチャレンジに体の芯まで凍りついたくらいの感覚だ。

 SNSでバズるかもしれないけれど、バズったら確実にアカウントは消すし、下手をすれば首を吊るレベルだ。


 やはり、このことはやっぱり墓まで持って行く覚悟で……


「な、なんだてめぇ! 何モンだぁ!?」


 ん? ヤンキー達が狼狽えている。

 ふと見ると足下には何人か人が転がっていた。皆白目を剥いて泡を吹いている。考え事中に飛びかかってきて、体が条件反射を起こしたのだろう……と分析してみたところで、


ーーこないだDQNに絡まれた時も気が付いたら意識無くて周りに人が血だらけで倒れてたしなwww


 ふとそんな一文が頭をよぎった。

 

「はひぁ……」


 変な声が出た。

 マズい、本当にマズい。冷静になることで自分を見つめ直すきっかけが出来るとは思わなかった。

 このままじゃイキった自分の姿に一生の傷を負うことになる。普通なら戦闘に集中して自らの姿なぞ考える余裕はない。だが、


「くそっ、死ねやぁ! ごはっ!?」


 今も突っ込んできたやつを反射的に殴り返してしまった。一応ナイフを持ってる相手だったが何の問題もなく。敵意に反射で反撃するというのは記憶喪失により肉体に染み付いた感覚が無意識に発生するという俺お決まりのアレなわけだが、それにしたってこれは酷い。


 こいつら弱すぎる。凶器を所持していることが脅威にならないくらいに。


「だ、大丈夫ですか?」


 思わずぶん殴った相手にそんな声を掛けてしまう。ドッキリと言われた方が信じられそうな状況だが、ナイフの軌道的には一応俺に当たるルートではあったから、これが本気なんだろう。振り方は滅茶苦茶だが。刺せよ。


 すっかり熱が引いてしまった。いつの間にか久々の修羅場に高揚していたらしいが、これでは赤ん坊相手に駆けっこをしているようなもの。虚しさどころか自分の器の小ささに押しつぶされてしまいそうになる。

 ただ一方的に嬲っているだけなんて、言うなれば数の暴力で一般人を襲うこいつらと変わらないんじゃないか?


『それは違うよ!』


 はっ、脳内天使!?

 突如頭の中に現れたイ○スト屋みたいな天使がニコニコと笑顔を浮かべながら言った。


『相手は社会のクズ! それをゴミをゴミ箱に入れて何が悪いの? 塵紙をゴミ箱に入れるときに困難が伴う? そうじゃないでしょ?』


 口悪いなコイツ。まあいつものパターンならここで悪魔が出てきて……ん、出てくる気配が無いぞ?


『悪魔くんから委任状を預かっています。同意、と』


 なんか君ら仲良くない? 対立してるんじゃないの?


『そもそもあなたは桐生鏡花を守るため手を汚すと誓ったんでしょう? そのためならと恥を忍んで命蓮寺の人間も動かした。なのになぜ今更躊躇うの?』


 それはそうなんですが……


『あなたは怖いんだ。ここで暴れて彼らと同類になること……じゃない。再びあの頃に戻って、この世界の人たちと自分が異なる生物であると自覚させられてしまうのが』


 天使は全て見透かしたようにそう言う。こいつが俺の思考を客観視した存在なら間違いは無いのだろう。

 ただ自覚したところでハイそうですかと変えられるものでもない。


 そんな俺の心情を察した上で脳内天使は優しく笑った、気がした。


『でも、いいんだよ。それで守れるのなら。もしも桐生鏡花が一人で朱染に来て目を付けられていたら? もしもあなたが命蓮寺蓮華と出会わずその使用人たちを使えなかったら? 何より、今ここにあなたがいなければ守れなかったものが沢山あるんじゃないか?』


 都合のいいことばかり言うやつだ。けれどそれはあくまで結果論にすぎない。正しいとは……


『正しいことなんて考えたって分からない。けれどキキを守ろうと戦うことは僕も正しいと思う。誰かに一方的に虐げられるあの苦しみを、あいつには味わわせたく無いだろ』


 そう、だな。そうだった。


 ガンッと頭に衝撃が走る。一瞬遅れて、鉄パイプで殴られたことを悟った。どろっとした液体が頬を伝う感触がある。

 同時に天使も、いや天使のように思っていた“それ”もブレて曖昧になっていく。


『僕には、いいや僕達には守れなかったものも沢山あるけれど、それは他のものを守ろうとしちゃいけない理由にはならない。僕達が絶対に苦しまなきゃいけないなんて罰にはならない。だってもしもそれが真実なら、みんなとの出会いも否定しなくちゃいけない。あなたもそれが分かっているからここにいる筈だ』


 ああ、お前の言うとおりだ。


「だからゴミはゴミ箱に……ね」


 まだ部分的にしか浮かばないが、なんというか意外と過激なやつだったんだなお前は。実に主人公らしい。

 ただ、それでも俺は俺だ。成長すれば人は変わる。今の俺は主人公なんて柄じゃないし、イキった自分を見つめ直して羞恥に怯えることもある。ただ、今はそのかつての主人公らしさにあやからせてもらおう。


 目の前で、血の滴る鉄パイプを握っている男の鼻をぶん殴る。悲鳴を上げて倒れる男の手から鉄パイプを抜き取り、俺の血を服で拭った。血の跡なんて残って後日警察に訪問されても面倒だからな。

 俺の血を拭き取った箇所を握り込み、連中と向き合う。ゲーム的に言えば自動反撃のスキルは失ったみたいだが、それでももう力の差がーなどと狼狽えることはない。


 求める結果の前に過程は必要ない。必ずしも全てがそうとは言い難いが、少なくとも今、この場においてはそれは真実なのだから。

 

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