第63話 次回激戦
人間は厄介だ。
群れる、知恵が働く、物を使う。動物のように潜在的な感覚を持ち合わせているわけでは無いが、その分知恵と工夫を持ってして生物界の頂点に君臨している。
「それにしてもこいつらは……」
溜め息が漏れる。情報はチャットで筒抜け、俺を見失った時も合図や暗号を用いず、俺にもわかる日本語で指示だしし手の内を晒してくれる間抜けっぷり。肝心の統率も理知的では無い。頭は怒鳴るだけ、下は怯えるだけ。何かあれば情報をすぐに送る分、精査が出来ていない。先程から幾つか本件と関係の無い情報まで出ている。何より、その情報が俺に筒抜けだとも気が付いていない様子。
既にあいつらの中では鏡花は取り逃がし(車でエスケープした姿は目撃されていたので当然と言えば当然だが)、その代わりに俺をとっ捕まえて詳細を吐かせる、もしくは人質にして誘き出すという段階を取っているらしい。
奴らの動きはこのチャットグループを押さえてしまえば把握するには十分足りる。別のグループに桐生の情報をばら撒いているようだがそれだって……
「ん?」
スマホが震えた。震えたのは丸尾の方で、登録されていない電話番号からの着信だが、俺には見覚えのある番号だった。
「もしもし」
『坊ちゃま、ご無事ですか?』
「セバスさん、だから坊ちゃまは」
掛けてきたのはセバスさんこと、瀬場さん。丸尾の番号まで押さえたらしい。
「桐生はどうしています?」
『休まれています。お疲れのようで』
「でしょうね……」
俺としては面倒ごとに巻き込んでしまったと申し訳ない気持ちもあるが、いずれ起こりえることだったのならばここで潰すチャンスを得て良かったという思いもある。
ただ、鏡花としては嫌な思い出になってしまっただろう。借りかな、これは。
「この電話番号は調べられたんですか?」
『はい。諸々調査が終わったのでご報告もかねて。チャットグループも監視していますし、画像の送信も網を張っていますから、送信先の関係各所含め押さえています』
「まさに不幸のメールだな……」
鏡花の写真を受け取ると命蓮寺家の使用人たちに洗いざらい情報を引き出される。犯罪スレスレ……というか犯罪になりそうだが、ここの連中はそれを絶対に明るみに出させないからこそ怖い。
『当然、悪戯に無関係な相手に送付されるものは送信エラーとなるように弄ってますが』
「何が当然なんですか。ありがとうございます」
これで不用意な拡散は防げる、か。本当に全部が全部お世話になってしまった。こちらも借り……とは思うが借りすぎて返し方が分からない。
『それで、坊ちゃまはどうされますか?』
「連中が今晩集会を開くみたいです。郊外の廃工場を溜まり場にしているみたいで、そこを潰そうと思います」
それを知った時はあまりにベタで笑ってしまいそうになったが。
「何人かのアカウントで怒りを煽っておきました。俺の情報も程々に流しつつ」
『ああ、だから気持ちのいいくらい坊ちゃまに矛先が向いているわけですね』
「ええ。一人でいるところを襲えば大した手間も無いですから」
足元に転がる、不良グループの一人を爪先で突きつつそう言うと、セバスさんが電話の向こうで大きく溜息を吐いた。
『暴力は苦手、じゃないんですか?』
「苦手ですよ。ただ、必要なら振るいますよ」
『それは桐生様の為ですか? 彼女の為にポリシーを曲げると』
「……どういうことですか?」
『そのままの意味ですよ?』
セバスさんの質問の意図が分からないが、どこか試してきているようにも思える。
意趣返しにと思いきり大きな溜め息を返しつつ、それでもここで嘘を吐く意味も無いので、
「桐生の為です。あいつを守るためなら何だってしますよ」
『……大切にされているんですね』
「ええ。勿論大切です」
ぶはっ! というセバスさんの声と、背景音として車が急ブレーキをする音が聞こえてきた。これ運転手ミクさんだな。しかも丁寧にスピーカーに……ん?
『お嬢様には申し訳ないですが……御馳走さまです!』
その言葉を最後に電話が切れる。なんというか、お粗末様です。
何か引っかかったが考えても分からないだろうし、今の状況にはそれこそ必要無い情報だろうと頭を切り換える。
「やるべきことをやるか」
俺の足元で伸びている男の懐からスマホを取り出し、表面に残った指紋の跡からパターンロックを解除。チャットアプリを使って口調を確認し、成りすまして俺に対する悪評を書き連ね、再び懐に戻した。
「これだけやれば十分かな」
こいつで合わせて6人。男が4人に女が2人、攪乱としては申し分無いだろう。
後は夜の集会とやらを待つだけだ。
◇
朱染市街地より数キロ離れた場所にある廃工場。そこはかつて倒産した会社の持ち物だったが、撤去する費用も無く野放しにされているらしい。
時刻は22時を回ったところ。廃工場には70名弱が集まり、普段であれば心霊スポットとも言われそうなまでに閑散とした屋内は現在活気に満ち満ちていた。
「あ、薔薇園さん!」
一人のやつが声を上げる。
丁度廃工場に現れた男に反応してのものだ。
隆々とした体付き、モヒカン、無数のピアスを付けたグループのリーダー、薔薇園雅だ。
「よお、お前ら。どうやら」
何人かの付き人を伴って現れる薔薇園。機嫌良さげに鼻歌交じりに歩く姿に何人かがホッと胸をなで下ろしたが、ガンッ! と薔薇園が放置されているドラム缶を蹴りつけた音により一気に緊張が走った。
「逃がしたんだってなぁ、お前ら……ざけんじゃねぇぞ!」
薔薇園の激昂が辺りに響いた。機嫌の良い姿からは一変、薔薇園は暫くの間イライラを隠せないように貧乏ゆすりと舌打ちを繰り返していたが、やがて下品に口角を上げた。
「まぁいい。桐生鏡花か……涎が出るくらいイイ女だ。この生意気な顔を歪ませてやりてぇぜ」
アジトとしている廃工場に集まっていた男たちは皆同調するように、自分の携帯電話に回ってきた鏡花の写真を見ている。おおよそが薔薇園のおこぼれを期待しているのだろう。逆に女連中はいい人柱が見つかって安心しているようだった。
「おい、居場所はまだ分かんねぇのか?」
「今グループ外にも拡散して探らせてまさぁ。格好からしてそんな遠くからやってきた訳でもないでしょうし、まあすぐに見つかるでしょうぜ」
「じゃあ見つけ次第拉致ちっまえ。なぁに、相手は学生だろ? これから夏休みつーんだから、長い旅行に出たってことにしちまえばいいんだからよ」
げびた笑い声を上げる薔薇園。周囲も同調しているように笑う。
ただ、隅にいる丸尾だけが青い顔をしていた。惚れた相手が薔薇園に目を付けられたという事実が彼にこのグループの汚さを自覚させているらしい。
「それで、一緒にいた男は彼氏なんだってなあ?」
「へぇ、まだこの町にいるらしいです」
「ならとっとと捕まえて来いや! 折角だ、こいつの目の前で鏡花をぶっ壊しちまうのはどうだ? さぞ面白く気持ちいいショーになるだろうなぁ! ヒャハハハハハ!」
下品な笑い声が工場内に響く。
ああ、イライラする。例え妄想でもこいつらの脳内で鏡花が弄ばれている、その事実が堪らなく気持ち悪く憎らしい。
「やれるもんならやってみろ」
気が付けばそう声に出していた。
「ああ?」
連中の視線が此方に向く。もう少し泳がせて緩んだ瞬間をと思っていたがバレたなら仕方ない。
俺はずっと隠れていた天井の柱から飛び降りて空いたスペースに着地した。高さはそれなりにあったが、それでも十分衝撃は殺し切れた。
「なんだ、てめぇ」
薔薇園の言葉に俺はなるたけ自信に満ちた笑みを浮かべ、言ってやった。
「お前らをぶっ潰しにきた」
もうここまで来れば後戻りは出来ない。する気も無い。
丸腰のこちらに対して、連中は落ちていた鉄パイプだの、懐から取り出したナイフだのを構える。
不利な状況、だが悲壮感はない。興奮もない。ただ現状を見て、負けることなど考えられない。
分かっていることはただ一つ、こいつらを無事に帰す気は無いってことだけだ。
紳士淑女の皆様、大変お待たせしました。
次回は(おそらく)コメディ回です。
まだ全然書いていませんが引き的にもそんな感じですよね!
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