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第62話 特別扱い

話の途中で別視点になります。

「おい、どこ行った!?」

「こっちに来たんじゃねぇのかよ!」


 怒号が響いてくる。

 丸尾が情報を売ったとは思わないが、駅前にはあのチャットグループの連中が張り込んでいて、その一人に見つかってしまった俺たちは今路地裏に隠れることを強いられていた。


「何が起きてるの……?」

「どうやら変態ストーカー集団に目を付けられたらしい。鏡花は美人だからな」

「こういう状況でなければ嬉しいかもしれないけれど、馬鹿にされているみたいね」

「そう思える余裕があるならまだ大丈夫そうだ」


 俺の手にも伝わってくる彼女の震えには目を瞑ろう。恐怖に圧し潰されて足を止めてしまうよりよっぽどいい。


「ちゃんと、手、握ってね」

「勿論」


 彼女の手を握り返し、通りを伺う。

 身を隠す俺たちの思惑とは裏腹に、いかにもなヤンキー連中は数を増している。このままでは電車に乗り込むのは難しい。


「鋼君」


 ぎゅっと鏡花が俺の腕を抱きしめてくる。役得……なんて不謹慎なことは思わないが、それにしても随分と怖がらせてしまったことは反省しなければ。


「大丈夫だ。残念ながら俺が守るなんてカッコいいことは言えないが」


 確信はある。わざわざあの人達にお願いしたんだ。これで好転しないわけがない。すぐにでも……


「おい、あっちにいたぞ!」

「黒い長髪、白いワンピースだ、間違いない!」


 通りが騒がしくなり、大勢の声が去っていった。


「何が……?」

「……よくわからん。今の内に行くぞ」

「鋼君、こっち、駅とは逆方向じゃ……」

「目が逸れたって言っても駅前は何人か常に見張ってる。バレずにってのは無理だ」


 鏡花の手を掴み走り出す。と同時にポケットで震えたスマホを取り出し、届いたメッセージを確認した。『ここに来てください』という簡潔な文章と共に丁寧に地図アプリのスクリーンショットも添付されている。


「信じろ、悪い事にはならねぇよ」


 状況が見えず鏡花はさぞ不安なことだろう。だが、しっかりと走って付いてきてくれている。


「信じるわ」


 真っ直ぐに返されたその一言に気恥ずかしい気分になる。まるでドラマのワンシーンだ。しかし、この町から彼女を助け出すには俺の力では役者不足が否めない。

 俺があいつら相手に大暴れしたところで相手は数が多い。グループチャットの様子では世紀末リーダーに逆らえる奴はいなそうだし、チャット外に手先がいることは十分考えられる。連中の包囲が早いのも厄介だ。それなりに大きなグループだと思って間違いないだろう。

 丸尾のスマホには未だグループチャットのメッセージが細かく届いている。何処どこ前に逃げた。どっちに向かった。随分と統制されているし、逆に鏡花を放り出せばその分危険も多い……か。


「こういう護衛任務は苦手なんだけどな。そうも言ってられないし」

「任務……?」

「っと、こっちだ」


 出た先は公道、見るとグループチャットの連中らしき奴らがうろついていて、飛び出すと同時に何人かが此方を見つける。同時に丸尾のスマホも震えた。おそらく見つけたという合図を誰かが飛ばしたのだろう。


「っ!」


 鏡花が息を呑むが、問題は無い。

 俺たちが出た路地の目の前に停車してあったワゴン車のドアが開く。


「坊ちゃま!」

「坊ちゃまはやめてくださいっ!」

「きゃあっ!?」


 ワゴン車に向かって鏡花を放り投げる。鏡花が悲鳴を上げたが気にしてもいられない。


「瀬場さん、お願いします!」

「出してください!」


 執事服の女性、瀬場さんが鏡花を抱き留め、ドアを閉めると同時にワゴン車が発車する。


「これで一安心……護衛任務……デートは終了だな」


 ワゴン車の発車を見届けた後、俺はまんまとターゲットを逃がした怒りから標的をこちらに向けた手下くん達から逃れるため再び路地裏に逆戻りした。



「私は瀬場澄子せばすみこ、皆さんからはセバスさんとか、ベタにセバスチャンと呼ばれています」


 ワゴン車に乗ってすぐ、鋼君から投げられた私を受け止めてくれた執事服の女性がそう挨拶をしてきた。車には彼女と、そして運転手の女性二人だけで、運転手はメイド服を着ている。まるで仮装パーティーのようだ。


「その、私は」

「桐生鏡花様、ですよね? 坊ちゃまのお友達の」


 坊ちゃま……心当たりは一人しかいないがとても彼にはそんな名前呼び名は似合わないと思う。


「坊ちゃまって」

「ああ、すみません。椚木鋼様のことですよ」

「えっと……」

「確か、桐生様はお聞きになっていますよね。坊ちゃまとお嬢様……命蓮寺蓮華がはとこ同士であると。私はお嬢様の専属執事なんです」

「そうですか……」


 何だか引っ掛かる。いくら鋼君と生徒会長がはとこ同士だからって、鋼君をお坊ちゃまなんて呼ばなくてもいいだろうに。


「しかし、状況が状況なのに随分落ち着かれていますね」

「十分混乱していますけど……」


 けれど、落ち着いているように見えるのはきっと鋼君が信じろと言ったからだ。だから、彼が私を託した彼女たちは信用に足る人物だと、信じる。


「あの、鋼君は」

「坊ちゃまは朱染に残るそうです」

「そう、ですよね」

「心配なさらずとも大丈夫ですよ。坊ちゃまなら」

「別に心配していません。彼が信じろと言ったから……私も信じるだけですから」

「なるほど……愛されていますね、坊ちゃまは」

「あ、愛!?」


 狼狽える私に瀬場さんはニコニコと満面の笑みを向けてくる。


「もしかしなくても桐生様。坊ちゃまのこと……?」

「そ、そんな、それは……そう、だと思います」

「キャー! 流石は坊ちゃま! 初恋? 初恋ですか!?」


 「いいなぁ、初々しい」などとのたまいながら頬に両手を添えて身をよじらす瀬場さん。見れば運転手のメイドさんもぷるぷる震えて涙を流していた。泣きたいのはこんなところで想いを告白させられたこちらの方だ。


「……流石は坊ちゃま?」


 その言葉が引っ掛かり、思わず声に出していた。そんな私の呟きに耳聡く反応した瀬場さんは「ああ」と手を叩いて苦笑する。


「ああ見えて結構罪作りな方なんですよ? 命蓮寺本家にお住まいになられていた頃は、うちの使用人は何人もやられちゃって。今は大分収まったと思っていましたけど……」

「それって、生徒会長もですか?」

「生徒会長……ああ、お嬢様ですね。そうですよ」


 瀬場さんは随分とあっさり暴露した。


「しかし、他の方が聞けば羨むかもしれませんよ。桐生様の状況は」

「え?」

「今日、坊ちゃまはお嬢様に決して干渉しないように強く言ったそうなんです。だから私達も見ていなくて……そうしたら私宛に救援の電話ですよ。本当にびっくりしました」

「鋼君がそんなこと……」

「お嬢様の目を逃れてデートしてたなんて知ったら、お嬢様がどんな反応するか……まぁ、今日のことは言いませんけどね。約束ですから」


 瀬場さんはそう言って窓の外に目を向ける。窓から反射して映った彼女の目はとても悲しそうで、私は思わず唾を飲み込んだ。


「嬉しいんです。坊ちゃまが誰かと仲を深めて特別扱いなんて、あの頃は誰も思いませんでしたから」

「あの頃?」

「2年ほど前、行方不明だった坊ちゃまを旦那様が引き取った頃です。あの頃の坊ちゃまはそれはもう……」


 そこまで口を開いて、瀬場さんはハッとしたように口を押えた。


「すみません、余計なことを言いましたね」


 気になる。そこまで言われれば、ましてや鋼君のことなら余計に気になってしまうけれど、彼女は追及を許さないように笑った。


「それにしても本当に驚きましたよ。坊ちゃまはいつも私のことセバスさんって呼ぶんです。でも、電話の時は瀬場さんって真面目な雰囲気で……よっぽど大切なんですね、桐生様のこと」

「と、特別……」


 あからさまに話題を逸らされたけれど、そう言われれば悪い気はしない。そう少し浮かれてしまうのが恥ずかしくて、視線を逸らす。


 私は本当にどうしてしまったんだろう。鋼君がいなくなって、そのことに心無い噂を立てる人達に反発して虐められて……それでも、屈すれば鋼君を嘲ったあの人達を認めることになるって意地になって、心を凍り付かせた。いつも冷静に、感情を押し殺して……その内にそれが本当の自分になっていった。

 大樹が亡くなり、親の転勤に合わせ明桜町に引っ越してからは、氷の女王とか揶揄されて、それでも良かった。それが強くなった私なんだって……そう思っていたのに。

 嚶鳴高校で椚木鋼という名前を見つけた時動揺した。彼が私を、大樹を忘れているのを知ってイライラして、事あるごとに突っかかって、けれど、それでもまた、好きになって。

 彼のことを少し知ったり、心に触れるだけで嬉しくなる。浮かれてしまう。弱かった、守られていた頃の私に戻るみたいなのに、それが嫌じゃないのが嫌で……。


「いいですねぇ……まさに青春って感じで!」

「瀬場さん?」

「ああ、写メ撮っておけば良かった! 桐生様、今とてもいい顔されていましたよ! ねぇ、ミクちゃん!?」

「尊い……これが高校生の生の青春……」


 運転席のメイドさんがハンドルに顔を押し付けて震えていた。いつの間にか車は車道の脇に止められていた。


「な、なんですか」


 しかしそんなことが気にならないくらい、今は目の前の瀬場さんから向けられる生暖かい視線が苦しい。


「いえいえ何でも。ただ、心してくださいね。坊ちゃまは大変ですから」

「え?」

「今日だって一人あの場に残ってあんなこと……」

「あんなこと? 彼は一体何を……」

「ご心配なく。坊ちゃまはああ見えて荒事には慣れていらっしゃいますし、私達もサポートします」


 そう彼女は真面目に言い切った後、まるで堪え切れなかったかのように苦笑を浮かべた。


「何より、彼女が黙っていないでしょうから」

「彼女?」

「ある意味、坊ちゃまにとって一番面倒な相手ですよ」

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